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Horse Riding

Horse Riding

 僕の手は今震えている。戦闘が始まったらこうなることはわかっていた。でも、受け入れることが出来ない。仲間がこんなに簡単に死ぬなんて。今朝村を出発するまではとりとめのない会話をして、笑っていたのに。
 僕は仲間を、家族を守りたい。そう決心してこの戦地に赴いた。だが、目の前にいる仲間を助けることは出来なかった。呆然と敵の銃弾に倒れた仲間の姿を見つめる。息遣いが荒くなり、胸が苦しく張り裂けそうだ。
「おい、しっかりしろ」ダイチが僕の肩を掴んで激しく揺すり落ち着かせてくれた。
「俺が囮になるから、お前はその隙に村の司令部に戻って現状を伝えるんだ」
「そんなこと出来ないよ。ダイチを残していくなんて……」僕は目に涙を浮かべながら言った。
「ここで全滅したら死んでいった仲間たちに顔向け出来ない。それにこの隊で所帯持ちはお前だけだ。来月子供が産まれるんだろう? 必ず生きて帰らないとな。さぁ、早く行くんだ」ダイチは笑みを浮かべ僕を後方に押しのけ、前傾姿勢で敵陣の方へ向かって行った。
 僕は涙を泥で汚れた袖で拭い、草木を掻き分け司令部へと向かった。

 司令部に戻った僕は神妙な面持ちで隊員と話している隊長を見つけ、現状を説明した。
「状況はわかった。ここを撤退するぞ。まずは最優先で住民を避難させ、今この村に残っている兵で防衛隊を編成し、時間を稼ぐ」
「まだ仲間が前線で戦っています。増援は送らないのですか?」僕は隊長に申し出た。
「今から救出に向かっても手遅れだ。敵の侵攻が早すぎる。無事に撤退出来るかも怪しい状況であることを意識しておけ」
 くそっ、仲間を見捨てるしかないのか。ユキ、僕はどうしたらいい? 君に会いたい。けれど、このまま自分だけ助かって帰るわけにはいかない。
「なぁ、みんなも助けにいったほうが良いと思っているだろう?」その場にいた隊員に問いかけたが、誰も目を合わせようとはしなかった。
「命令だ。住民を避難させるために、我々はやるべきことをやるんだ」副隊長が肩に手を置き、優しい口調で言った。

 住民を避難させる隊と防衛隊に分かれ、各々が配置についた数分後、敵が村の近くまでやってきた。
「たった今住民の避難が完了したと連絡を受けた。無駄に命を落とすことはない。我々も急いで撤退するぞ」
 副隊長の命令を受け、僕らは村近くの高台に敷いた防衛線から村に戻った。生き残った隊員が全員揃ったことを確認し、撤退しようとした時、村のほぼ真ん中に位置する大木のほうから泣き声が聞こえてきた。
「逃げ遅れた住民がいるのか」
 大木の横には少女がポツリと立っていた。孤児のアヤカだった。皆避難することに必死で、家族のこと以外頭に浮かばなかったのだろう。
「助けに行きます」僕は副隊長に申し出た。
「ダメだ、今行っても敵の的になるだけだ。二人とも助からない」
「しかし……」
 ここでまた逃げるわけにはいかない。

 過去の僕は逃げてばかりだった。少しでも失敗したと感じたらすぐに諦め、何か違うことをやり始めるということを繰り返していた。家業を継ぐように親父から教育を受けていたが、自分の思い通りにいかず家出したこともあった。
 そんな僕ぼくではあったが、乗馬は得意で誰よりも早く草原を駆け抜けることが出来た。ユキは木陰に座り、僕がそばを通り過ぎる時、いつも笑って手を振ってくれていた。乗馬している僕を褒めてくれた。
 僕にも出来ることがあるはずだ。

「しかし……このまま見殺しには出来ません」
 僕は馬に跨り、全速力でアヤカの立つ大木へと向かった。敵が放つ弓矢をかわしながらなんとか辿り着くことが出来た。アヤカをすぐに抱きかかえて馬に乗せ、踵を返し防衛線がいるところまで急いで戻ろうとした。だが、もうすぐ合流できると思った瞬間、弓矢が僕の背中に刺さった。手綱を握ることが出来なくなり、バランスを崩して僕とアヤカは落馬した。
 背中が熱い。ほとんど息が出来ない。視界がぼやけているが、困惑した表情でアヤカが何かを言っていることはかろうじてわかった。
「僕は大丈夫だから、早くみんなのもとへ急ぐんだ」僕は出来る限りの笑みを浮かべ、アヤカを送り出した。

 アヤカが防衛隊と合流したのがかろうじて確認出来た。安堵したからか、体に力がはいらない。視界が真っ白になる。
「ヒロ、お帰り。頑張ったね。」真っ白な世界でユキの唇が僕の頬に触れる。
「ただいま、ユキ。ちょっとだけ休むね」僕はゆっくりと瞼を閉じた。

the HIATUSのHorse Ridingにインスパイアされて書きました。
個人的にはRevolution~の部分が大好きです。

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