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いつかあなたと花降る谷で 第3話(6)

 強いオレンジ色の石の欠片と、緑の欠片、桃色の欠片。ダークグレーの欠片の側に、金色に光るものもある。
 震えそうになる指を抑えて、慎重に並べた彼だった。
 石はどれも中心部分から、外側に向けて輝きを放つようだ。小さいけれど確かに流れる光の波が、次から次へと溢れてくる。
 魔法の元になるマナを含んだ魔石と似ているが、それじゃない、と確かな意識が働いた。魔石はもっとマナの密度が低い。今、目の前にある石に比べると、スカスカと言ってもいい程だ。

「フィーナ……これは、何?」

 マァリは恐る恐る問いかける。
 マナを集めて圧縮し、まるでマナそのものを表現したようだ。
 フィーナは軽い調子で「妖精石よ」と。

「普通に生活していたら、生きているうちに二つは作れるらしいわ。体の中で余ったマナがね、ポロッと外に飛び出してくるらしいのよ。もう一つは妖精が死ぬ時に……」

 慌てて止めたマァリである。

「もっ、貰えないよ、そんなに貴重なもの……!」
「あ。そこは大丈夫なのよ? お父さんのもお母さんのも、おじいちゃんやおばあちゃんのも、別の容れ物に大切に取ってあるから」

 こっちはポロッと出てきた方よ、だから気にしないでね? と。フィーナは価値を知らないように、にっこり彼に微笑んだ。
 頑なに「いらない」とガラスポットに戻し始めた彼だけど、「えっ……」と絶句したフィーナがみるみる泣きそうな顔を浮かべてきたので、石を戻す手を止めて、言い聞かせるように語りかける。

「フィーナ、これはフィーナが思うより、ずっと貴重で大変なものなんだ。俺が使ったら一粒で、国一つを消してしまえるかもしれない。そのくらい力の篭った、使い方に気をつけなきゃいけない石だ。────そもそもフィーナはこの石を、普段はどういうふうに使っているの?」
「私は使ったことがないわ。困ったことがないからよ」
「困ったら使う約束なんだね? 他には何て聞いてるの?」
「奇跡が起きるのよ────って」

 ────奇跡。
 次に絶句したのはマァリの方だ。

「あなたが泣きたくなった時、西の茜をご覧なさい。夕日が共に泣いてくれるわ。月が慰めてくれるのよ。次の太陽が登ったら、大丈夫、ほら、あなたは元気。可愛い顔を私に見せて? おでことおでこでキスをするのよ」

「あなたが泣きたくなった時、喜びに泣く空を見つけなさい。太陽の光に背を向けて、天帝の弓を探すのよ。七色の天弓(てんきゅう)を見つけたら、あなたはもう大丈夫。共に予祝の涙を流して、知らせが来るのを待ちなさい」

「それでも、もし、あなたの涙が慰められず、枯れないのなら、ガラスのカップに手を入れて、一際輝く光を取って。両手で光を包み込み、おまじないをかけるのよ。どうかこの悲しみが、遠くへ流れていきますように。この願いが叶ったら、私はもう泣きません、と」

 流れるような、歌のような、言葉を発したフィーナは最後、自身の小さな手を合わせ、誓いの言葉を口にした。

「おまじないは、お願いと、自分の決意を述べなきゃだめよ? この世はバランスで成ってるの。奇跡は願いだけでは発動しないのよ」

 だから難しいんだけど……と微笑し(わらっ)た顔は、マァリに凄まれたことを、既に忘れた顔だった。
 マァリは黙ったままで、魅せられるように彼女を見ていた。多分、それが妖精の真価だ。純粋な心を持つ者が、純粋な願いと誓いを述べる。だから奇跡が起きるのだ、と、知らずとも理解するように。
 理解した目でそれらを見れば、解ける場所のない結晶体だ。混じり気のない力の塊、それであるのが分かるのに、どんな岩より鉄より固い、外壁があるのに気がついた。
 触れることはできるのに、その力を外に取り出して、使うことはできないだろうと漸く理解する。物質的に見えるのに、保護魔法にも見えてきて、その構造に頭を傾げる事態にも見舞われる。
 フィーナはそんなマァリの興味が「それ」から逸れるまで、向かいの席に腰を下ろして、静かに待ったようである。
 暫くするとマァリが妖精石から目を逸らし、向かいに座るフィーナへと視線を向けてきた。困惑と、困惑と、救いの手を求めるものだ。

「だからね? マァリに一つあげるわ」
「いや……でもこんな貴重なもの……」
「だから一つしかあげないのよ。全部はだめよ? それは欲張りだわ」
「…………」

 もちろん欲張るつもりはなかったけれど、そう言われたら貰う他の選択がないようにも思えてきた。

「あっ、でも相性があるから……合わなかったら持っていても意味がないかもしれないわ」

 だからそんなに気にしないで、ちょっと手を貸してみせてよ、と。
 フィーナはそれなら別のものを探してくるわ、と軽く言い、彼も、自分と相性が悪ければ貰わなくていいと思ったら、気持ちも軽くなったようで「どうすればいいの?」と聞いていく。

「手をかざしてみて?」
「これでいい?」

 端に置かれた石の上にマァリは手をかざし、フィーナに「そうそう」と肯定されるまま試しにかかる。フィーナは椅子から降りて両手を机に揃えたら、目線を石の高さに合わせ、しっかり確認したようだ。
 言われるまま順番に手かざしをしていくと、うーん、と唸ったフィーナが「これかな?」と薄黄色の石を指した。

「そう? 気のせいじゃない?」

 マァリは自分の掌で石の様子が隠されてしまうため、よく分からなかったし、このまま白(しら)を切ろうとしたようだ。
 でも、フィーナの目には明らかに変化が見えたようであり、ただ、マァリが納得しない雰囲気を持っていたから、それじゃあ夜にもう一度見てみましょうよ、と語る。

「……まぁ、フィーナがそれで納得するなら」
「うふふ。その顔は初めてね?」

 マァリの困り顔。そんな顔になるのね、と。

「いや、俺は割と、困り顔をする方だと思うよ?」
「そんなことないわ。昔よりずっと表情があるわよ?」

 何も思わず言ったのだろうが、彼には少し刺さった言葉だ。そのまま、じゃあもう一度夜にやってみましょうね? と、片付けもせずキッチンに消えてしまった彼女だから。
 否定する隙も、追いかける隙もなかった……と、取り残された彼だけが苦笑した場面。

「フィーナ、また後でお茶を飲むから、コップはこのままにしておいて」
「わかったわ〜」

 キッチンから届いた彼女の明るい声を聞き、苦笑を微笑に変えて、彼は作業へ戻ることにした。
 どうしてもあげたいフィーナと、どうしても受け取りたくない自分。客観的に考えたなら、面白くなったからだった。互いに譲りたくない部分があるが、その理由が妙である。自分達はお互いに、相手を想って我を通す。
 相手のことが特別だから、あげたいし、受け取りたくない心。妙なところで似てしまっている自分達がおかしく見えた。
 参ったなぁ……と作りかけの釜の前にしゃがんで笑う。
 尻に敷かれるではないけれど、フィーナの願いは断れない。マァリはこのまま自分が彼女に頭が上がらなくなることを、片隅に想像し、苦笑した。
 作業はその後も彼の手によって、順調に進んでいく。
 釜の材料のレンガと繋ぎの土を交互に敷いて、残りの形を整えた。フィーナが帰ってきたのが昼過ぎだったので、日が傾く前にもう一度休憩を、日が傾いてきた頃に、片付けに着手した。

「マァリ!」
「ん?」

 明かりを灯した家の中から、フィーナが優しい声で呼ぶ。
 彼も木の下に明かりを灯しながらの片付けで、谷の先は藍色に、丘の方は赤と群青色だった。
 パタパタと駆けてきた彼女の手には、一つずつの石が乗っていて、小さな手のひらをぱっと開いて、掲げながら彼に言う。

「ね? そのランタンを消して、一つずつ持ってみて?」
「さっきの? 試してみるの?」

 変わらないと思うけど、と。

「絶対、変わるわ。さっきは明るかったから仕方ないのよ」

 見えなかったのは明るかったから。彼女の言い分はそのようだ。
 片付けももう終わるところだし、マァリは手を洗いに行った。冷えてきたから冷たい水にはこたえたけれど、ぱっぱと手を振って彼女が待つ木の下へ。上手に作ったのね、と、釜を鑑賞していたらしい、彼女を横に見ながらランタンの火を消した。

「はい。じゃあ、こっちから」
「ほのかに光っているのが、夜だとよくわかるね」

 だけど、輝きはそのままだ。彼は若葉色の石を返した。

「はい。じゃあ、次はこっちね?」
「はいはい。変わらなくても、がっかり────」

 しないでね? と。
 口にするつもりだったマァリは、波打つ輝きの強さを知った。

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