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「夏は夜」恋愛短編#5 #シロクマ文芸部


夏は夜。
疾く過ぎる時は月が空を廻るに短すぎる。

地球が避けようのない隕石の衝突により崩壊するであろうと報道されたのはつい先程のことだ。
あと一週間で僕の人生は終わるのだ。
やりたいことは山ほどあるような気もしたし、そのどれもが重要でない気もした。
ベッドの上に寝っ転がって、連絡先のリストを眺めた。
どの人も大切なようで、最後の時を過ごすのには足りないような曖昧な関係なことに気づいた。
ああ、僕の人生って本当にグレーだ。
ひどい空虚感を振り切るように、僕は部屋を飛び出した。

孤独感を埋めたい時、人間が向かうのは大抵海岸である。僕もいっぱしの人類だった。
猿である以前に海から生まれたのだという記憶が遺伝子の片隅に書き込まれているのかもしれない。

パニックになる地球とは裏腹に海岸線には人気はなかった。
そりゃあ僕のようにあと1週間しかないのに目的もなくとりあえず海に向かう人間は少数派だと思う。
そう思った矢先、波打ち際に先客を見つけた。
肩で切り揃えた栗色のふわふわした髪を海風に靡かせて膝を抱えて座っていたその人は、思わず近寄ってしまった僕を真っ直ぐに見上げた。
その瞳を見た時、僕の脊髄に何か強い電撃が走った。
ああ、この人は僕と一緒だ、と本能的にそう思った。

「あと、一週間ですね。」
「そうね。一週間ね。」
その涼しげな声が不思議にひどく懐かしくて、ホッとしてしまった僕は彼女の横に同じ姿勢で波打ち際に腰を下ろした。彼女も不思議と僕を不審がらなかった。
靴を脱いで彼女と同じように波に足をひたすと、ほてった足が癒されてなんだか糸が切れたような思いがした。

「僕、何をしたいのかよく分からなくて。」
「そう?私はしたいこと、あるわ。父さんの自家用ジェットを自分で飛ばしたいのよ。あなた、飛行機飛ばせる?」
僕は被りを振った。普通に生きていて飛行機を所有する人間も乗り方を知っている人間も少ないと思うのだが、と僕は内心ぼやいた。

彼女は特に気にする様子もなく伸びをすると言い放った。
「じゃあやっぱり、自己流でいくしかないわね。
あなた、暇なら一緒に来なさいよ。」
彼女は膝の砂を払うと、意味がわからないなと悩む僕を立ち上がらせようと手を伸ばした。


驚くことに彼女は本気だった。報道があってから数日の間はネットも使えたので、僕たちは寝る間も惜しんで操縦の仕方を調べた。
そのうち通信機器は使い物にならなくなったので、彼女の家に場所を移して彼女の父の蔵書を読み漁った。彼女の家は一般的でないレベルの豪邸だったが、何故か人は誰もいなかった。
なんとなく踏み込んではいけないと思って訳は聞けなかった。
ただ、蔵書の凄まじさに思わず感想を漏らしてしまった時、彼女は誇らしげで悲しそうな眼で、ええ、父は素晴らしい人だったわ、とつぶやいた。


結局、試運転出来る段階までたどり着いたのは地球滅亡の当日だった。
付け焼き刃の知識にぶっつけ本番とは、と青い顔の僕に彼女は呆れてこう言った。

「飛行機墜落しても隕石落ちても数時間しか変わんないわよ、肝が小さいのねえ。」

僕らは燃料を満タンに詰め込んで小型飛行機に乗り込んだ。燃料がどれだけ持つのか、地球はあと何時間もつのか、つまりは一体僕らはどう終わっていくのかよく分からなかったけれど不思議とどうでもよかった。
僕らは目と目を見合わせて無言で合図すると離陸準備に入った。


神様は墜落死というエンディングは望んでいなかったようで、僕らの飛行機は奇跡的に軌道に乗って空へと舞い上がった。
空の上で機体が安定した時、僕らは子供のように歓声をあげてはしゃいだ。間違いなく僕の人生で今、最高潮に楽しいと思った。生きていてよかったと心の底から思えた。

空は燃えるような色だった。
既に細かい隕石の墜落は始まっていた。
全てを破壊していく呪いの運命が僕らには願いを叶える流星群にしか見えなくて、それが可笑しくて僕らはただクスクス笑い合った。
僕たちは間違いなく今、地球上で一番幸せな二人だと言葉で確認しなくても目で分かり合えた。

「父さんと一度だけこの飛行機に乗ったことがあるの。もう一度飛ばすことが出来て本当に良かった。
最後の時間をあなたと過ごせて本当に良かった。
私、ちゃんと生きていたわ。あなたと生きたわ。この1週間は私の人生全てだった。
一緒に生きてくれて、ありがとう。」

彼女がそう言った時、空からひときわ大きな光が降ってくるのが視界の端に映った。
僕は操縦桿を手放して彼女を抱き寄せてくちびるを重ねた。
彼女の眼から溢れた涙が僕の頬を伝って流れ落ちた。
僕らの最期の言葉は声にはならなかった。
愛してる。また来世で必ず逢おう。


恋愛短編シリーズ追加作品です。
これはある愛すべき映画のオマージュっぽいものです。内容は全く別ですがコンセプトは一緒です。

僕は「Seeking a friend for the end of world 」という恋愛映画が本当に大好きなんです。
実際観たのは一回だけなのに、10年くらいたった今でも設定とかシーンとかよく思い出すくらい大好きです。
そんなに好きなら観直せば?って思うかもしれないけど、何度も観ることはせず時々そっと思い出したい、そんな映画なんです。

自由奔放で破天荒な女性とクソをつけたくなるほどお堅くて真面目な男性が地球最後の3週間のドタバタを一緒に過ごして、友情を育み、結局は最後の一瞬まで一緒にいることを決める話です。地球は滅亡するので鬱エンドっちゃ鬱エンドですが、本当に心に残る映画なので機会があればいかがでしょうか?

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