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いつかあなたと花降る谷で 第3話(1)

 フィーナの家がある深山には、幻獣族の住人が何人か住んでいる。
 妖精族のフィーナ、ハルピュイアのミオーネ、サイクロプスのポッサン、シャンドラにライオネット。たまにケンタウロスやウェアウルフ、ユニコーンにオーガも現れるけど、概ね、交流を重ねているのは先に書いた者達だ。昔はそこにドワーフのマーメーナが加わって、さらに前には妖精族のオーナも住んでいた。マァリは初めて山に居着いた人族だ。
 精霊族やそれらに近いノーム、ウンディーネの方が、隠れた住人の数としては多いだろう。けれど彼らは人族のみならず幻獣族が近づくだけで、素早く隠れてしまうから交流を持てた試しがない。そもそも彼らは大昔からそういう存在なので、長命の幻獣族は気にしないけど。
 山に居着いた住人の中で、女の子は四人だった。虹を渡ったマーメーナの代わりにチャールカが加わったので、そのまま人数は据え置きになる。マーメーナの次に長いのがシャンドラで、ミオーネがシャンドラとフィーナの中間くらいだろうか。新しく加わったチャールカが最も若く、見た目だけじゃなく生きた年数も一番短くなるのだろう。
 フィーナは人間でいうと10歳くらいの見た目になるが、中身は立派な淑女であり、考え方も落ち着いている。楽天的で悩みも抱えず身近な危険もないけれど、人の街では警戒心がそれなりに働くようだった。そこから森に戻ってくれば警戒心も薄くなり、今まで通りの自分で動いていくように見えていた。心の中はひっそりと変化を迎えていたけれど、概ね感覚は子供のままで純真なそれである。
 ありのままで暮らしていく幻獣族だから、ある種幼いフィーナのことを問い詰める者は存在しない。そもそも、他人に興味がありすぎる人間、という風なので、むしろそういう感覚の方が理解できない幻獣族だ。年齢が大幅に離れていたとして、皆純真のままでいるように、揉めない、誰にも嫉妬がない、平和な彼女達なのだった。たまにシャンドラが拗れるけれど、一人だけで拗れているので、周りに迷惑のようなものをかけたことがない雰囲気だ。
 そんなシャンドラはマーメーナの母親が憧れたという人魚である。海に住んでいるきらきらとした色の綺麗な人魚ではなく、淡水、つまり下半身が川魚のそれである。本人は時折、地味な自分が嫌になるらしいのだけど、ミオーネもフィーナも彼女が好きだし、見た目を気にするシャンドラの気持ちが実はよく分かっていない部分があった。鮮やかな赤と、柔らかい金髪と、華やかな色合いを持つ二人には永遠にわからない悩みである。
 そこへ今回、新しく、チャールカが加わる予定であった。先に家を出たミオーネがポッサンから彼女を受け取って、山のいろはを紹介しながらシャンドラが住む池にやってきた。
 お茶会はいつもシャンドラの庭でやる。稚魚のうちに川を辿ってここに居着いたシャンドラは、大きくなってしまったために、もう他へ移れない。移る気もないようで、住人にも満足しているけれど、ミオーネのようにパートナーが欲しいと思う時があるようだ。たまにそうした話をするので、これ幸いと、今日はフィーナも相談してみるつもりになっていた。
 空の上で合流した三人は、羽を畳んでふんわり降りる。山中にある程よい池は、シャンドラによって整えられていた。水は澄んでいるし、水草や睡蓮や、名前の分からない綺麗な花が咲いている。一部は日陰に、一部は日向になって、シャンドラじゃなくても住み良い印象だ。

「シャンドラ、元気だった?」
「お邪魔します」
「…………」

 最後の沈黙は、不服そうなチャールカだ。
 ポッサンの背後に隠れつつ「行かないです!」と言った彼女を、ミオーネは「いいから、いいから」と強引に連れてきた。ぷくぅ、と頬を膨らませていても結局ついてきている訳で、チャールカの「行かない」は、面倒、との意味だと理解した。
 道中、いろんなお菓子が食べられるわよ、と、ミオーネは彼女を口説いたようだ。ポッサンもマーメーナの代わりにお菓子を持たせてくれたので、それも視界でチラつかせつつ、連れてきたミオーネだった。
 むくれた顔をしながらも、楽しみそうにも見えていて、なんだかんだ扱い方を心得てしまったミオーネなのだろう。真っ黒い泣き妖精は、きつい言葉を使うけど、中身はまだまだ子供のそれである。怖がりな部分も見え隠れして、総合すると悪い子ではないわけだ。
 実はポッサンと二人きりだと、真剣に甘えている様子も見える。マーメーナがポッサン以上に面倒見がよかったために、忘れていたけど、彼も面倒見がいい方だ。どんなにチャールカが大きく出ても「はいはい」と片付けてしまいそうで、ちょっと笑ったミオーネだった。
 ミオーネが声をかけ、フィーナが挨拶すると、池の中ほどからシャンドラが現れる。水に濡れたしっとりとした青灰(せいかい)の長髪と、同じくしっとりと光る灰色の下半身。本人は地味であることを気にしているようなのだけど、これはこれで鈍い輝きが、なんとも魅力的な人魚なのだった。側面に入った虹色のラインが、魚体を引き立てるようで美しい。
 彼女は女子会だからといって気にしてないような、着古したキャミソール姿だが、胸周りはきつそうで、しっとりとした大人の魅力を持っていた。たまに「文字が読めない」とモノクル姿になるのだが、そういうところも知的に見えて熟年のお姉さん風だ。
 ミオーネが派手めで快活なお姉さんとするのなら、フィーナが一番大人しく、地味めに見えるお姉さんだ。お姉さんといってはみても、チャールカより少しだけ大きいくらい。生きた年数分だけしっかり者だけど、大人が二人と子供が二人、集ったような会だった。

「久しぶり、フィーナ。ミオーネは声がけありがとうね。それで、その子が新しい子?」
「そうだよシャンドラ。泣き妖精のチャールカ」

 こちら、マーメードのシャンドラよ。ミオーネが二人の間で互いを紹介してくれる。名前を呼ばれたフィーナは会話の邪魔にならないように、ぱっと右手をシャンドラに向けて、振って返事をしたようだ。

「ふぅん。よろしくチャールカ。私はシャンドラよ」
「チャールカーシュです。木偶の坊の家に住んでるですよ」
「木偶の坊?」
「一つ目のおばけです」
「チャールカったら……名前で読んだ方がいいわよ?」
「大丈夫よ、フィーナ。これでもチャールカは、ポッサンのこと凄く気に入ってるみたいだから」

 だって家だとずーっとポッサンにくっついているのよ? と。ミオーネが暴露するように言うと、肩を跳ねさせたチャールカだ。

「だっ、だっ、だってチャールカは、家のこと勉強しないといけないですから!」

 と。
 不思議と照れた顔をするから、ふぅん、と思ったシャンドラだった。

「お父さんみたいで安心するのかしらね。チャールカは一人でこの山に来たの?」
「っ……!」

 言葉に詰まった彼女を見ると、今はやめとこう、と思った三人だ。
 そうなの、と適当に言い、お茶の用意をし始めた。
 シャンドラは池の端の岩に腰掛けて、フィーナが持ってきた鍋を取る。そのまま池に戻った彼女は、上流の美味しい水を取りに行った。
 固まったチャールカの横で、ミオーネはポッサンの籠を開ける。チャールカ用に用意されたコップと、お菓子の皿を取り出した。それから自分の鞄を開けて、春の甘味を出していく。フィーナがマァリと集めたような蜜の味がする蜜花に、大木の上の方に生る春の果物。それらを大きな葉っぱに乗せて、皆が取りやすい位置に置く。
 フィーナはふらりと近くの林へ行き、燃えそうな枝を持ってきた。それをマァリと使ったような小型のストーブに入れていき、魔法を使って火をつけた。シャンドラから水が入った鍋を受け取ると、ストーブの上に置いて、火の番をするようだ。
 その間にミオーネがフィーナの籠の世話をして、中から可愛らしい動物の焼き菓子を取り出した。

「なにこれ、可愛い」
「あっ。それ、街のお土産。マァリが皆にも、って買ってくれたの」
「マァリ? あぁ、フィーナの同居人だったっけ。人間なのよね?」

 黙って見送ったチャールカだ。

「そう。山での生活が気に入ったんだって。戻ってきてくれたの。だから今、一緒に暮らしてる」

 ふぅん、という顔をしたシャンドラだ。
 ある種の女の勘が働いたといってもいい。
 それでも、マーメーナが居なくなって、寂しいわね、と言っていたところである。チャールカが加わったので、始めはチャールカにも話しやすい話題にしたいとも思ったようだ。4人しか居ない女性たちだから、そういう意味でも仲良くしたい。
 今すぐに聞き込む話じゃないかも。シャンドラは考えて、時期をみた。
 お茶とお菓子が揃ったところで、乾杯よろしく声を掛け合う。

「最近、皆、なにしてた?」

 ミオーネが軽い声で言う。
 そうして和気藹々とお茶会が始まった。

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