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飲み込まないで、よく噛んで【山口晃】

優しい色彩の厳しい眼光。
馬のようなバイクにまたがる腕のない女性は口に手綱を加えて弓を構えている。
ドラマティックな構図でどうしても彼女の眼差しに視点が留まる。


《馬からやヲ射る》2019年

〈ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン〉
俳句。しかも字余り。
この会場で彼女の眼差しに出会う。

これは東京2020のパラリンピックの際にポスターとして起用されたものである。
このポスターを東京都現代美術館に展示されていた記憶がある。
なるほどそれで彼女の腕がないのか、とその時も思った。

この作品、実は色々な日本の実情を映す風景が散りばめられている。
日本的な家々と道路が散見されるが、馬バイクの車輪部分にある東京タワーは津波のような形で描かれ、屋根が落ちてしまった家もある。またそのタワーと国立競技場のトラックの間には放射線で汚染された土をまとめた黒いビニル袋が山積みになっている。これは明らかに東日本大地震の記号的な役割で配置されている。その証拠と言わんばかりに画面右上の海辺には福島第一原発のシルエットが浮かぶ。

オリンピックは国同士の利権なども絡むイベントであるが、基本的にはハッピーで平和なイメージを全面に押し出しているのが一般的だと思っていたため、これを見たときに「公式ポスターにチャレンジングなことをしているな」というのが正直な意見だった。それに技術に裏付けされた技巧と描き込み、現代アーティストらしく原発のアイコンを載せていて、さすが、とも思った。


画面優先でマットを切っているの、初めて見た

しかし、検閲がかかるようなイベントで、この作品が発表されるのも東京2020側は良かったのだろうか?という疑問が残る。
その疑問はアーティストをポスターの制作に抜擢した東京都美術館学芸員の藪前氏が明らかにしている(この時は東京都現代美術館の学芸員だったはず)。展覧会の中で、東京2020には反対の立場だが、自分が運営に関わって良い方向へ変えなければという意識があったそうだ。山口氏も反対派だったが、推薦者の名前を知り覚悟を決めたようだった。

ぱっと見の強さ、単純な画面の美しさ。
山口氏の絵画は皮肉や警告、たまに毒、そして笑いをはらんでいるが、それでもアート慣れしていない一般に受け入れられる所以はその高い画力と美しさにある。
だからきっとこのポスターをぱっと見てその美しさを受け入れた上でよく噛んでいくとそのメッセージに気づく。どきりとする仕掛けがある。

その違和感にみんなちゃんと立ち止まれるように。

《さんさしおん》2023年
一番驚いた反射を利用した作品。

◼️作家紹介
山口晃
1969年東京生まれ、群馬県桐生市出身。

※本展覧会

本作が展示された展覧会は山口氏の書いた漫画や解説にあたる文字が多く、鑑賞の時間はかかるがかなりわかりやすい。
また展覧会場は床が傾斜したエリアや真っ白な空間があり、山口氏本人が経験した事柄を追体験できる仕組みになっている。
普通の絵画展とは違う雰囲気を味わえるのでぜひ体験してほしい。

それにしても一度聞いたら忘れられないタイトル。
サンサシオンはフランス語で「感覚」という意味だそうだ。

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ここまで読んでいただきありがとうございました。
良い夜をお過ごしください。

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