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いつかあなたと花降る谷で 第3話(4)

 ミオーネとシャンドラは、まさかフィーナにそうしたスキル……男を誑かすようなスキルがあるとは思わなかったけど、フィーナの純真そうな「え?」の顔をみていたら、多分違う、違う状況だ、と思い至った顔をした。
 実際、詳しく聞いてみたなら、寝衣の状態でもダメらしいのだ。ちゃんと上に羽織って、と、冷えを心配されるらしい。それは大変真面目な話で、良い話であるはずだ。お母さんかな? と思ったことは黙っておいた。
 だとするのなら、フィーナの薄着に興味がないという男のことを、別の視点で心配しなきゃいけないような気になった。単に彼の誠実さがそうさせただけだけど、付き合いが浅いから彼女達にはわからない。
 色仕掛けが通じない相手……人間って難しい……これはフィーナじゃなくても頭を抱えるわ、と。意外と失礼な態度のラーマのことなど忘れつつ、シャンドラもミオーネも彼のことが気になってきた。

「他に何かエピソードはないの? ワイバーンに乗れること以外にも」
「そうね……あぁ、これ。このお土産も、皆でお茶をするって言ったら、彼がわざわざ買ってくれたんだけど。私もマァリも料理が好きだから、美味しいものを食べに暫く街に降りていたの」
「そういえば留守だったわね」
「訪ねてくれてたの? ごめんなさいね」
「気にしないで。そろそろ卵がいるかと思って寄ってみただけだから。今日のお茶会で聞いてから、届けようと思っていたの」

 そう? ありがとう、と言うフィーナはいつも通りの空気に戻り、街に降りた経緯や様子を彼女たちに説明していく。
 まぁ、やはりというか、手慣れていたこと。
 乗合馬車に乗ったこと。宿屋に泊まったことを。
 料理用の食材を購入したことや、使ってみたい調味料をいくつか揃えてきたこともある。
 人が多い通りを歩き、彼が完璧に守ってくれたことなども。昔の記憶に通じることだから、特にその場所は強く記憶に残ったようだ。
 あとは、そう。

「やっぱり彼、顔を隠していても素敵に見えるんでしょうね。お店に入れば店番さんと距離が近くなるのもあるし、お互いにあんまり綺麗じゃない格好をして行ったけど、顔を見られる距離になると、すごく丁寧にして貰えていたわ。単純に、商品を買ってくれたお客さんだからかもしれないけどね?」
「関わりがあった女性に、どこに住んでるの? とか、どこに泊まっているの? とか、もしかして聞かれてた?」
「うん、聞かれていたと思うわ。話があったのかもしれないけれど、マァリがあっさり、また今度ね、って」
「あっさり……?」
「そう。あっさりよ。彼と一緒にご飯とか、食べたかったかもしれないわよね?」

 そうじゃないわよ、フィーナ、と。シャンドラはやや呆れた顔だ。

「それ、人間の女の誘い文句なんだから。彼と恋人になりたいのなら、引き止めなきゃダメじゃない。あ、でも、彼の方から断ってる訳だから……しかもあっさり……か。つまりは慣れてるってことよねぇ」
「あ、でも、マァリは誰ともお付き合いしたことがなかった、って」
「へ!?」
「なんか分かるかも〜。やっぱり、ひょろひょろの男じゃだめよ」
「いや、それはミオーネの好みでしょ? こっちは実績がある人間の男の話なんだから」

 それに何と無くオーナに似てる気がする。
 シャンドラがミオーネに返した後に言った言葉に、「軽そうなところとか?」ミオーネが、あっさりと厳しいことを言う。

「体格的な話? あなた、全部それね……?」
「全部じゃないけどね。筋肉って大事だと思うのよね。見た目ががっしりしていると、誠実そうだし安心して任せられそうじゃない」
「まぁ、そうかもしれないけれど」
「マァリもオーナも、別に軽い男性ってわけじゃないと思うわよ」
「ごめん、フィーナ。怒らないで。ただの印象の話よ。事実は誰ともお付き合いしたことがないマァリ、なんでしょう?」

 賑やかに話進める姉さん達を見て、チャールカはそのまま黙々と菓子を頬張る。元居た場所でも男の子の話には事欠かず、どこでも一緒なんだな、とは考えていた。今も幼いチャールカは、男の子の好みなんてないけれど、ミオーネの好みだけはハッキリと分かったようだ。
 そのミオーネもシャンドラには頭が上がらないように見えて、言われなくてもこの森の住人で、女性のボスといったなら、シャンドラなんだろうな、と察した顔をする。
 意地悪なボスじゃなくてよかった、と思う。基本的に個で生きる幻獣族は、他人に意地悪をしようだなんて思わないけど、あまりに長い孤独を過ごした場合、性格がひん曲がってしまう時があるみたいだから。元居た場所の長老を思い出しながら、チャールカは黙ったまま、黙りこくった顔もした。
 白熱する談義の中心は、あの怖い男のままである。
 チャールカが継承した”主人様(あるじさま)の手足”としての認識の中、彼が開いた翅の種類に少しだけ違和感を持っていた。自分達の主人は自分達と同じ「妖精」だけど、どこか異種族が混ざったような、異邦人感がある。翅を開かなければ分からないから、人間だ、と主張しているのだろうが、あの男は本当に人間だけなのだろうか? と。
 誰にも相談できないし、相談するつもりもないけれど、ただの人間だと思い込み、無害だと思い込んでいる、この森の姉さん達が羨ましいような気持ちになった。
 死に近い仕事をする妖精の側には、自ずと死の気配というのが近づいてくるものだから。主人様が居れば何も怖いことはないけれど、怖いものを滅するまでに、幾人かは怖い思いをするかもしれないな、と。

「もしかしてなんだけど、フィーナが焦った理由って……街の女の人たちにマァリが人気だったからじゃない?」

 あ、それだ! とミオーネが手を打って、「そもそも街でも優しかったんでしょう? なのに他の女性にも人気があって、それじゃあフィーナが妬いちゃうのも仕方ないと思うなぁ」と。
 点と点が繋がるように、分かった顔をした。

「すごい。二人とも。流石ね」

 言われたらフィーナも「そうかもしれない」と思えたようだ。
 マァリは人間のお友達。そう思い続けるには距離が近づき過ぎていて、あまり何かを望んだりしないフィーナだったとしても、甘やかされるうちにそれが普通になっていき、恋人という先の関係を想像できたところとか。
 なのにマァリは何処へ行っても人間の女性に人気があるし……子供としか見られない自分じゃ無理かな……と思ってしまったところとか。
 彼女は気づいていないが、歩いていても、馬車に乗っても、宿で過ごしても、店を買い回っても、子供、妹、としか女性達の目に映っておらず、同じ女性の舞台には立てていなかったことや、同じ女性として対等に扱われなかったことを心のどこかでは気づいたようで、それがよくわからない悩みに形を変えていただけだったのだ。
 素直に「妬いてしまった」と思ったら納得で、フィーナは二人を尊敬する顔で見た。妬くのは恥ずかしいシャンドラと、他人に「妬く」とは言うものの、実はフィーナ以上に鈍いミオーネは感心し、フィーナは素直で良い子ね、と、前から知っていたことを、改めて認識したようである。

「私の心の中がわかるなんて……二人とも流石ね! 頼りになるわ。ありがとう!」

 でも、どうやって勉強したの? フィーナが不思議そうに問うたなら、はた、と止まった二人は息ピッタリに口にする。

「「マーメーナの乙女小説で」」

 静かに聞いていたチャールカが、無言で転けるようにして姉さん達を見たようだ。

「マーメーナの乙女小説……?」
「君に捧げたい花冠、とかが好きよ、私。領内の農夫の子だと思っていた幼馴染が、実は王子様でね? お嫁さんを探しに国中を回るんだけど、そこでばったり会ってしまうの。ヒロインは貧乏な領主の娘で、家の準備が間に合わなくて、馬車に轢かれたふりをしてね。人間の女の子ってそこまでするんだー! って、驚きの連続っていう作品だったわね」
「私は、貴方が私を忘れても、とか。記憶喪失ものがよかったわ。あぁいうしっとり感がいいのよね〜。記憶がなくても出会った側からヒーローが献身的で甘くてね。戸惑いながら記憶を取り戻すために、頼まれてお付き合いするんだけれど……元々はこっそり付き合っていたような二人だったから、公の場でしっかり甘くって、ヒロインが落ちていくところがね。記憶を取り戻してからのヒーローの行動力と、二人の関係が甘々で……」

 確かにそれも良かったわ〜、と互いに内容を思ったようで、きゃっきゃとはしゃいだミオーネとシャンドラだ。
 乙女小説の良さがわからないフィーナは、同じような顔をしたチャールカと視線を交わらせたようである。同じ妖精同士だったから、かは分からない話だけれど、少なくともそういうものには興味がなかった二人である。
 一通り姉さん達の盛り上がりを聞いていて、フィーナとチャールカは耳年増のレベルを上げた。
 寝ている男性にこっそりキスをするのが良いらしい。お付き合い中の好きな女性の前でだと、くつろいでいるように見えていて、起きているらしい男性陣だから、と。それでこっそりキスをしてみて、反応を見るといいのよ、と。使えるんだか使えないんだか分からないスキルを語り、フィーナを誑かした姉さん達だった。

「今日はマァリはどうしているの?」
「釜を作るって言ってたわ」
「かま?」
「料理に使う台みたいなものかしら」
「そうなんだ。ねぇ、街でも色々と買ってきたみたいだし、それで何かを作ったら、少しでいいからお裾分けしてくれない?」
「私も食べたい!」
「チャールカも食べたいです」

 やっと自分から会話に入る、チャールカを見て安心もした三人だ。

「もちろんよ。美味しくできたら、きっと届けにいくからね」

 よろしく〜、嬉しい〜、と和やかな茶会に戻る。
 なんか色々貰ったなら、ちゃんとお礼もしときなさいよ。シャンドラに言われることで思い出したフィーナだった。
 その後、持ち寄ったお菓子を四等分にして、今回も平和に終わったお茶会だ。ミオーネがチャールカをポッサンの家まで送り届け、フィーナはそのまま帰宅する。
 帰りの空の上で、フィーナは少し焦っていた。
 そうだった。そうだった。マァリにお礼をしなくては、と。
 街では色々買ってもらったし、歩きやすいように守ってもらったこともある。結構、色をつけてお返しをしなくては、と、物置においてある妖精の宝物を思う。
 気に入ってくれるものがあると良いけど……内心、心配しながら、お礼ができることについて、喜びを見出した彼女だった。

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