コスメとギターエフェクターのビジネスモデルはほぼ同一
商品が多すぎて選べない
半年ほど前である。鏡にうつる自分の顔のみすぼらしさに嫌気がさし、スキンケアをきちんとしなければと思い立った。私の顔は全体的にひどかった。仕事帰り、電車の窓にうつった私はいかにも生気がなく、まるで「会社の金を横領してつかまった経理部の中年男性」といった独特の陰鬱さがあった。われながら、この容姿はどうしたものかと情けなくなったのである。できればもう少し、はつらつとした顔になりたい。肌や身体の手入れをおろそかにしてきたツケがきたと思った。それまでも、風呂上がりに無印で買った安価な化粧水ぐらいはつけていたが、きちんとしたケアをしなければと考え、ドラッグストアへ向かったまではよかったものの、私は混乱した。商品の数が多すぎて、何を買えばいいのか見当がつかないのである。
スキンケア用品売り場はまさにカオスであった。化粧水だけでも何十種類もの商品が並んでいる。それだけではなく、乳液、美容液、美白クリームやしみ取りビタミン液などが無数に陳列されているではないか。何だこれは。国産メーカーと並んでヨーロッパ製、韓国製の商品も多く、値段もぴんきりだ。買う人はどうやって選んでいるんだろうか。肌をきれいにするには化粧水さえつけておけばいいのか。乳液は化粧水と別でつけた方がいいのか、この美容液ってやつは何なのか。どうしてこれほどに種類が多いのか、全部まとめてつけたら効果は倍増するのか? 困惑した私はいったん家に帰って必死で情報収集をおこない、どうにか一定の知識を得たのだが、この「どれを選べばいいのか見当がつかない状態」や「さまざまな効能のある商品の組み合わせ」には覚えがあるぞ……と感じずにはいられなかった。
目的ごとの細分化が進みすぎている
これは、ギターのエフェクターを買うときの難しさと一緒だ。調べていくうちに、コスメのビジネスモデルは、エレキギターのエフェクターとほぼ同じだと気づいたのである。そうか、コスメを選ぶのはエフェクターを選ぶのと同じ要領なのか。そこに理解が至ってからは、コスメを選ぶコツを少しずつつかんでいった。エフェクター。楽器をさわらない方には耳慣れない言葉だとは思うが、ギター演奏にはなくてはならない道具である。小型の箱のような形をしており、このペダル状の機械をギターと線でつなぎ、スイッチを足で踏むことでギターの音を変化させる効果をもたらす。スキンケア商品を買う際、エフェクターを揃える気持ちで買っていくと、理解がしやすい。なにしろスキンケアとは、顔にエフェクト(効果)をもたらす道具にほかならないのだから。なお私はスキンケア用品しか買った経験がなく、メイク用品には手を出していないが、ドラッグストアで眺めるメイク用品のカオスぶりを見ていると、メイク用品も確実に同じビジネスモデルであろうと踏んでいる。
たとえば化粧水について考えてみよう。この種類の多さ、無数にあるメーカー、ぴんきりの価格、謳われる各種効能。これを、ギター初心者がオーバードライブのペダルをひとつ買う難しさに置き換えればわかりやすくなる。なにも知らない状態で、とりあえずギターの音をギャギャーンと歪ませてみたいと思って楽器屋に行った高校生が、大量の商品からどう選べばいいのかなどわかるはずがない。同じことが化粧水にも言える。なるべく保湿したいのか(とにかく歪ませたい)。皮脂の分泌を抑制したいのか(ノイズを押さえた低ゲインの歪み)。あるいは敏感肌に合う商品がいいのか(ピッキングの強弱が反映され、音が潰れない歪み)。コスメ初心者は、そもそも自分の肌質をあまり知らない(どんな歪みがほしいのかよくわかっていない)。その状態で買いにいっても難しいし、適当になにか買って使用してみて、自分に合うか試すしかないのが実状だ。目的ごとの細分化があまりに進みすぎていて、一定の経験がなければ選べないほどハードルが高くなってしまっているのだ。
順番と組み合わせに対する強いこだわり
王道の国産メーカー(資生堂/BOSS)で手がたく行くもよし、ダメ元のコスパ重視で買ってみるもよし。びっくりするほど高い商品もあれば(デパコス/ブティック系)、有名人が使っている商品が売れる仕組み(田中みな実愛用/田渕ひさ子愛用)も同様だ。値段が高いからといって必ずしも自分にとって効果があるとは限らず、最終的には使って試してみないとわからないのも似ている。しかし何よりコスメとエフェクターが類似している点は「順番と組み合わせに対する強いこだわり」ではないだろうか。スキンケアもエフェクターも、なにしろ順番にうるさい。適切な順番と最適な商品の組み合わせこそが効能につながる、という強固なまでの信念があるのだ。この信念がさらなる浪費を生み、使い切れないほどの新商品を買い込む状態につながるのも同一だ。たとえば以下の図を見てほしい。
むろん個人差はあるが、上記がスキンケアにおいて使用する商品の組み合わせと順番の一般的な例である。この順番こそが大事であり、それぞれのセクションにおいてどの商品を選ぶか、複数の商品をどのように組み合わせるかで、その人なりのスキンケアが完成する。この順番と組み合わせへのこだわりがスキンケアの醍醐味となるのだ。もちろん、美容液を省く人、アイクリームを先につけてしまう人などいるはずだが、そうした方法論の確立も含めて、いかに自分なりの順番と組み合わせを作っていくかが重要なのである。そして、この図を見ただけで、ギター経験者はすべてを理解するはずである。以下を見てほしい。
こちらも個人差は当然あるが、エフェクターの一般的なセッティングである。エフェクターには「つなぎ順」があり、これを自分なりに決めていくことで音がカッコよくなる。どのセクションでどういったエフェクターを使うかが個性になるのだ。両者を細かく比較してみたい。スキンケアであればまず洗顔料のチョイス(ギターであれば音程の調整)から始まる。顔を洗わずにいきなりスキンケアを始める人はいない(チューニングせずにギターを弾く人はいない)のであり、次にはコスメ、エフェクター共にブースターがくる。導入液・ブースターを最初に使用することで肌にうるおいが届きやすくなる(ギターの信号がアンプに届きやすくなる)のだ。最初にブースターを入れるという発想が完全に同じで笑ったのだが、コスメもエフェクターも「どうにかブーストさせたい」「もっと効かせたい」という貪欲さが特徴なのだ。そして化粧水(歪み系)、乳液(モジュレーション系)、美容液(ピッチ系)、美白クリーム、アイクリーム等(空間系)を順番に重ね、求める肌質(サウンド)へ近づけていく。
オールインワンの存在
また、私がもっともグッときたのは「オールインワン」の発想である。旅先や移動中、朝の忙しい時間など、ほんらいのスキンケアができないとき、化粧水、乳液、美容液が全部入った「オールインワン」の商品を使用するのである。そしてエフェクターにも「オールインワン」は存在する。歪み系もモジュレーション系も空間系も、全部入ったマルチエフェクターと呼ばれる商品がそれだ。スタジオの練習に手持ちのエフェクターを全部持っていくのは重くてしんどいので、小さなマルチエフェクターを使ってその場をしのぐのだ。とりあえずは便利なところ、それなりにいい結果が出る点、とはいえ上級者になるほどオールインワンが敬遠される部分もよく似ている。面倒になるとオールインワンに頼りたくなる、という人間の心理が、スキンケアにもエフェクターにもあらわれているのが実にいいのだ。なるほどと感心してしまう類似性である。
各セクションごとの商品をいかに選び、どう組み合わせるか。その視点から考えれば、女性誌の「コスメポーチ見せて」企画は、ギターマガジンの「エフェクターボード見せて」企画とまったく同意義である。どちらも、それぞれの要素に対してどの商品を使って、どのように自分なりのセットを組むかという「構成」に着目している点で変わらない。私はどちらも好きである。発想が同じだからだ。以下のふたつのツイートを見てみてほしい。
男性諸氏も始めてみてはどうか
ふたつのツイートの主旨は完全に一致している。同じ企画であるといっていい。顔をメイクするか、サウンドをメイクするかの違いだけである。ここで私が申し上げたいのは、スキンケアにあまり興味のない男性諸氏であってもエフェクターをいじるのは楽しいわけだし、エフェクターとコスメはまったく同じものなのだから、男性も明日からスキンケアを始めてみてはどうかということである。私自身、半年欠かさずにやってみて、スキンケアは確実に結果が出ると断言できる。肌ツヤがよくなり、健康そうに見え、清潔感ももたらされるといいことづくしだ。顔にエフェクトをかけるつもりで、ぜひ試してみてほしい。恥ずかしいことなどあるものか。自分の身体を大切にするのは恥ずかしくもなんともない。ドラッグストアへ行って、よさげな商品を買ってみてほしい。わからなければ知人女性に聞いてみるのもよい。新しい扉が開くことは確実である。
そして両者とも、なかなかに業の深いジャンルでもあると思う。ギターを弾く人がなぜかオーバードライブのペダルを何個も買ってしまうように、スキンケアが好きな人は、新しい美容液が出るとつい買ってしまうのである。もう家にたくさんあるのに。買ってもあまり意味がなく、使いきれないとわかっているのに。限定商品が出れば転売屋も横行する。半信半疑で手を出して、痛い目にもあう。そういった意味では、コスメもエフェクターも、ずいぶんやっかいなジャンルである。しかし、エフェクターは一度買ってしまえば使っても減らないが、コスメは減る。なくなってしまう。買い足さなくてはならない。ここが最大の違いである。ひたすらに買い続けなくてはならないのだ。そのぶん、コスメにはさらなる業の深さを感じている私だ。
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