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いつかあなたと花降る谷で 第3話(8)

 地面は危ない、とフィーナが言うので、飛竜には上空で留まってもらうことにした。どこだったかな〜? と目印を探すフィーナを抱きながら、興味深そうに地上を観察していたマァリである。
 ヒュッと風を切る音がして、反応を示した飛竜を宥める。彼は「俺が対処する」と飛竜に伝えたようである。反応したのと同時くらいに飛んできた矢尻を無力化したので、見ていた飛竜も安心して急な動きを控えてみえた。
 何せフィーナの腕の中にはシチューが入った容れ物がある。急に動いてしまっては溢れてしまう恐れがあった。
 きっと仕掛けが好きな「友人」は、ワイバーンが自分の敷地で滞空するのを見遣り、身の危険を感じたのだろうとのアテはつく。よく戦場で使ったものだが、下から向けられた攻撃に対し、耳と勘の良いマァリなら少しのマナでどうにでもできた。ミオーネ程ではないだろうけど、光に反射する小さなものも、捉えることが得意であるので、難無しという風だ。
 一度ならず二度、三度、相手は諦めず狙ってきたが、どれも飛竜に届く前、彼の魔法で撃ち落とされた。作業は簡単だけど面倒になったマァリだから、放たれ方へ体をずらしてフィーナが見えるようにする。
 彼女が見えれば悟るかも、と、期待しての行動だったけど、彼らの静かな攻防に気づかないでいるフィーナの方が、同じく面倒になった様子で「ライオネットー!!」と声を張り上げたので、事態は変化を見せたというか、解決が早まった。

「どこに降りたらいいの!? お裾分けを持ってきたのよ!」

 と。
 後ろで彼女を支えている、マァリの耳がキンとした。存外、大きな声を出す、と、フィーナのことをまた一つ知った気分だ。
 フィーナはもう一度「ライオネットー!?」と地上へ叫び、手に持った籠が見えるように地上へ向けて振ってみせた。
 パタ、と止まった攻撃だから、多分、その妖精は気づいてくれたのだろう。転がる大岩の間から、小さなものが蠢く気配が届く。

「本当にフィーナなのかー!?」

 あちらも声を張り上げる。
 よほど岩が大きいらしい、と思って見ていたマァリであるが、違う、相手が小さいのだ、と、遅まきながら気づいたようだ。

「偽物なんかいないわよ!」
「確かに! じゃあこっちに降りてくれ!」

 手に旗を持ちながら誘導してくれるライオネットは、地上に近づくほどに、ちんまりとして見える。行動は大人のそれなのだけど、フィーナのような子供姿だ。彼は飛竜に対峙できるよう、ちょっとした岩に登ってみえた。

「おいおい、どうしたんだよ、この飛竜」
「マァリがお友達になったのよ」
「マァリ?」
「そう、彼。人間なの。今、一緒に暮らしているのよ」

 バサッ、と最後の翼を畳み、飛竜が安全な地上に降りた。
 マァリは先にフィーナを降ろしてあげてから、装具から足を外して自分も降りていく。

「初めまして。マァリです。ライオネットさんですか?」
「そうだけど……もしかしてお前、竜族の血が混ざってねぇ?」
「えぇと……自分じゃ特には……」

 開口一番これなので、困惑した様子を見せつつ、マァリの中では一気に警戒が高まった。詰まった言葉も自然なように白を切ってみたのだが、よくわからない、と滲ませることで嘘にならないように気を付ける。
 ライオネットは聞いてみたけどその先に興味はないようで、「ふーん」と返し、フィーナに「結婚したの?」と聞いていく。

「うぅん。まだよ。そうなったら素敵だなって思ってるんだけど、まだお友達の期間を楽しむことにしてるのよ」
「なんつー高度なことをしてんだよ。おい、マァリ、お前はそれで良いのかよ?」
「あ、はい。俺は今のままで、もう少し様子を見た方がお互いに良いだろうと考えておりまして」

 フィーナと同じくらいの小さな男の子に呆れられ、マァリの方が「合わなさ」に呆けてしまいそうだった。だから口調も自然と変わり、昔の上官への態度のように変わってしまう。ライオネットにはマァリにそうさせるだけの、気配というか圧というか、そういうものが滲んで見えた。
 少しは彼の装いのせいもあったのかもしれない。
 ライオネットは技術革新が進んだ国の、飛空機に乗る、パイロットと呼ばれるような服装をして見えた。額にゴーグル、上下繋ぎの衣類には、工具がたくさん付けられるよう工夫がして見える。そんな少年が腕組みをして、自分と同じ目線でモノを語ってくるのである。未知に出会ってしまったような、独特の緊張感がある。

「おいおい……正気かよ……」

 初めましての返事がないままで、彼らは友達になったようだった。見た目と態度はどうであれ、ライオネットの様子は既に、マァリを受け入れた後のようだったから。

「まぁでもそうか。フィーナ全然変わんないし」
「?」
「まー、こいつ昔から感情が鈍いやつだから、近くでよろしく見てやって。んで? 俺にどんな差し入れをくれんの?」
「あっ、そうだった。シチューよ。二人で作ったの。温めて食べてね? 気に入ったらまた声をかけて」

 色々言われたような気がしたが、はい、と手渡したフィーナである。
 え、今の話、気にならなかった? と、マァリは止めたかったけど、「おう、サンキュ」と人間の国の言葉で小気味よく返ってきたのを聞くと、「元気そうだなー」と続いていく二人の会話に、割り込む気持ちは無くなっていた。
 どのくらいの距離の遠さかと、測るつもりで付いてきたマァリだが、成る程、これは完全に、お互い「無い」タイプの友人である。フィーナがミオーネに向ける態度や、シャンドラに向けている態度、ポッサンやチャールカに向ける態度とも微妙に違って見えていた。
 そこは互いに「妖精」という括り故かもしれないけれど、種族は違っても同じ妖精……だから距離は近めだが、故に距離が遠い、といった複雑な事情がありそうだ。
 マァリには、幻獣族は感性で配偶者を見つける、と、どこかで読んだ記憶がある。もしそれが正しいのなら、フィーナとライオネット少年は、一緒に居てもその「感性」が働かない状態になるような、完全なる範囲外という関係になるらしい。

「あなたも元気そうね。ミオーネに聞いているかもしれないけれど、最近、バンシーのチャールカがポッサンの家に住み始めたの、知っている?」
「あー? そういやそんなことも聞いたかも。南の方で幻獣族の村が一つ廃村になったらしい。バンシーが騒いだらしくて、気味が悪い、と。もしかしてそこのバンシーだったりしてな?」
「どこからそんな話を聞いたの?」
「いつも通り交信で。あちこちに居る仲間が色々と情報をくれるんだ」
「へぇ。なんだか楽しそう」
「楽しくないことをして何になる?」

 ふふん、とライオネットは小さい腕で腕組みをして、呆れたような、感心したような、フィーナを斜に見たようだ。整って見える爽やかな顔からすると、あまり想像できないが、ライオネットはそういう男らしい。
 色気より自分の趣味、だ。彼は男に憧れられる男に見える。

「あ、そうだ、マァリ」
「はい?」
「もし人間の街とかでジャンク品を見つけたら、何でも良いから貰ってきてもらえるとありがたい」

 ライオネットは「よっ」と岩を飛び降りて、金属の塊にコードが沢山ついている、触手動物のような見た目の機械を取り出した。

「こういうの。たまにこっちの方まで流れてくる時があるからさ」
「わかりました。壊れていても?」
「かまやしねーよ。使えるとこだけ分解して使うから」

 へぇ、器用なんですね。尊敬するような口ぶりになれば、ライオネットは「趣味なんだ。そういうのが好きなんだよ」と。

「おっと。もちろんタダとは言わねぇ。欲しいもんあったらお前に譲る。ちょっと時間あるか? 飛竜を待たせても?」
「大丈夫ですよ」
「なら、うちに寄って行け」

 マァリはフィーナと顔を見合わせ、お邪魔することにした。
 飛竜には「少し待っててね」と、首を撫でで伝えてからだ。ライオネットはそれを見遣ると「ついてこい」と先を行き、自分が出てきた穴とは異なる客人用のドアの方へ、二人を誘(いざな)い進んでいく。
 そこには値の張りそうな金属製のドアがあった。ポッサンは無理だろうけど、人間のマァリなら潜れそうなドアである。

「オーナが入れるんだから、マァリも入れると思うぜ?」

 と、ここでも彼の名を聞いたマァリだった。
 オーナが来るの? と素朴に聞いたフィーナである。

「毎回、求愛のリングを作ってくれ、って頼みに来るぞ? まぁ、毎度振られているから、使わなかった、って返されるけど。あ、ちょうどそこに並べてあるだろ? オーナが”振られた記念”の指輪」

 聞いたマァリは、何という不毛なコレクションをしてるんだ、と。ひっそり思ってしまって、頭が痛くなる顔をした。
 けれど、そうは言っても好奇心が勝ってしまって、ライオネットが示す方向をちらりと見てしまう。フィーナも普通に気になるようで、同時にそちらを向いた。
 そして。

「多くない……?」

 と、壁に飾られたそれらを見遣り、見ちゃいけないものを見たように、気まずそうな顔をした。

「あー? そうかな? 最初の方は年に何度も頼まれたけど、最近は落ち着いてきて、数年に一個だぞ?」
「…………」
「…………」

 何と答えて良いものか。
 仲良く悩んだ二人である。

「オーナも学んだんだろ? 自分の”好き”ばっかりじゃ、相手は”うん”とは言わない、と。だから時間をかけて関係を温めるのに努める訳だ。丁度、今のお前らみたいなもんじゃない?」

 ま。オーナは振られ記録更新中だけど。

「オーナ……凄いわね……なんて勇気があるのかしら……」

 いつも”ただ単に”慰められに来ていると、軽く考えていたフィーナは反省したようだ。ライオネットはフィーナを見ると違和感を覚えたものの、自分にも良い雰囲気の男が出来たことで、彼女も少しは恋心的なものが分かり始めているのかな? と。
 俺だけ置いていかれてる……と、少しは脳裏を掠めるが、ここはオーナの受け売りでかっこいいことを言ってみる。

「振られても良いじゃねぇか。いかにその子が魅力的か、教えてやることができるだろ?」

 求愛する側にしか出来ないことだ。

「勇気を讃えて貰えるし、好きな子には自信を与えてやれる。そこの指輪のコレクションは、オーナの偉業の証だよ。振られた数だけ女の子に自信を与えてやったんだから」

 良い男じゃねぇかよ、と、ライオネットは伸びをして。
 マァリに見せたいのはこっちだ、と、奥の部屋へ誘(いざな)った。

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