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#2 お米大好きが語るお米の話【1】イネの系統・発祥地・日本への伝来時期について

こんにちは。年間600種類の有機野菜や、こだわりの食材を扱う『食の診療所 カメリーノ』(兵庫県西宮市)です。
今日は記事を書いているスタッフの一人・伊藤が愛してやまない“お米”について書きたいと思います🌾💛

◎日本人にはコメ食がぴったり!

数年前、ある歯科医の方から
「長い年月をかけ各人種その土地の主食を食べる時にもっとも脳がよく働くように変化してきた。だから、日本人はコメをよく噛み、よく食べると賢くなる!」という趣旨の講演を聞きました。

実際、様々な研究でコメ食中心の子どもたちの方が、脳細胞の量が多く、IQ(知能指数)も高い、という結果が出ているようです。
(みんなでモリモリお米を食べて元気に賢くなりましょうよ💛)

◎2010年にはパンがコメの支出額を抜いた!

私たちの体にも頭にもいいコメ食ですが、総務省「家計調査」家計収支編によると、
年々その消費量も購入金額も減少傾向にあります。
一方パンや麺の消費量、購入金額は上昇しています。
2010年にはついにパンがコメの支出額を追い抜き、その差は毎年広がっています。

美味しいパンや麺も多いですが、、、
やはり国内で自給できる美味しいお米を多くの人に食べてもらいたい気持ちでいっぱいです。。

◎「ジャポニカ米」・「インディカ米」・「ジャバニカ米」とは?

さて。ここからはイネの系統や発祥について触れていきます。

▼イネにはアフリカ稲アジア稲の2種類があり、アジア稲はその系統により「ジャポニカ米」・「インディカ米」・「ジャバニカ米」の3種類に分けることができます。

▼各コメのの特徴をまとめてみました。
コメの特徴をいかした食文化が各地で展開されています。

上図は系統としての分類のため、
日本のコメの中にもジャバニカのような形状のコメもあったりします。

◎「うるち米」と「もち米」


またジャポニカ米の性格の違いで「うるち米」「もち米」に分けることもできます。
うるち米は普段私たちが食べるお米、もち米は餅や赤飯、おこわに使われます。

両者は含まれるでんぷんによって区分され、
うるち米はアミロースが1~3割程度、アミロペクチンが7~9割含まれ
もち米はアミロペクチンのみが含まれます。
アミロースが多くなるほど粘らない、パサパサしたコメになるわけです。

◎稲作の発祥地は長江流域と判明!

近年の考古学と遺伝学の研究により稲作の発祥地は長江流域(中国)であることが分かりました!(かつてはインドのアッサムから中国西南部あたりと言われていましたが…)

長江下流域の河姆渡遺跡(かぼと いせき)では紀元前5000年頃のもみやもみ殻、農具などが出土しています。
また長江中流域の彭頭山遺跡(ほうとうざん いせき)では紀元前8000~7000年頃の栽培種と考えられる稲が見つかっています。

CC BY 4.0 東京先生 tokyo­teacher.comより

◎日本への稲作伝来は約3000年前!

日本へは今から約3000年前の縄文時代後期に稲作が伝来します。(私が中学生の頃は稲作は弥生時代に伝来、と習いましたが、今ではそれより前の縄文時代には伝来していた、ということが研究により明らかになっています。)

ルートは稲作発祥の長江あたりから直接伝わったのか、朝鮮半島を経由して伝わったのか、ハッキリとしたルートはいまだわかっていません。

◎弥生時代には日本のコメと朝鮮の鉄を交換!

弥生時代になると日本は本格的な稲作の時代を迎えます。
稲作の技術は朝鮮半島からもたらされ、日本の稲作技術は飛躍的に向上しました。
また弥生時代中期頃、朝鮮半島では寒冷化によりコメ不作が続いたため、日本からコメが輸出され、代わりに朝鮮半島からは鉄を頂くわけです。

この頃、すでに日本にも製鉄技術はあったそうですが、まだまだその技術は未熟で、砂鉄や鉄鉱石から大量の鉄を抽出することはできませんでした。
朝鮮半島から大量の鉄を手にすることができた権力者は他の権力者と争い、土地の拡大・権力の拡大をはかります。こうして本格的な稲作の時代は争いの時代の幕開け、ともなったわけです。

吉野ヶ里歴史公園HPより

次回は明治期より本格的に始まった日本のイネの品種改良についてお話します!お楽しみに(^^)/

◎連絡先


有機野菜や、食材が購入したい、もっと知りたい、という方は
ぜひ一度『カメリーノ』田中までご連絡ください。

兵庫県西宮市今津中町6‐33
☎0798-22-6652
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