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時に愛されることは呪われることに似ている

#忘れられない恋物語
本気で愛されたことはありますか?

またあの人が夢に出てきた。私たちはもう夢の中でしか会えないんだろう。
出てくると嬉しくなってしまう。

思い出を美化しているだけなのに。

いつかの日記

今までそれなりに恋人を作ったりデートをしたりしてきた。
私の終わった恋への基本方針は、元恋人の事は全て忘れること。

連絡先は消すし、SNSではつながらないし、2人では会わない。
終わった恋愛にすがりついても意味がないから。

それでも人生で1人だけ、ポリシーに反して夢に登場させてしまうほど忘れられない人がいる。

20代半ばに付き合っていたあの人は、映画と小説が好きな優しい人だった。
迷走気味だった私生活は、その日をきっかけに正しい形に整い始めた。
自分を大切にしてくれる誰かがいることは、それまで雑に扱っていた自己肯定感を取り戻してくれた。

なぜがさつな私にこんないい人が?とう、答えが見つけられなくても良い問いを繰り返すことが幸せだった。

今までこんなにまっすぐに自分だけを見続けてくれた人がいただろうか?
”愛される”というのはこういうことなんだと理解できた。

それでも、若い私は調子に乗っていたんだと思う。
愛されることにあぐらをかき、気付けば彼を大切にできなくなっていた。

一緒にいると、ネガティブな感情を抱く自分に気付き、
彼の優しさに甘えてそれを彼のせいにし、
そして、別れを告げた。

またいつか、友達として会えたらいいよね、とか中途半端なことを言って、
嫌われないようにダサいお別れをしてしまった。

別れてからは体が軽くなったように感じた。
これからは無責任に生きていける、と。

まっすぐむけてくれる大きな気持ちを
真正面から受け止められる余裕なんて当時の私にはなかった。

それから5年以上の歳月が過ぎ、今、私の隣には人生のパートナーがいて、
あの頃とは全然違う場所で、孤独とは無縁に生きている。

なのに、ふとした瞬間、彼と過ごしていたころの自分を思い出す。
彼がしてくれたこと。彼がくれたもの。

彼の好きだった映画を観た。
あの時は隣で話を聞いていても興味がわかなかったのに。
今なら二人でどんな感想を言い合うだろう。

いつかの日記

未練があるわけじゃない。理由があって別れた。
別れる時もいろんな人に相談したし、あの頃の二人はうまくいっていなかった。

あれから何年も経っているのに、ふととらわれて抜け出せない感覚がある。

あんなに大切にしてくれたのに、
なんでもっと大切にしてあげられなかったんだろう。

あれから彼は何度か夢に出てきた。
夢の中の私はきまってそのたびに嬉しくなり、「今までどうしていたの?」「今何しているの?」と尽きない話をしてしまう。

平安時代の人たちは「人が夢に出てきたら、その人が自分に会いたがっているからだ。」と考えたらしい。
なんて傲慢な。

現代の私は知っている。夢は深層心理や記憶の整理が見せている映像だと。
私の心には、深いところで彼への罪悪感が埋もれていて、
静かな池の底の泥が、浮き上がってまた沈むように、
定期的に思い起こされているのだと。

だから彼が会いたがってくれているなんて思わない。

彼は今も、私を思い出すことがあるのだろうか?と考える。
きっとそんなことはない。
若気の至り、気の迷いだったと言い聞かせて、彼の中ではもう封印されていて
なかったことになっている可能性のほうが高い。

自分から傷つけておいて、
過去を美化して急速冷凍保存をして、
都合よく取り出しては、センチメンタルな気分に浸る。
今どこにいるかわからない彼の幸せを勝手に祈る。

やっぱり私も傲慢なのだろう。 

愛されることは呪いに似ていて、受けた人間には簡単に解くことができない。


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