だって、彼はわたしだったんだよ。
普段なら絶対しないことをした。
それは、お客様とプライベートな時間を過ごすこと。
わたしは同僚も社長も取引先相手も同様に距離を置いている。
それが、わたしの友人(彼とは無関係)と彼(取引先)とわたしでごはんを食べた。
なんだよ、そんなことかよって思うだろう。
わたしは過去に取引先の人と寝たけど、食事はしてない。
心の交流はしない。
だけど、心臓をえぐられてしまったのだ。
彼の父が亡くなった。
彼はキャリアがあり、1年のほとんどを海外で暮らす栄転の人。
わたしとは何もかもが違いすぎる。
何もかもが違いすぎるのに、
彼はわたしかもしれない、いや、
彼はわたしだと思ってしまったのだ。
彼は未婚で、たぶんゲイ。
(もしくはアセクシャル、バイタリティは凄まじいのにとにかく女性に対しての姓的なものが全く見えない)
家族仲も良さそうだが、
年末年始の兄弟の家族水入らずに遠慮して、
ひとりぼっちで5つ星ホテルへ泊まっている。
「一人でごはん食べるのつらくて…少しだけ付き合ってもらえませんか?」
切実すぎたその誘いに、
わたしはNOと言えなかった。
わたしと彼は生まれた場所、キャリア、人脈、資産、もちろん性別も、違う。
だけどわたしが彼の年齢になったときには
きっとわたしの父も亡くなっているだろう。
そのとき、きっとわたしには
恋人も仲の良い兄弟も、配偶者もいないだろう。
人が亡くなると、年表ができてしまう。
その年の暮、ひとりでひとりぼっちで悼みながらごはんを食べるのって、どれだけ寂しいことなんだろう。
彼からふられた仕事のせいで、
既に時間は押していて、
友人に遅れると連絡をしていた。
そのことをやんわり伝え、1時間だけなら…と伝えたら、
お約束してたのにご友人に申し訳ないですね。やめておきましょう。すみません…。
と言われて、
わたしは優しい友人のことを考えていた。
「…わたしのお友達と3人でお食事に行きますか??」
彼の表情が明るくなる。
「いいんですか???嬉しいです!!」
わたしは友人に連絡をする。
「これから、ここに来てくれる?お客様の父が亡くなり、一人ご飯になっちゃって可哀想で。あなたが来れないなら行かないですぐそちらに向かうよ」
「行くよ」
すぐに返信がくる。本当に、いいヤツ。
友人から「しがらみ子から、こんな風にお願いされるなんて絶対ないと思ってた」
わたしもそうだと今でも思う。
だけどあのとき、彼はわたしだったんだよ。
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