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ぜんぶ、克也のせい(2)

グーニーズはグッドイナフ

リチャード・ドナー監督の映画『グーニーズ』(1985)は、80年代の無垢とポジティブさを凝縮した幸福なフィルムであった。思い出すだけで、何ともあまずっぱい気持ちになれる。屋根裏で見つけた財宝の地図。子どもが出かけられる距離の小さな冒険。4人の少年が自転車で走り抜ける森の、美しく深い緑をとらえたショットもすばらしい。どこかに親しみやすさを持つ悪役や、地下世界をさまよう冒険のスリル、そして待ち受ける海賊の秘宝。当時はファミコンゲームになるほどの人気映画だった。

同時に、私にとっての『グーニーズ』は、すべての英単語のなかでいちばんカッコいい言葉を教えてくれた映画でもある。counterclockwise(反時計回り)。初めてこの単語を知ったときの驚きは言い尽くせない。カウンタークロックワイズ。そんな必殺技みたいな響きの英単語があっていいのだろうかと私は思った。何人かの友だちにその興奮を伝えてみたが、誰もぴんときた様子はない。なぜこの尖りきったワードセンスが伝わらないのかと私は憤っていた。

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中学生マインドを刺激

まずもって「時計回り」が clockwise な時点でしびれるのだが、さらには「反」を counter と表現するのがたまらない。中学生マインドを刺激する独特の心地よさがある。イギリス英語では anti-clockwise とも言うらしいが、アンチクロックワイズではカッコよさも半減である*1。私は断然「カウンター」を取りたい。劇中、少年たちが財宝の隠された秘密の扉を開くときに、鍵を差し込んで、どちら側へ回せばいいかを相談する場面。

- Which way do we turn? (どちら側へ回そう?)
- West, counterclockwise. (西へ。反時計回りに)
- Try it, Mikey, Yeah, that way. (やってみなよ、マイキー。そっちだ)

これだよ、これ。1985年からずいぶん時間が経ったが、いまだに counterclockwise よりカッコいい英単語は見つかっていない。問題はこの言葉を使うタイミングがないことである。いつか実人生で使ってみたいと思っているのだが、機会はいまだに訪れないままだ。おそらく今後もまず訪れないと思う。何しろ日本語の会話においてでさえ、いままでの人生で「反時計回り」について話したことがない。この言葉が自然なタイミングで必要になる状況が思いつかない。カッコよさと実用性がまったく両立しないのも、この英単語のいいところだった。

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洋楽で覚えた単語

あたらしい単語は、ほぼ洋楽から仕入れていた。集中力が人生でもっともきわまっていた中学・高校時代なので、いまでは考えられないほど次々にものごとが記憶できていたのだ。あの活発な脳がもう一度復活してくれればと願う私である。米歌手レイ・パーカー・ジュニアのヒット曲、映画『ゴーストバスターズ』(1984)のテーマソング「ゴーストバスターズ」では neighborhood(隣人)という単語を覚えた。'if there's something strange / in your neighborhood / who you gonna call? (Ghostbusters)' と陽気な歌い出しだが、映画の字幕では文字数の制限があり「ややや/ケッタイな/どうしよう/ゴーストバスターズを」という思い切った訳が当てられていた。strange を「ケッタイ」と訳すのが、映画の雰囲気をうまく表している。neighborhood はそれなりに使う単語だが、耳にするたび、脳内にゴーストバスターズの「おばけ侵入禁止マーク」が思い浮かんでしまう。

invisible(目に見えない)は、ジェネシスのヒット曲「インビジブル・タッチ」(1986)で覚えた。同じ塾に通う数少ない洋楽好きの友人、高橋君が「インビジブルは『目に見えない』っていう意味なんだよ」と教えてくれたのだった。いまだに invisible という単語はフィル・コリンズと合体していて、今年見た映画『透明人間』(2020/原題は The Invisible Man )で、タイトルがスクリーンに映し出されたときにも、フィル・コリンズのハイトーンボーカルを少しだけ思い出してしまった。

もの知りの髙橋君には他にもいろいろと教えてもらった。マドンナ「ライク・ア・ヴァージン」(1984)における like の用法(〜のように)を学んでいなかった私は、like に「好き」以外の意味はないと思い込んでいたので、高橋君に「この曲のタイトルちょっとおかしくない? 何か気持ち悪いっていうか……」とおそるおそる訊いたのだが、彼は落ち着いて正しい意味を教えてくれたのであった。

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中学英語への不満

私はしだいに、学校で習う英語がまったく無意味ではない、ということもわかってきていた。音楽や映画に出てくる英語の理解の助けになる状況は多々あったし、いままでは雑然とした単語の羅列にしか見えなかった英文が、しだいに一定の秩序を持って並んでいるように見えてくる感覚もあった。しかし同時に、周囲の生徒が英語を学ぶ動機づけを持てず、学習に興味を抱けずにいるのもよくわかった。たしかに苦痛だろう。周囲の生徒が英語を勉強をする様子は、たとえば、その料理が完成したときにどれだけおいしいかを知らないまま、下ごしらえばかりさせられている見習い料理人に似ていた。

惜しむらくは、クラスの誰も「ベストヒットUSA」を見ていないことだ。彼らは小林克也のとてつもない英語を知らない。「ウィー・アー・ザ・ワールド」(1985)でブルース・スプリングスティーンが荒っぽく入ってくるあの感じ、後半でスティービー・ワンダーとかけ合いになる部分のバトル感を知らない。それもさることながら、何より中学英語は前提の説明が足りていないと私は思っていた。もっと事前に説明をしてから教えればいいのにという不満を絶えず抱いていたのだ。この不満はやがて大きくふくらんでいくのである。

*1 anti の実際の発音は「アンタイ」。強引にカタカナ表記すれば「アンタイクロックワイズ」となる。


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