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ご祝儀 5 〜わたし以外のオンナは死んで〜【連載小説】

 新郎新婦がキャンドルサービスでそれぞれの席を回っている。
「久しぶりね」「ほんと」「元気してた?」「新しいヨガ教室通い出したわ」「私も行きたいなー」フリルが全面にあしらわれた水色のドレス姿の新婦を申しわけ程度にスマホカメラで撮影し、あかねたちの席は話に花を咲かせていた。
「みんな今日はありがとー」
 新郎新婦が近づいてきた。清楚なデザインのドレスは彼女にはあまり似合っていなかった。会社の先輩だという新郎は、背が高いだけでこれと言って特徴のない顔をしている。「ユナちゃんおめでとー」「めっちゃ可愛いー」「旦那さん優しそうで羨ましいねぇ」「ウェディングドレスも綺麗だったよ」「お幸せに!」ぞれぞれの祝いの言葉に、二人は顔を見合わせて微笑んだ。彼らの周りを囲み、隣の席の人に写真を撮ってもらった。「また後で話そう」とユナは手を振って隣の席に移った。後方では、明るい茶髪に膝の見えそうなワンピースを着たユナの母親が、ビール瓶片手に各席を回って挨拶をしている。「ユナちゃんのお母さん、まだ四十四歳だって」
 祥子が口を開くと皆が「えーっ」と驚いた。対して黒留め袖を着て厳かに座っている新郎の母は、老人と呼ばれる年齢に見えた。「ネイル綺麗ですね」
 あかねが主婦のラインストーンがこれでもかと光る爪に視線を落とすと彼女は、
「ふふ。たまにはね。ほら、お揃いなのよ」と、娘の手をとり艶やかに微笑んだ。娘の爪も美しく彩られている。
「めっちゃ派手じゃない?ママってこういうの好きだからさ」
 娘は唇を尖らせつつ、嬉しげにオレンジジュースを飲んだ。主婦は五十二歳だが十歳は若く見え、努力はもちろんのこと、髪も肌も服もかなりの金をかけているのがわかる。しかしながらユナの母親のように若作りではなく、品がある。いかにも裕福な奥様といった雰囲気の彼女は成城の自宅でアートフラワーの教室を開いているらしい。美人の母とは全く似ていない娘は恐らくエリートの夫の方に似たのだろう。だが、自らを美しくないとは夢にも思っていないような気取った仕草をする。
「なんか流れでOKしてしまったけど、出席するほどの仲でもないのよね」
 三杯目のシャンパンに酔った介護職の友人がつぶやく。目元には化粧で隠れないほどのクマができている。祥子がメインの仔牛肉を頬張りながら頷いた。
「人数合わせなんじゃないの。だって新郎側と明らかに参加者の人数違うじゃん」
「あら、そうね。新郎側、友人やら親戚やらかなりたくさんいるわ。私たちの席がなかったら、ちょっと淋しい感じになっちゃうわよねぇ」
 主婦が優雅な手つきで席次表を開き、やや唇を歪めた。娘は席次表と周りのテーブルを見比べながら、
「ユナちゃんて、友達いないんだぁ」と、無邪気な声をあげた。
「でも変なの。会社関係の席、なんで女の人が全くいないの?ユナちゃん以外、みんな男の人なのかな」
 娘は眉をしかめ首をかしげると、介護職の友人が頷いた。
「確かに。前に聞いた時、社員は男女半々くらいってユナちゃん言ってたけどな」
 その答えをあかねは知っていた。ユナは社内の男性と次々に肉体関係を持ち、それが皆に知れ渡り女性陣から反感を買い、結婚式直前にボイコットされたのだ。
「ま、会社関係なんてそんなもんじゃない」   
 祥子もその席に目をやり淡々と言った。冒頭で高らかに主賓の挨拶をした社長を中心に、男たちが談笑していた。ユナの「めっちゃタイプ」だという四十二歳の社長は、日に焼けてがっちりとした体型だ。髪型は最近よく見るツーブロックパーマで、垣間見える傲慢さが野心の強い女たちを夢中にさせる、そんな男だった。「社長の愛人やってたの。出張に同行して、そんな雰囲気になっちゃって」以前ヨガ帰りにユナと二人で飲んだ時に、体をくねらせながら彼女は打ち明けた。デパートの洋服売り場の試着室を貸し切り、店が開けるくらい服を買ってもらった、出張土産がバーキンだった、ハワイやドバイにも行った、毎日のようにお寿司やらフレンチやら食べさせてくれて楽しかったなぁと、二十五歳の彼女はバブル期のような生活を懐かしんだ。「でね、社長は妻子持ちだし、本気になっちゃまずいと思って別れたんだよね」その後彼女は、副社長、専務、本部長、部長、係長の順に男たちと体を重ねたという。ITベンチャーらしく、社長と同席する役職についている男たちは皆三十代から四十代前半と若かった。その席はユナと寝た男たちで構成されているわけだが、何事もなかったかのように朗らかな笑い声で溢れていた。あかねの視線に気がついたユナが目配せしてくる。花嫁らしからぬ不敵な笑みを浮かべていた。あかねはその話を聞いても軽蔑をするとか、そういう気持ちはなかった。ただ、それらの男たちとさんざん遊んだ末、「本当の愛が欲しくなったの」と煙草を気怠げにふかしながら目を潤ませた時はさすがに笑いそうになった。
 その『本当の愛』をくれるという新郎は、ユナの男性遍歴を全く知らないらしいが本当だろうか。あかねはその朴訥とした男をしみじみと眺めた。
 その後余興の時間が訪れ、一回も五人で揃って練習をしていないウェディングソングをぎこちなく歌った。横に並んでいる仲間たちを見ると、皆、無表情だった。示し合わせたかのように揃って着ている黒い無難なパーティードレスは喪服を思わせ、まるで葬儀のような湿っぽさであった。それが終わると隣のテーブルの女たちがにぎやかに立ち上がった。宮崎から駆けつけたという、ユナの高校時代の友人たちだ。やたらテンションが高く、胸の谷間が丸見えの原色のミニのワンピースを着て、キャバクラ嬢のように髪を盛っていた。その中の五人のうち三人が、去年流行ったアイドルグループの歌を踊りながら熱唱した。残りの二人は写真を撮っていた。片方の女の肩甲骨の辺りに蝶の模様のタトゥーが刻まれており、あかねはぎょっとした。ユナは上機嫌で手を叩いていた。
 披露宴がお開きになると、あかねたちは引き出物片手にロビーでしばらく喋っていた。「二次会どうする?」
 祥子が時計を見ながら尋ねると、
「主人が迎えに来るから失礼するわ」と、主婦が娘を促した。
「私も行かない。夜勤明けで死にそうなの。またね」介護職の友人はふらつきながら手を振った。
「気をつけてね」
 彼女のクマを眺めながらあかねも手を振った。残されたあかねと祥子も二次会は欠席することにしたが、話し足りなく近くのカフェに入った。
「祥子ちゃん、髪型凝ってる。編み込みも可愛いね。どこの美容院?やっぱりプロだと仕上がりが全然違うよね」
「ありがと。地元の美容院だよ。あかねちゃんもアップ姿、新鮮だね。自分でできないこともないけど、どことなく貧乏くさいしね。ケチらなくて良かった」
 そういえば、と祥子が顔を寄せ、
「ねえ、私、ユナちゃんの秘密知ってるんだけど」
 含み笑いをしながら目を光らせたので、あかねはすぐにピンときた。
「ああ、会社の男たちの話?」
「なーんだ。あかねちゃんも知ってるのか。つまんないの」   
 祥子は頬杖をついてカフェラテを飲んだ。「あの席の人たち、全員ユナちゃんとやったんでしょ。そりゃ、女子社員から軽蔑されるでしょうね」
「社長から始まって、律儀に役職順にやったってのが笑えるよね。ユナちゃんみたいなタイプってモテるのかな」 
「後腐れはなさそうだけど……」 
 あかねはユナの顔を思い浮かべた。やや離れた目元は可愛らしいが、乱杭歯を剥き出しにして笑うさまは見るからに品がない。だがその分、男たちには親しみやすいのかも知れない。 
「あれだけ遊びまくりで、でき婚でもないのに二十五歳で結婚するなんて意外だなー。あの旦那、ギラギラした社長と真逆じゃん」「遊びつくして、本当の愛が欲しくなったみたいよ」
 あかねがそう答えると、祥子は一瞬目を丸くし激しく笑い出した。 

(6へ続く)






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