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真っ当な生き方を学ぶ

昨日は心療内科の
定期通院日でした。
通っているクリニックは
中心の市街地にあるので
車でも結構、時間がかかります。

久々の先生との面談でした。
(感染症で少しの間だけ通院を自粛していました)
クリニックの看護師さんにも
笑顔で挨拶していただき
「来てよかった」と一安心でした。

さて、帰り道は国道を通ります。
その途中に街があります。
商業施設と住宅地が合体した少し新しい地域です。

私は通院の帰り道
その市街地の大きな書店に寄るのが
大きな楽しみです。

グローバルな現在ですが
流石は中心の街です。
私の住んでいる自治体の本屋さんでも
手に入らない珍しい書籍が手に入るからです。

そこでの今回の獲物?はこの本です。

新版 どんな時も人生に「YES」と言う
諸富祥彦、著 PHP研究所

私とフランクルの出会いは
20年以上前です。
(ユダヤ人精神科医、ビクトール・エミール・フランクルのことです)

当時のベストセラー「生きかた上手」
(日野原重明著、ユーリーグ)の
中の一文に紹介されていたのが
知ったきっかけでした。

今日の本の著者、諸富祥彦先生は
カウンセラーでありの大学教授でもあります。

以前noteでも、先生の著書の感想文を書かせていただきました。
諸富祥彦先生はフランクルの著書を多数お書きになっています。
私とフランクルの出会いも先生の著書で近くなりました。

ところで
私はnoteを書くことを、自己実現の一つと位置付けています。

しかし、フランクル(この書籍)では
自己実現に固執して人生が虚しくなっている人を「実事的虚無感」と表しています。
つまり、「哲学少年」のことだそうです。

「哲学少年」とは
哲学や思想に傾倒しています。
しかし、人間的な情緒が未熟な少年が
学問にハマってしまいますと
「なんだか、生きるのが虚しい」と
なってしまう少々怖い話です。

私もこの本から
「自分も哲学少年だ!」と
感じてしまいました。

「哲学少年」の処方箋としては
フランクルは「自己実現」へのこだわりを
「手放す」ことを述べています。
「幸せ」も「自己実現」も
求めるほどに、遠ざかると本書は述べます。

自分を縛っている観念を解き放つことで
「I am not OK!」から「I am OK!」に
自己認識が変わってくると言うのです。

この世界は全てを観念で思考することは
できません。
あまりに知りすぎることは
自身の生活も犠牲にすることに
注意しなければなりません。

なぜ私がこれほどフランクルに傾注するのかというとそんな経験(恋)をしたからです。

私はそのあまりに自分が
なぜこのような感情になるのか?
知りすぎてしまったのか?
自問自答していました。
学問で知ろう、理解しようと試みました。
そんな私は「自己実現」に縛られた
「I am not OK」でした。
それでは苦しいのは当たり前です。

少し、思考のスピードを
落とすことにより
「I am OK!」になれる気がしました。
「自己実現」への固執を手放すことです。

それは、好きだった人を
完全に忘れる。訳ではありません。
少し、距離を置けるゆとりを持つことです。
(忘れられなくとも、思い出にはできます!)

少し足早に書きましたが
これがフランクルから学んだことです。
「自己実現」から解かれた
「真っ当な生き方」という
私の安心感でした。

「自分の人生は自分のもの」では
ない。とこの本は言います。
そのゆとりの隙間に人生の幸せが漂っているように私は感じました。

あまりに抽象的でした。
もしよろしければ
気になった方は
実際に手にとって読んでみて下さい。
先生が35歳の時にお書きになった本の
新版です。

眠れぬ夜のために、、、。

kohより

おわり

fresnelさん素敵なフォトを
ありがとうございます。

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