小川哲『君のクイズ』ネタバレあり感想:三島君は本当に自己完結型オタクだったのか?(3,294文字)
ずっと読みたい本リストに入れていたこの作品。
やっと読めて嬉しかったです。
まずは簡単な感想
事前にこの作品は「ちょっとした推理小説」と聞いていたので、推理要素やどんでん返しを期待していたのですが、推理要素は薄めでした。
それでも2~3時間くらいで一気に読めるほど読みやすく面白い作品でした。
それでもこの作品を検索するとサジェストに「つまらない」が出るのですが理由としては
①競技クイズがあまり身近ではなかったり、クイズの内容が難しいため読み進めにくい
②タイトルがオチを表しているためどんでん返しやカタルシスが得られにくい
③主人公があまり魅力的ではない
あたりがあるのかなと思いました。
私の場合①に関してはクイズ法人カプリティオのYoutubeチャンネルをよく見ていたり友人がquizknockのファンだったりするため、クイズ王やクイズ作家さんという存在や競技クイズについて若干の知識はあったというのも読みやすさに繋がっていたかもしれません。
②に関しても、オチは私も予想通りでしたが、「騙されたい欲」を「いい青春小説を読んだ」という満足感が上回ったため問題ありませんでした。強いて言うならば本庄絆の人柄がずっと主人公目線によってミスリードされていたので騙された感じですね。
最後まで読むと、クイズ=人生。ということが主人公によって語られます。
君のクイズ=君の人生。
いいタイトルだと思います。
タイトル通り、シンプルでまっすぐな青春小説だったなという感想です。
③に関してはこの後述べます。
主人公三島玲央くんについて
この作品を読んだ後、いろいろな人の感想をネットで読ませていただいたのですが、意外と見受けられたのが以下のような感想でした。
・主人公が自己完結型オタクで受け付けない(のでつまらなかった)
・主人公を好きになれないので応援できない(のでつまらなかった)
また、いくつかの記事でこういった考察を見かけました。
・最後の一文の意味を考察すると、一気に面白い作品に変わった。
最後の一文というのは
という一文で、ここから主人公が自己完結型の人間であり、今後変わることがない人間だと示唆されているというのです。というのも、人生には正解はないということを主人公はわかっているにもかかわらず、100パーセントの自信と言い切っているからだそうです。
この作品は変わることのない1人のクイズバカな人間の作品だった。という内容の考察でした。
これに関しては、私の感想と真逆でしたのでかなり衝撃を受けたとともに「なるほど…!そういう読み方もできるのか!」と面白く感じました。これだから読書って楽しいですよね。
読み手の価値観や経験と呼応しながら、十人十色の解釈が生まれる。
私は主人公三島君の半生をクイズとともに振り返るスポ根的な青春回顧モノでもありつつ、本庄絆を理解するために調査をしている過程で人間的に成長をした成長物語でもあったと感じました。
三島君のことを庇ってみる
ここで、私がなぜ三島君は決して変わることのないクイズバカではなく、現在進行形で成長する主人公だと感じたのか振り返ってみます。
①クイズ仲間・富塚とのやりとり
本庄絆のやらせを立証するためにクイズ仲間たちが過去の彼の出演番組の映像集めに奔走してくれるのですが、とある映像を三島君に渡した後、あろうことか三島君は富塚相手に本庄絆を庇うような言動をします。そしてその時
と自問するシーンがあります。
ここで、三島君がきちんと富塚さんがしてくれていることの意図をくみ取り、自分の不義理を反省していることがわかります。
自己完結型の人間には、自分にとって不都合な言動は全て締め出すタイプの人もいるので、このシーンで三島君がまともな感性(言い方笑)があると私は思いました。
そんな彼だからこそ、周りの人たちも協力的だったのだろうと考えます。
②同棲解消について
大学時代から付き合っている彼女と社会人になるタイミングで同棲を始めた三島君ですが、ある日彼女から「私が悪いから」という理由で同棲を解消されてしまいます。
しかしすぐに別れるというわけではありませんでした。半年ほど頻繁とは言えないデートを繰り返し、破局を迎えます。その時の振られ文句がコチラです。
この別れ話を文面通りに受け取った三島君は共感性が低くコミュ障なのでは?という意見がありました。
これに関しては、私も学生~社会人1年目まで付き合った彼氏と半同棲経験がありますが同じように別れたので(笑)よくあるすれ違いだったのではと思いました。
本当に嫌われていたり、他に好きな人ができたのであれば同棲解消と同時に振られると思います。しかし彼女は同棲解消後も三島君と向き合う努力をした痕跡があることから、彼にそれなりの人間的魅力があったのだと思います。
③本庄絆への向き合い方
三島君への印象を左右する一番のポイントとしては、本庄絆の本性を知った後の対応に関してだと思います。
いわば三島君は彼に対して勝手に幻想を抱いていたわけです。感情を突き動かされる出来事があり、ずっと彼に関する調査を行い、彼の事ばかり考えていたのです。
やっていることは推し活と変わりません。次第に単純接触効果なのか、本庄絆のブランディングのうまさなのか、三島君は本庄絆を好ましく評価するようになりました。
しかし実際は、三島君にとっては人生と言えるクイズを、金儲けの道具にしか思っていない価値観の相反するいけ好かない奴でした。
その後の三島君の対応は、本庄絆を忘れるという対応でした。
もし私だったら、一気にアンチになるでしょう。簡単には忘れられず、クイズ仲間との飲み会で彼の本性をぶっちゃけるかもしれません。ネットで暴露もするかもしれません。
でも彼はそんな大人げないことはせず、自分とは関係ないものとして切り離します。
私は、この対応こそ三島君のいくつかある大人な対応の1つだったなと感じました。
先ほど私は三島君の例のヤラセ検証活動が推し活のようだと言いましたが、実際推しが思っていた偶像とは違う言動をとったとき、傷つき憤った後行動に移さず静かに去れる人間がどれほどいるでしょうか。
そしてそんな本庄絆にクイズを否定された後で、それでも人生はクイズだと100パーセントで言い切れる彼の信念の強さはかっこいいなと思いました。
④SNSや録画を見て反省していること
三島君は1000万円をもらえるかもしれないという打算はあったにせよ、番組スタッフに対して詰め寄ったりせず、またSNSでも沈黙をしほかの仲間と違い炎上したりはしませんでした。
つまり彼には自分を客観視する能力と空気を読む能力がきちんと備わっているということになると思います。
またトラウマになってもおかしくないQ-1グランプリも何度も録画を見返し、自分の下手なコメントに突っ込み反省する姿も見られます。
もし次同じような番組に呼ばれたら三島君は少しだけ気の利いたコメントをしようとするでしょうし、これこそ成長しようとする姿勢だと思います。
三島君の強みは「恥」を捨てていることです。
人間の成長を邪魔するのっていつでも「恥をかきたくない」というプライドや自己保身だったりします。
それを捨てている三島君はどこまでも成長できるのではないでしょうか。
まとめ
以上のことから、三島君が「ただのクイズオタクで、自己完結型の人間で、今後変わることのない人間」なんかではない!という風に私は感じました。
だからこそ、この小説が思ったよりミステリーじゃなくてがっかりした部分を、成長物語としての面白さが上回ってくれたのだと思います。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?