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「いつか」

「いつか」なんて言葉は嫌い。

この曲と出会わなかったら「いつか」という言葉はずっと嫌いだっただろう。

「いつかはきっと報われる、いつでもないいつかを待った。」

みんな簡単に"いつか"と口を揃えて話している
じゃぁ、その"いつか"がいつなのか教えてほしい。
そんな確証がない「いつか」を待ち続けるのが私は本当に嫌いだった。

それでも、しんどい時"いつか"絶対幸せになれる、"いつか"報われる、そんなことを思いながら
そんな確証のない「いつか」を待ち続ける日々。


「いつかきっと」だったり、「誰かがきっと」となどの言葉はきっと生きている中で1回は誰かに言われたし、誰かに言った言葉なんかじゃないかなって思います。 
そんなよく使われる「いつか」だっかり「誰か」は、よく使われている言葉だけれどとても曖昧で、実際気休めのような言葉。
きっと、"いつか"誰かに認めてもらいたい、結果と出したい、頑張りが報われたい。
と、どこか心の中で見えない暗闇から逃げるために「いつか」を使いゴールがあるとを信じ続ける為の言葉なのかもしれない。

でも、ちゃんと私にもゴールはありました。
"いつか"がいつなんてわかんないくて、嫌になることの方が多い人生だけど、生きていく中で絶対にそのゴールにたどり着ける。
何度も心の中の暗闇に放り出されるけど絶対ゴールはある。
だから"いつか"を使って、これからも気を長くして待ってみようと思いました。

そんな私は"いつか"の期間を送ってる時は回り道をしてると考えてるんです、そう考えると何故か気持ちが楽になるんです、だって

"回り道には回り道にしか咲いてない花"があるから。


自分が願ってることがすぐ叶っちゃったらきっとつまらなくて、だからこそ自分が願ってることを叶えるために回り道をする。
もしかしたら回り道をしなかったら出会えなかった出会いだったりそんなものが隠されているから


この二十九、三十という曲がなかったらずっと「いつか」が嫌いだったかもしれないし、回り道の良さに気づけなかったかもしれないし、私にとっては大切な1曲となりました。

二十九、三十/クリープハイプ



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