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恐ろしさとの対面【中之条ビエンナーレ2023】


大学時代から隔年の夏休みの楽しみ、中之条ビエンナーレ。
割と険しい山道を学生の時分は騒ぎながら、トラックとすれ違うたびに死を覚悟していたが、一人旅にも山道の運転にも慣れた私は、坂で減速する馬力のない愛車号を励ませるくらい余裕が出てきた。
そんなところに自分の成長を感じてしまう。

今年の中之条ビエンナーレは不穏な作品が多く感じた。
スケジュールの都合上全会場は回りきれていないが、中之条の街中エリアと伊参地区の展示を見た感想として最初に不穏さが浮かんだ。
他の芸術祭よりも作家が若く、経歴も浅い作家が多いためか、今までは噛み砕くことが難しい作品や、作品のキャプションに記載してある作家の言葉に完成度が追いついていなかったり、その逆もあったりと今後が楽しみな作家が多い印象だった。
まだまだ面白い展開が見られそうな、エピソード1的な感想を抱いていた。
今回は全く違う。
自己プロデュース能力の高さか。それとも中之条ビエンナーレのレベルが上昇したのか、言葉がちゃんと作品と地続きである印象を受けた。

一番ゾッとしたのは、中之条の街中エリアの作品の《セザンヌ》だ。
古びた6畳ほどの小屋に無造作に置かれた真新しい犬の首輪とリード。
展示の一部の張り紙には「本日展示にきてくれた皆さんに見せるためのセザンヌが逃げ出してしまった。確実にみなさんに見せるために連れ戻す」(ざっくりこんな意味だった)と書いてあり、ゾッとしてしまった。
何もない空間のただの首輪とリードに置かれただけで、逃げ出した形跡を示唆する。
演劇的な装置で鑑賞者の想像力に任せる部分もありながら引き込む力があり、そのロケーションも相まって本当に怖かった。

(ちなみにこの方がイベントでもやっていたポテト富豪は面白すぎるので一読の価値あり。今度友人とやろうと画策中)


伊参地区No. 1はしばたみずきさんの《くだ》。
キャプションの「くだ(管)は、中が空洞になっていて、両端が閉じられていない形をしている。それはつまりドーナツであり、ヒトである。これらの「くだ」は、様々なところに繋がりを持って広がっていく。まるで、人々の交流のように。」と記載されており、つまりドーナツは人ってこと!?と同行者と話題になった。
ちょうど帰りに前橋のドーナツ屋さんに寄ってかえる計画だったため、手に取ったドーナツに「人かぁ」と声をかけてしまった。

しばたみずき《くだ》


同行者は浅野暢晴さんのトリックスターの集団を気に入っていたが、これもまたぞくりとする作品で、万物の神か妖怪か座敷童的なものかちょっと判断しかねるが、大量にしかも仏間に展示されており、ちょっと浅野さん勇気があるわねと思った。

縁側でお出迎えしてくれている
食卓の上にも待機。食べ物が命であることも感じてしまってそわり


まだ見ぬセザンヌが見れる日を想像したり、セザンヌという文字列があまりにも美
術に親和性が高いから、結構な頻度で思い出すだろう。

ドーナツを食べるたびに共食いって思うだろうし、ドーナツショップで選ぶときにはもしかして選民思想とか思っちゃうかな。

もしかして私の家にもトリックスターの皆さんがいるかもななんて想像する。


こうやって容易に生活に現代アートは顔をのぞかせてくるからやめられない。

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今夜も最後まで読んでくださりありがとうございました。
いい夜をお過ごしください。

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