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いつかあなたと花降る谷で 第1話(12)

 性格に問題がありそうだけど、お腹が空いた小さな子供を外に放置するわけにはいかない。大人しくなったのをこれ幸いと、ポッサンはチャールカを家に招き入れた。
 夜中だというのにチャールカは、ポッサンが作った料理をたらふく食べて、我が物顔で振る舞うので呆気に取られた二人である。
 マァリだけ人の社会でこういう人間をたくさん見たので、取り立てて驚くこともなかったが、それなりの大人しか住んでなかったこの山で、初めて目にした「子供」である。特に「妖精の子供」であるので興味があるし、ポッサンの安全や、フィーナの安全も図らないと、と、そういう考えもあったので、気を抜かず観察して過ごしたようだ。
 チャールカは黒髪をざんばらのまま伸ばした風で、スカートは短め、何なら上の服は袖無しだ。春になったとはいえ肌寒い服装で、親はどうしたのだろうか、と、案じる大人達である。

「お父さんとお母さんは?」

 フィーナはこんな時でもストレートに聞いていく。
 チャールカは食後のおやつを頬張りながら、「知らないです!」と怒るように返してきたのだ。それを聞いたら訳あり確定なので、この子をどうしようか……という視線だけが飛び交った。

「あの、もう一度、聞くけどさ。君はどうして僕の妻の姿で、僕のことを脅かしていたのかな?」
「だーかーらー! 邪魔者をどこかにやるためです!」
「邪魔者……」
「お前のことです!」
「僕のこと……」

 大したダメージはないけれど、複雑な顔をしたポッサンだ。

「家が欲しかったの?」
「そうです! チャールカは今、住む場所がないのですから。お前はいたいけな子供のためにこの家を譲るべきなのです!」

 うぅん……と頭を悩ませたポッサンだ。
 フィーナは「うちじゃダメなの?」と別の提案をしてみせた。
 マァリは折角の二人暮らしを、子供に邪魔されるのは嫌なのだけど、住む場所がないというのなら、仕方ないかという気持ちになった。
 けれどチャールカは「嫌です! このお家が良いのです!」と、頑として譲らない雰囲気だ。そりゃあここまでの我欲が無ければ、自分の何倍も大きいようなサイクロプスを相手にし、ひと月も「脅かし」を続けられるはずがない。

「この家を気に入ってくれたってことだよね?」
「そうです! こんなに可愛いお家を見たことがないのです!」
「それはどうもありがとう。だけどね、手入れをしないと、可愛いのは維持できないんだよ?」
「いじ?」
「可愛いままではいられない、ということだ」
「うん?」
「例えば、掃除をしなければ、家の中はゴミだらけになってしまうし、壊れた所を直さなければ、居心地が悪くなってしまうから。屋根の色も壁の色も定期的に塗り直さなきゃいけないし、大雨が降りそうならば隙間を補修しなければならない。クッションや布団を干さないと、ふかふかにはならないし、庭の花も手入れをしなきゃ、次の年に綺麗な花を咲かせてはくれないよ」

 自分一人で全部できる? ポッサンは現実的なことをいう。
 全て彼が亡き妻のために、やり続けてきたことである。
 言われたことの全部を理解したわけではないだろうけど、チャールカは家の中を見回してみえたので、自分がこの家に住むのならやらなければならないことを、一応、考えようとしたらしい。
 そうして気がついた。
 この家は彼女には「大きすぎた」のだ。
 机も椅子も、ソファーもキッチンも。ポッサンに合わせて作ったのだから当たり前。けれど、よく見れば踏み台があり、自分が今まさに腰を下ろしている椅子は、自分に似た体型の誰かを「想定した」サイズだったのだ。
 生活はできそうだ。少し大変そうだけれども。
 庭木の手入れも、脅かすために通ったうちに、目に入った畑の方も、教えてもらえたらできるだろう。

「教えてもらったら……」
「誰が教えてくれると思う?」
「お前」
「ポッサンだ」
「ポ、ポッサン」
「わかったなら良いんだよ。じゃあ、どうしようか。ここはそもそも僕とマーメーナの家だしね。だけど君次第だと思う。僕はもうそんなに長く生きないし、君がこの家を欲しいというのなら、僕が死ぬまで一緒に暮らして、そこから先、君のものにすればいいと思うんだけど」

 どうかな? というポッサンの提案に、「むぅん?」と返したチャールカだ。うーん……と考える素振りを見せて、「じゃあそうしようかなと思うです」と。

「僕と一緒に暮らすのでいい?」
「全部教えてくれるのが約束です!」
「家のことね。分かったよ。ちゃんと一人でやれるようになるんだよ?」
「絶対できるです。チャールカは優秀なので」

 しかも可愛い、と、ふふん、と得意げになった少女へ、ポッサンは苦笑と共に可愛いものを見る目を向けた。

「一緒に暮らすの?」

 フィーナが驚いた顔をする。

「言い方はあれだけど、僕が作った家を褒めてもらえた訳だしね、そんなに嫌じゃないと思ったよ。それに、僕たちには子供がいなかったから、育てるのが楽しそうだな、と」

 生活に潤いができそうだしね、一人で住むより楽しそうだ。
 そう言う彼の顔が良い顔に見えたから、フィーナは「そっか」と返して、困ったらなんでも相談して、と。

「私はチャールカと友達になれるかな?」
「友達?」
「話し相手。相談したりとかも。あと、この山の女の子は、ミオーネとシャンドラがいるからね。皆とも仲良くできるといいんだけれど」
「…………」

 前向きな提案をするフィーナのことを、訝しげに見つめる姿からは、チャールカの拭い去れない警戒心が見てとれる。同じ妖精として見惚れる部分はあるけれど、信用を置くかどうかは別、ということだろうか、と。
 随分、人間臭いというか、擦れている妖精なんだな、と。マァリはチャールカを見ないふりをして、そんな感想を抱いていた。
 反応が薄いチャールカを見て、気を取り直したフィーナである。

「うん、そのうち、そのうちね。そのうち一緒に遊びましょう」

 何の含みも持たない声は、誰が聞いても嫌味がない。それがいいね、とポッサンがフィーナに返し、今日はもう遅いから、取り敢えず皆、眠ろうか、と。
 大の男に囲まれるより女同士が良いかと思い、フィーナは「一緒に寝ましょう」とチャールカを誘ったが、チャールカはこの時も引き気味にフィーナのことを見るのである。けれど、心から嫌がっている風にも見えない少女のことを、フィーナは最終的に引きずるように持って行った。
 ポッサンは見慣れたものだが、マァリは割と凄いと思う。嫌味がないのに強引、というのは、あまり見たことがないものだから。
 リビングに男二人になって、マァリを見たポッサンだ。

「ありがとうマァリ、とても助かった。僕一人じゃ解決できなかったと思う。お礼はまた今度、絶対にするからね」
「お礼なんていいですよ。たまたま思い当たるものがあって、それが上手くいっただけです。それよりも……大丈夫ですか?」
「遠慮することないのにね、マァリは真面目だね。うん、こっちは大丈夫、亡霊じゃないなら相手が出来る。心配してくれてありがとう。まだどうなるか分からないけど、駄目だったら頼りに行くからね」

 是非そうして下さい、と、マァリはポッサンに真面目に返し、リビングのソファーを借りる旨を言う。

「僕と一緒に眠るのでも」
「え。いえ、流石にそれは……」

 遠慮しなくていいのにというサイクロプスを見上げる限り、きっと幻獣族の彼らには変な意味はないのだろうな、と。マァリは苦笑しながら頑なに遠慮して、リビングにある大きなソファーに寝転がる。

「おやすみ」

 というポッサンに、おやすみなさい、と返した彼だ。
 時間も遅く、料理までして疲れていただろうポッサンは、フィーナと同じですぐに寝入ったようだった。マーメーナの部屋に入った少女たちの気配の方も、止まったように感じられたので寝たのだろうと考える。
 暫く、しん……とした彼の家のリビングで、寝転がったマァリの側に不意に気配が現れた。

「ん。じゃあ、行こうか」

 真っ暗な部屋の中で小さく返す。
 沈黙のまま頷いた少女は、外へ出ると黒い翅を出す。
 マァリはその子を追いかけるように、マーメーナが眠る墓地へ向かうのだ。

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