言葉の力
言葉の力
言葉には力があると思っています。
その力は、時には人の人生を変えたり、彩(いろどり)を与えたり、心に深く残ったりします。
たった一つの言葉が
たった一文字が
多くの情景を伝え
多くの思いを伝えるのだと
深く心に刻まれた言葉をお伝えします。
戸田 奈津子さん
戸田 奈津子さんは有名な日本映画の字幕翻訳家です。トム・クルーズの通訳としても有名な方です。トムの来日にはいつも隣に戸田さんがいる、そんなイメージがあります。
主な字幕作品は
・地獄の黙示録
・インディ・ジョーンズ
・E.T.
・戦場のメリークリスマス
・ゴーストバスターズ
など、数え切れません。
その中で、私が感動し、心が震えた字幕に出会った映画は
「スターウォーズ」でした。
たった1文字で
私が心震えた字幕。
それは、「スターウォーズ帝国の逆襲」の一場面。
レイア姫とハンソロはお互いを愛おしく思いながらも、それを言葉にすることなく、いつもけんかをしたり、からかったり。
そんな2人に訪れた突然の別れのシーン。
ジャバズハットという悪役にとらわれたレイア姫とハンソロ。
レイア姫の目の前で、ハンソロが窒素冷凍にかけられるという場面。
その窒素冷凍の装置は古く、人を冷凍にして無事にまた元通りに生還するかどうかがわからない、という状況。
窒素冷凍の装置の底に下りていくハンソロに向かってレイア姫が叫びます。
「I love you」
それに応えて、ハンソロが言ったセリフが
「I know」
その「I know」の翻訳が、素晴らしく秀逸だったのです。
戸田奈津子さんはこれを
「知ってるよ」「わかってるよ」
ではなく
「知ってたよ」
と翻訳したのです!
「知っている」という現在形ではなく
「知っていた」という過去完了形にしたのです。
心が震えました。
知っていた。
ということは、2人が言い争っていたあの時も
からかっていたあの時も
見つめ合っていたあの瞬間も
ハンソロはレイア姫の愛を感じていた、受け取っていた
ということです。
知っている。
という現在形では、ここまでの情景が思い浮かぶことはなかったでしょう。
「る」を「た」に変えただけ。
たった一文字を変えるだけで、これだけ多くの情景が伝わり、
ハンソロというキャラクターを表現した戸田さんの才能!
そう、皮肉屋でニヒルなハンソロなら、きっとそう言うだろうと思わせてくれる一言。
「知ってたよ」
に心の底からしびれてしまったのです。
言葉には人柄が表れる
数年前に、戸田奈津子さんが私の住む愛媛の小さな町に講演に来てくださいました。
戸田さんのお話を聞けるのが嬉しくて、仕事終わりに夕飯も食べず、車を走らせ会場に向かいました。
戸田さんの紹介があり、舞台袖から現れた戸田さんを見て、会場は息を飲みました。
なんと、戸田さんは全身あらゆるところに包帯を巻き、松葉づえをついていたのです。
「ここに来る数日前に、交通事故に合いまして。」
その時すでに80歳は超えられていたと思います。
それなのに、こんな地方の片田舎まで来て下さった、そのことに会場は驚きと感謝でいっぱいになりました。
きっとこの日を楽しみにしていた私たちの気持ちを慮ってくださったのだと思います。
地方に住む人間にとって、有名人のお話を直接聞けるチャンスはそうありません。私もあこがれの戸田さんの会える喜びでいっぱいでした。
そんな私たちの気持ちを考えてくださったのだと思います。
人の気持ちを推し量り、大事にする方だからこそ
「知ってるよ」
ではなく
「知ってたよ」
と、翻訳されたのだと思います。
言葉で伝える思い
言葉は思いを伝える大切なアイテム
その言葉の選択には、人柄が現れると思うのです。
だからこそ、言葉選びは慎重に、相手にどう伝わるか、を考えて選びたいと思います。
思いを伝えるために
相手の心に届くように
言葉を大切にしたいのです。
言葉には、人の心を動かす大きな力があるのだから。