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これからの人

久しぶりに会えて嬉しい。もう、4年も経ったの?嫌ねえ、年を取ると、時間と時間の間がゆっくりになったり早くなったりするもんだから、あんまりそういうの考えないのよ。お仕事でご一緒した方から少しお話は聞いていたけど、素敵な女性になっているじゃない。そんな謙遜しないで。顔つきで分かるわ。でもきっと上手くいっていないから、こんな日に、こんなおばあちゃんに連絡してきたのよね。何か無いとあり得ないもの。話したくないことは話さなくて良いわ。私があなたにお話ししたいこと、たくさんあるもの。さあ、座って。

若さを知りなさい

ああ、そんなこと言ったかしら。あまり覚えてないけれど、言ったと思う。今のあなたにも言いたくなる。ごめんなさい、馬鹿にして笑っているわけじゃないの。でもね、若い人はね、心の奥の方でちゃんと謙虚でいられたらそれで、それだけで良いの。自分のことを否定する必要もなければ、周りを肯定する必要もない。受け止める素直さだけあれば、大丈夫なの。大人になるということは、素直さを失うことだと思うわ。大人になりたい子たちが、大人になる過程で、それをなぜか真似してしまう。私もすっかり、素直さを忘れてしまったからあなたがとても眩しい。

私があなたに惹かれたのは、逆境にあっても驚かされるほどに素直だったからよ。きっと周りの大人もそう評価していたと思うし、あなたはそこで慢心せず私たちに向き合ってくれた。大切よ、そういうの。できないもの。

あと、私に少しだけ似ているところ。私は早くから色んな人に持ち上げられてたから、完璧を失うのが怖かったし、そのせいで周りの人間にひどい態度も取ってきた。でもちゃんとしなきゃ自分が認められないし、少しの落ち度でも見せたら周りに失望されてしまう、そう思っていたから。本当は誰も、そんな期待してなかったのにね。失敗して当然、と思わせてくれる人間がいなかったの。こんなおばあちゃんでも、あなたには寄りかかりたくなってしまうし、いろんなことをお話ししたくなってしまうから、不思議。それがあなたの1番の魅力で、苦しみなのよね。

ただね、あなたの苦しみはあなたのアクションでしか取り除けないのよ。「Un de perdu, dix de retrouvés.(1人を失ったら10人が見つかる)」ってフランスのことわざなんだけど、まあ、捨てる神あれば拾う神ありってところかしら。あなたが周りの人を大切に思うから、自分がしっかりしなきゃと思うことは、そう簡単に変えられる考え方じゃないと思うし、変える必要もない。けど、大切に思う人たちが大切に思い返してくれている時に、あなたが全く自己開示をしないままに苦しんで、不安な気持ちにさせてしまうことは信頼とは言えないじゃない。さらけ出して、面倒臭いと思う人なら、それはあなたにとってそれまでの人ってことよ。自己中心的になるようなパターンもあるけど、愛があれば大丈夫。不特定多数にやっちゃうと、だめだけどね。

若いうちだけよ、それができるのも。

愛されたいし、愛したいし、

取り繕った一部分だけ見せて好きになられたくないだなんて、ずいぶん贅沢な話よ。綺麗に取り繕ったって誰からも相手にされない人がたくさんいるのに。そういうこと、しれっと言っちゃうから妬まれるんでしょうね。そしてあなたもそうやって人を試してる。離れていかないわよ意外と人は。気に入ったものには執着しちゃうんだもの。そこで突き放さないから、沼に引きずり込んじゃう。根っからの人たらしってやつね。

半分冗談。ふふ、お酒のせいにさせて。

愛される才能があっても愛する才能がない人もいれば、その逆もあるし、それはどちらも苦しい。私ももう、たぶん、10年も生きれば立派。ようやく、愛されることよりも愛せる人がいることの方が幸せだってことに気付いたわ。どんなに多くの人が周りにいて、あなたを必要としてくれたって、たった1人の愛せる人を見つけられないことはやっぱり苦しいし寂しい。自分のことを必要としてくれる人たちと、愛し愛される関係にある人間は、少しだけジャンルが違うような気がする。この歳になっても分からないってことは、あなたみたいな若い子に分かるわけないもの。

ひとりにならないことよ。
心を閉じないの。

長いこと生きているとね、なんでなのか分からないけれどふとしたタイミングで、この人なら安心だな、って人に出会えるから。出会う前に諦めたらだめ。そう、死んだらだめよ。生きなさい。必死に。カッコ悪さを身につけなさい。あなたは必ず出会うべき人に出会えるから。

理由

当たり前だけど人間は弱くて、一度されたことは忘れないの。私が駆け出しの頃、私が作ったものを信じてた人から明確な悪意を持って壊されたことがあってね。それから、人に優しくするのを少しやめたの。他人は所詮他人だもの。友達だろうと家族だろうと、自分の欲が出れば平気で刃を向けてくる。馬鹿らしくなっちゃって、多少の損得は弁えるようになった。

同じ状況になったあなたが、私よりもずっと年下のはずなのにそうならなかったことが、私は怖かったのかもしれないわ。今も少し、よく分からないなと思うことはあるし、気にはなっていても私から近づこうと思わなかったのも、そういうところなんだと思う。何かを抱えた人間は、あんな風に明るく生きることはできないと私の中で決めつけてしまっていたのね。私の人生の、もう変わらないと思っていた価値観があなたに出会って変わった。

あなたに何があったのかは分からないし、これはおばあちゃんの独り言なんだけれど、それでも本当に、すごく、不思議な気持ちになったわ。でもその強さがあなた自身を拘束していることも、お別れする頃に気付いた。大人が助けてあげなきゃって思ったけれど、あの頃のあなたはなんだかすごく、怖かったのよ。笑っていてもどこかで拒絶されているような感じで。

だから驚いたわ。もう会えないで死ぬんだろうなって思ってたから。あなたはずっと何かが止まっているって話してくれたけれど、きっとちゃんと進んでるのよ。今のあなたからは、あの頃の拒絶は感じない。優しい人が周りにいるのかしら。彼氏はいないの?もったいない。若いんだから、多少考えなく付き合ってしまえばいいのよ…なんて、昔の人はすぐに恋させようとしちゃってダメね。

またいつか、の先に

また会ってくれるかしら?って聞かれたら、はい、って答えるじゃない普通。本当におもしろい。断られるとは思わなかったわ。でも、そうね。なんだかそんな気もする。私はあなたに嫌なこともたくさんしたもの。許されたとは、思わないわ。業界がそうさせた、って言い訳だけさせてもらえたら悔いなく死ねるかも。

私の方こそ、若い子とお話できて楽しかったわ。コロナが収まればまた海外に戻るかもしれないけれど、私は日本が好きよ。この国はなんでもあるもの。意外と、おもしろい人間もたくさんいるしね、あなたみたいに。

あなたは、これからの人よ。

歳を取ると、死ぬことがあまり怖くなくなるの。でもね、自分が遺したものとか人が幸せになれるかどうかだけはやっぱり気がかりでね。こうやって若くて面白い子がいると、ああこれからも大丈夫なんだろうなって思える。生きてるだけで、これから死ぬ人間にそう思わせてくれるのよ。それで充分じゃない。

あなたはすぐ、突然いなくなるから、いなくなった後の場所のことを忘れてしまっているかもしれないし、美談にする権利は私たちには無いかもしれないけれど、幸せになっててほしいって願ってる人はたくさんいるわ。これからまた、手に入れていけばいい。ほしいものをちゃんとひとつずつ。

これからよ、これから。
ありがとう。私の人生にあなたがいてくれて良かったわ。

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