いつかあなたと花降る谷で 第3話(2)
「私は相変わらずよ〜。家の模様替えをしたり、一緒に住んでるお魚さん達の面倒をみたりして」
特に変わったこともなかったな〜、とシャンドラは語った後に「いつも通りラーマが水を飲みにきたくらいかな」。チャールカの聞き慣れない名前を口にする。
「ラーマはユニコーンのお友達よ。たまにここに遊びに来るみたい」
チャールカの顔を見て、フィーナが説明してくれる。
チャールカは「ゆにこーん」なる生き物のことは知らなかったけど、水を飲む生き物なのを察した顔をした。
「ラーマはまた意中の子にフラれた……って嘆いていたわ」
シャンドラの言葉から、ゆにこーんは喋る生き物らしい。
そして「ふられる」……ふられるとは一体……いちゅうのこ、という言葉も聞き慣れない。だけど空気は読めるチャールカは、黙って成り行きを見守った。
その横でフィーナは気の毒そうな顔をして、ミオーネは別の変な顔を浮かべてみせた。
「オーナはフラれても次の子を手に入れられるのに、ラーマはもうずっと振られてばかりで可哀想ね」
「仕方ないんじゃないかしら? 姿形がね」
「人と遠いから?」
「そうとしか考えられないわ。そもそもどうしてユニコーンなのに、人間の女の子を狙っていくのか分からない」
「あぁ、確かに。同じユニコーンじゃダメなのかしら?」
「好みがそっちなんだって。子供の頃、人間の女の子に撫でで貰ったのが忘れられない、って言ってたわ」
あぁ、確かに。ユニコーン同士じゃ撫で合うのは無理よね、と。馬が鼻先で触れ合う姿を思い浮かべたミオーネだ。
フィーナが持ってきた姿焼きを手に取って、可愛い、と視線を向けてからパクリといった。
それを見ていたチャールカも、ポッサンが作ってくれたお菓子を取って口に運ぶ。意味はわからないなりに楽しい話のような気がして、完璧な聞き手に回る彼女だった。
この環境が立派な耳年増を作り上げようとしていることに、気づいていない三人だ。
「でもさ、ラーマもオーナも振られると戻ってくるじゃない? それってシャンドラとフィーナのことを頼りにしてる、ってことよね?」
と。
「そうかな?」
「そうかしら?」
単に都合がいい女なんじゃない? シャンドラは冷たく切り捨てる。
でも別に傷ついた様子もなくて、本当に相手のことを切り捨てて終わり、という風だった。
聞いていたチャールカは学習をする。その相手がふられて自分の元へ戻ってくるなら、それは自分が”つごうがいい”女だから、ということか。使うかも分からない知識だけれど、覚えていた方が良さそうだ、と。
一方、フィーナはよく分からない話に思えたようで、聞き流すことにしたようだ。どちらかというとオーナはフィーナを使っているだとか、頼りにしているというよりは、慰めてほしいだけの印象だったから。
もちろんそこには甘い空気など無くて、彼が落ち込んで見えるのも1日かそこらなものだ。お土産をくれたり、マァリのように、家のことを少しは手伝ってくれるけど。2、3日たってしまえばケロリとして見えて、あとは気分で居着くだけ。また別の女の子を探しにいくわけで、むしろオーナの心の太さを尊敬しているフィーナである。
今回はラーマの話を聞いて、ある意味、ラーマの心も強いわね、と。
突っ込んでこないことを”幼い”と思われつつも、案外、フィーナはフィーナのままでいた風だ。人間の女の子とはそれほどまでに、彼らを魅了するものなのか、と。
「ミオーネは何をしていたの?」
「私? 私もいつも通りよ。家で鳥達と仲良くしたり、卵をいろんなところに届けに行ったりね。しばらく森で迷った誰かも見てないし、私の運命の人もまだまだ来なそうよ」
ふぅん、とクールなシャンドラだ。
「そうすると、チャールカが来てくれたことが、一番の出来事ってことかしら」
「そうね。本当によろしくね。ポッサンの家で困ることはないと思うけど、何か困ったことがあったら何でも教えてね?」
「…………」
じっ、とミオーネを見たチャールカの視線を読むと、分かった、と言いたいことを察した三人だった。
「そういえばチャールカの服、どこかで見たことがあると思ったら。ポッサンが縫い直してくれたの? やっぱり頼るべきは彼よね」
と。
シャンドラが暗にリメイク品であるのを語る。
あ、本当だ、と思った二人は、彼女に合わせて直された、可愛らしい服を見て湧いたのだ。
「似合うわ、チャールカ」
「うん、可愛い。髪が黒いと何でも似合って羨ましいね」
「確かに。チャールカの黒髪は可愛いわ」
フィーナからミオーネ、シャンドラと続き、言われたチャールカは少し照れた顔をする。ちょっと立って回ってみてよ、とミオーネに言われると、ぎこちなく立ち上がり、回って見せてくれたチャールカだ。
蜜花みたいな柔らかな黄色をした、ジャンパースカートに白のブラウスなのだった。きっと仕立て直す過程で布が余ったのだろう、襟にかかったリボンと、頭のリボンがお揃いだ。
「髪もポッサンが結ってくれたの?」
こくり、と頷く彼女である。
高い位置で結われたツインテールは、年齢相応でかわいらしかった。皆に似合う、可愛いわ、と言われると、嬉しいやら誇らしいやら、少女らしい反応を初めて見せたチャールカだ。
「髪結いといえば、今日のフィーナもすごくない?」
「あ。そうなの。これね、マァリが結ってくれたのよ」
ぴくっと名前に反応するも、運よく皆の視線から逃れられたチャールカだった。マァリとはあの怖い男、自分の主人となる男である。
どうやら目の前のフィーナなる妖精と暮らしているようで、その辺の詳しいことなども聞いておきたかった彼女だった。だから、また黙して話を聞くべく、零される言葉に耳を傾けた。
住人達は彼女の前で、その男の話へ移ろった。
「え。本当だったらすごい」
「本当よ。だって彼、自分で自分の髪の毛を上手に結っていたじゃない」
「あ〜! 確かに!」
そうなの? と聞いたシャンドラへ、ミオーネが「そう。うちに来た時にも結ってたよ」と。
チャールカがポッサンの家でとっちめられてしまった時も、確か長い髪を持っていたような記憶が残る。主人様(あるじさま)の姿になると、自分と同じような黒髪になることも。
あの男はフィーナの髪を結い上げることもするらしい。複雑に編まれたフィーナの髪を見ながら、少しだけ羨ましさに包まれたチャールカだった。
「でも、もうあの長い髪の毛、切っちゃったみたいなの」
唐突に新しい情報が降りてくる。長かったあの髪が、今は短くなっているらしい。次に会ったときに間違わないよう、短い髪、と記憶した少女である。
その横でフィーナはのほほんと、「雪の色みたいで綺麗だなって思ってたんだけど……髪結いを教えて? ってお願いしたら、まずは結ってあげるよ、って」と。
人間って器用よね。さらりと言うフィーナへと、シャンドラの鋭い瞳が刺さったようだ。フィーナは気づいてないけど、ミオーネという女性の方も、似たような視線を向けたらしかった。チャールカもあの男とフィーナの関係を知りたいし、三人分の視線を受けても”のほほん”として見えるフィーナのことも、以前よりは知りたいような気持ちになっていた。
対する二人はチャールカにも話を振ったし、そろそろ聞いてみてもいいかしら、と。黒髪の少女に見抜かれていることには気づかずに、気持ち、フィーナへと距離を詰めるように言葉を足していく。
「ねぇ? 本当にただの同居人なの? 女の子の髪を結ってくれるって、結構な距離だと思うんだけど」
ミオーネが聞きたい”器用”は別の話だったけど、シャンドラの言葉を聞いて「あぁ、確かに」とは思った彼女だ。
「わざわざ戻ってきたんでしょう? それって、フィーナが言うように山を気に入ったのもあると思うんだけど、フィーナのことも同じくらい気に入ってくれているんじゃないの?」
あんまり人間はおすすめしないけど。
釘はさしつつ、質問したいシャンドラだった。
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