いつかあなたと花降る谷で 第3話(3)
「そうかな? ミオーネにも言ったんだけど、別にマァリは求愛とかしてこないわよ?」
「そんなの注意しないと分からないものじゃない? 人間と私たちの求愛は違うかも」
「確かにね。お父さんがお母さんに求愛してきた時は、指輪だったらしいから」
指輪……何故……? と首を傾げたシャンドラだ。人間と私たちの求愛の方法は、違って当然なのはわかるけど、と。自分が口にしたことを、改めて認識したようだ。
フィーナも「そうよね」と理解を示す態度を見せたけど、実は相談したいことがあり、それはその先の話だったから、ついでにいいかしら? と話を続けた。
「あのね、私も考えたのよ。それで、今、彼との距離を悩んでいるところなの。マァリと一緒に暮らすのは楽しいし、あんまり優しいから甘えたくなる時が多いのよ。だから、それならいっそのこと、恋人がいいんじゃないかと思って……でも、マァリは暫くはこのままの方がいい、と言っているし、この場合って、私から求愛すればいいのかしら?」
あなた達の関係はどうなの? と、軽く聞いたつもりの二人だ。フィーナの口から出てくる情報の多さを知ると、ちょ、ちょっと待って! と言わんばかりの顔をした。
「待って、フィーナ。頭が追いつかないわ」
「私も。私もよ。えっと、フィーナは普段、彼に甘えることがあるの?」
それは彼も承知の上なの? 喜んで甘えさせてくれる、という事? と。
家も近いし、誰より二人に近いと思ったミオーネが話に追いつけないと言うのなら、初耳のシャンドラはもっと追いつけないことだ。
もっともっと言うのなら、フィーナに「甘える」感覚があり、甘えさせつつ「このままで居よう」と返す人間の男とは……と。そちらの感覚にも大いに戸惑った。
更に、どうしてその状況で「私から求愛」となるのか……と。フィーナの頭の中が一番の混沌で、久方ぶりに戸惑った姉さんたちだった。
急展開が過ぎる。この一言に尽きると思う。
「そう。なんとなくなんだけど、気づいたら甘えてしまっているのよね」
なんでもない事のように、際どいことを語るフィーナだ。対する二人は、くあぁっ! と打ちひしがれた顔をした。他人事には殆ど興味を示さない彼女達だが、恋話には人並みに興味を持てる。
「フィーナが甘えるの……?」
「甘えさせてくれるの……?」
と。双方、別方向からの視点ではあったけど、信じられないのは同じのようで呆けた気持ちも入る。チャールカは、あの男が、フィーナに入れ込んでいるのは分かる気がしていたけれど、脅されているから触れずに黙るだけ。もう少し付け加えると、あんな怖い男に好かれたフィーナは、可哀想というか……気の毒かもしれない域だ。
ちら、と結われた髪を見て、あれは羨ましいけれど、フィーナはあまり羨ましくないかも、と。チャールカはちびりとお茶を飲み、甘い菓子を飲み込んだ。
姉さん達は彼女の横で、食い気味に話を続ける。
「自然と甘えてしまう感じかな?」
「マァリってすごいのね……」
「そうなの。彼、すごいのよ。気づいたら甘えてしまっているの。乱暴なところがないし、気遣いがすごいというか……行動が全て柔らかいからかしらね? こんな人だったら恋人になるのも楽しいかもな〜って思っちゃうの」
「だからフィーナから求愛したい?」
「そう。マァリが、このままでいい、って思うのはどうしてだと思う? 私に魅力がないって言われたら、そうかぁ……って思うんだけど、一応彼は私のことを、一人前の女性として見れる、とは言っていたのよ」
私はマァリがあまりに素敵に見えたから、むしろ女性として見られていないと思っていたの。だけど、大人の女性として見てもらえると思ったら、彼には何の不満もないし、むしろ素敵だと思っているんだから、じゃあ恋人になりましょう、って私は思ってしまうんだけど……フィーナは悩んだ顔で二人を向いた。
「こっちからお願いしちゃダメなのかなぁ? って」
色々とよく分からないの。分からなくて困っているのよ、と。
さすがのフィーナも幼いチャールカに、こういうことを相談するのは気が引けたようである。話題を取ってしまって申し訳ない気持ちもあるけれど、あまり悩まない彼女だから、悩みが続く状態でいるのが耐えられない、という風だ。
呆気に取られたままのシャンドラとミオーネは、フィーナが分からないのに私たちが分かる訳ないじゃない、と。そういう顔をしたけれど、どうにかしてあげたいとは思ったようだった。
「あのね、フィーナ。私が何かを助言できるとするのなら、今すぐに求愛するのは良くないような気がするのよ」
シャンドラは真剣に、暴走しないように抑止をかける。
「人間にも求愛のタイミングみたいなものがあると思うの。例えば私たちが胸いっぱいになるような、喜びを感じた時とか、そういうタイミングのようなものがね」
マァリが「暫くは今のままで」と言うのなら、その気持ちに合わせたらいいと思うのよ、と。
「聞いていて、私は二人が羨ましいと思ったし、今くらいの関係ならば困ることもないと思うんだけど……」
「そうね。私もそう思う。足並みを揃えるように頑張ってみて……結局、婚姻を結ぶなら、足並みを揃えることって、絶対に必要になることなんだしさ。ゆっくりでも歩幅を合わせてやってみて、無理ならその時は仕方ないって思う方が……って、昔、フィーナが言ってたと思うんだけど」
フィーナとマァリの話が想像以上に甘かったので、シャンドラより惚ける時間が長かったミオーネも、我に返るように復活したようだ。
「あ、そ、そうだっけ……?」
「そうよ。貴女が自分で言ったのよ?」
「じゃあ何? それが吹っ飛ぶくらい、フィーナは惹かれているっていうことなの? それとも何かに焦ったりした? ライバルなんかここにはいないと思うんだけど」
う、うん……と歯切れの悪いフィーナも珍しく、自分でも自分のことがよくわかっていない様子を見せた。
両手で自分のほっぺたを挟んだフィーナは、ミオーネとシャンドラの言葉を受けて、私、何かに焦ってしまっているのかしら? と。
「また居なくなるのが怖い、とか?」
「うぅん。暫くは居るって言ってた」
「そうよね。そもそも前回だって、別に未練があるみたいな様子も無かったじゃない」
「うん……そうなんだけど……ちょっとだけそういう気持ちはある気がするのよ。何ていうのかしら。もう一度一緒に暮らした時にね? 前もこうだったな〜とか、やっぱり楽しいな〜とかね。思い出しながら、のめり込んでしまう感覚っていうか……」
「フィーナをのめり込ませるなんて、只者じゃないわね」
「そうなのよ。マァリって実は只者じゃないんじゃないかな? って」
トリを引いたのはミオーネで、その話を持ってくる。
あのね、と話し始めた彼女を見つつ、それぞれ食べたい菓子を手に取る三人だ。話の内容はどうであれ、結局マイペースな幻獣族らしいところがある。ミオーネも別段、気にならない雰囲気で、彼について思ったことや見たことを言うようだ。
「実はね、私、見ちゃったの」
「何を?」
「マァリがワイバーンに乗っているところ! びっくりしちゃった。その前にもね、ポッサンだって歩くのが大変だと思う、奥の森をすいすい進んでいくのを見てたから。すごい才能があるんじゃないの? って思ってたのよ」
彼、只者じゃないわよ? 興奮気味なミオーネだ。
「いつそれを見たのよ?」
シャンドラの問いに、「いつも通り散歩してたらね」と。
「フィーナと会った日よ。覚えてる? 一緒じゃないの? って聞いたら、マァリは山の裏の方に行った、って言っていたから。ポッサンの家に寄るついでに、上から探してみようと思ったの」
あぁ、あの時、と思い当たる顔をしたフィーナを見ると、次にチャールカを見て「チャールカにも会いたくて、初めて会いに行ったあの日よ」と。
「帰りに同じ場所を通ったら、感じたことのない風圧を感じるじゃない? それで、何か動きが早い生き物が居ると思って……そっちを見たらマァリの後ろ姿が、ね……!」
気のせいじゃなければ、彼、ワイバーンに装具を付けてたみたい。それに跨って、リードを掴んで、すごい勢いで上に飛んでいったのよ。
思い出して興奮するようミオーネが語るので、フィーナは「見られていたのか」と、あの日の記憶を甦らせる。
「確かにフィーナにワイバーンを捕まえに行った、って聞いていたけど……そんなこと出来るなんて誰も思わないじゃない? だからびっくりしちゃって。人間って器用ね?」
「そうなの。あっという間に手懐けちゃったみたいでね。その時、私もマァリの飛竜に乗せて貰っていたんだけど……」
「えー!? 気づかなかったわ! フィーナ、あれに乗ってたの!?」
「うん、そう。前に乗せて貰って……私なんてマァリの腕の中じゃ、ほんの小さい妖精で……それに、なんだか、無邪気に笑うマァリも可愛いなって思ったら」
「ストーップ!!」
「え?」
「え?」
どしたの? シャンドラ、と。興奮したミオーネとフィーナが続きを語るのを、シャンドラが無情にも”惚気”を察して遮断する。
「今のでフィーナが彼のことを好きなのがよく分かったわ」
「?」
「でも、彼は”未だ”っていうのよね?」
「そう」
「じゃあ、やっぱり恋人までは”未だ”なんだと思うのよ」
「それって、恋人にするには私じゃ足りない、ってことになるかな?」
「そんなの分からないじゃない。シャンドラ、ちょっと言い方が冷たくない? フィーナはマァリに大人の女性として扱われている訳じゃない? それって、理由はそっちじゃなくて別のところにあると思うのよ」
「私もそう思うわよ。冷たい言い方になってたとしたら、ごめんなさい。でも、その別の理由で”未だ”なのよ。じゃあフィーナがやれることって、片思いし続けることだけじゃない?」
ぱっとすぐ出せる結論を聞き、はた、と止まったフィーナとミオーネだ。チャールカは「かたおもい?」と首を傾げた雰囲気だけど、一旦導き出された答えに納得した雰囲気の二人を見ていると、そういうものか、と理解ができて成り行きを見守ることにする。
「後は、自分をアピールするとか?」
「アピール?」
「薄着になるとか、かな。男って女の薄着、好きじゃない。ラーマも毎回、私の胸を見ていくわ」
「そうなんだ。ラーマはシャンドラの胸が好きなのね。でも私の場合は薄着だと怒られるのよ。彼、そういうの厳しいの」
「えっ!?」
「えっ!?」
一拍遅れて、「え?」と返したフィーナである。
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