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プロフェッショナルとは……

今年の夏、手術をするために1週間ほど入院した。
お腹の中に“のう胞”がいくつかできてしまい、その中の一つが大きくなってしまったので、それを取りましょうということになった。
のう胞自体は悪性でない限り、無理して取る必要は無いらしい。
事実、私ののう胞も発見したのは一昨年だったのだが、経過観察のために半年に一度受診する度に、担当のN先生(女性、おそらく私と同年代)と、「どうする?取る?」「まだいいか?」というようなやり取りをしてきた。いよいよ件の巨大化(?)したのう胞を取ろうかと相談したのは昨年の夏。しかしちょうどその頃コロナの第7波だかなんだかで、その病院はごった返していたので、んじゃ来年?と延期することになり、今年の夏に至ったのである。

いざ手術日を相談することになったある日のこと。
私が教員をしているということは先生に伝えてあったので、夏休み中、しかも学校閉校日やお盆休みなどにうまく重なるように日程を調整してくれようとしていた。
「んーじゃあこの8月の1週目か2週目にしようか?」と先生。
私は自分の希望を伝えた。
「出来るだけ8月の前半にしたいんです。回復のスピードが心配なので、術後ゆっくり休める日数を確保したくて。学校が始まってしまうと、ゼロか百の職場なので」
すると、いつもはどちらかというとおっとりとしていて柔らかい雰囲気を持つその外科の先生の眼がキラリと光った。

どんな仕事にも良い面悪い面(というか大変な面)があると思うので、これは私の推測にすぎないけれど、たとえば事務職であれば、まあ電話がひっきりなしになって忙しい等その職場によっては色々な状況の違いはあるかもしれないけれど、とりあえず席に座り、目の前の書類に向き合う時間がとれるのではないだろうか。立ちっぱなしで忙しい店員でも、客が途切れフッと気を抜ける時間帯があるのではないだろうか。
一方で、教員というのは世間でも騒がれているようにかなりブラックな職業で、勤務がスタートすると、そこは戦場と化す。お昼休憩は一応45分とはなっているが、5分でおにぎりをぱくつくのが精いっぱい。椅子に連続して座っていられる時間は、日中生徒が校内にいる間はほとんど無い。放課後も、授業準備はもちろんだが、膨大なの書類に目を通し、会計や行事の企画運営、職員会議、部活動の指導などなど膨大な授業以外の仕事をこなす。気が付くと終業時間はとっくに過ぎていて……そんなフル稼働の日々がずーっと続いていく。

じゃあなぜそんな大変な職業を自ら選んだのかということは、また別の機会に触れてみたいと思うのだが、その外科のN先生は私が言った「ゼロか百」という仕事の状況を一瞬で理解してくれたらしい。それはたぶん、N先生自身もゼロか百どころか生か死かという職場に身を置き、緊張を強いられるギリギリの毎日を送っているからということに他ならない。

果たして先生は、私との約束(?)通り、当初予定していた開窓手術を最小限にとどめ、腹腔鏡手術によって悪い箇所をほとんど取り除いて下さり、見事1週間できっちり私を入院生活から解放してくれた。
とはいえ、術後の回復は私が想像していたよりもゆっくりで、いつまでも鈍い痛みが腹部に残り、念のため退院後から職場復帰まで1週間の休暇を取っていたものの、鎮痛剤として処方してもらったカロナール錠が手放せない日々が続いた。そうこうしているうちに休暇が終わり、授業はまだ始まっていなかったけれど、久しぶりに職場に復帰した時は、本当に不安でいっぱいだった。

ところが、である。
いよいよ授業がスタートしたその日、私は痛み止めを飲むことなく、フル稼働、正真正銘100%で挑むことができた。久ぶりに会う生徒を前にして気が張っていたということもあるかもしれない。けれど、術後約3週間、気が付くと私はいつの間に回復し、当初希望していた通り「百」の状態で勤務することができるようになったのだ。
N先生の読み通り。すばらしい。まさに職人のなせる業といってもいいだろう。

しかし考えてみたら、そのN先生、お盆休みはいつ取られたのだろう?
私が入院している間、毎日先生は決まった時間になると回診し、「どうですか~?」とのんびりした口調で声をかけてくださった。土曜も、日曜も。
そういえば、私が手術した日なんて、私の前に1件、私の後に2件手術が入っていたそうな。いったいいつ休んでいるんだろう?
先生を見ていると、真のプロフェッショナルってこういうことを言うんだろうなと思う。余計なことは一切言わず、患者を不安にさせることはもちろん、過度に安心させるようなことも言わない。淡々と目の前にある仕事に向き合い、一つ一つこなしていく。けれどその仕事ぶり、モニターと向き合う姿に、一切の噓やごまかしはない。だから信頼できる。

術後4日目に大好きなコーヒーが解禁になり、やったー!と万歳した私をみて、クスっと小さく笑ったN先生。
その笑顔はとても美しく、やさしかった。




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