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サンタさんの手紙

サンタなんていなくて、あれは夜中に、お母さんお父さんがこっそり買っておいたプレゼントを置いてるだけなんだよ。と、自慢げにクラスで言いふらしてる男子がいた。そのショックは、ぼくにとってすさまじいものだった。
うちの母さんは、外に出るのが嫌いだから、食べ物以外は全部通販で買ってる。とすれば、たぶんプレゼントもAmazonか楽天かなんかで買ってるに違いない。まさか、サンタさんの正体が、ネット通販だったなんて……。
いや? 荷物を運んでるのは、宅急便の人だから、サンタさんは、いつもうちに来てくれてるトラックの運転手の人だ。トナカイの引くそりの正体は、2tトラックなんだ……。
悲しさのあまり、眠れずに夜通し涙を流し、次の日は学校に行けず、さらに寝不足で熱が出た。三日休んだ。
「あんた、何泣いてんの?」
ぶっきらぼうに母さんが聞いてきた。
「いや、サンタが……」
と言いかけて、ぼくはやっぱり言うのをやめた。小学校五年生にまでなって、サンタを信じてるなんてバカだよな、とクラスの子たちは話してた。もし、あいつらの言ってたことが本当なら、うちの母さんのことだ、「あんた、まだ信じてたの?」とか言われそうで、ますます傷つきそうだ。
母さんは「サンタ?」と、さもわけが分からないというように聞き返し、ま、言えないならいいけど、とつぶやくと、冷えピタを取りに冷たく去った。

でも、よくよく考えてみたら、うちの母さんはけちだし、父さんが買ったものなんてうちには一つもない。(父さんは金のかからない趣味ばっかりして、何にも欲しがらないのだ。)
熱が下がり、学校へ向かう途中、ぼくは考えた。世の中の優しいお母さんお父さんならともかく、誕生日プレゼントですら3000円までしか買ってくれないうちの母さんが、わざわざ子どもに秘密のプレゼントなんて買ってくれるだろうか?
やっぱり、サンタさんはいるんだ!
そう確信した。じゃなきゃ、ゲーム機が届くなんておかしい。(大抵のゲーム機は、誕生日プレゼントの上限金額3000円を越えてしまうから、うちでは買ってもらえないのだ。)

サンタさんに会って、いっしょに写真を撮ってもらおう。それをクラスのみんなに見てもらえば、きっとサンタさんはいるって信じてもらえる。急に勇気が湧いてきたぞ。
いや? サンタさんの赤い服と白いつけ髭は、どこでも売ってるから、赤い服を着た白髭のおじさんとのツーショットでは、誰も信じてくれないかもしれない。
本物のサンタさんだけが持ってる特徴を証拠写真として押さえなくては。白髭の生え際を写真に撮って、地毛だと分かるようにした方がいいかもしれない。
いやいや、待てよ。そもそも、サンタさんが白い髭を生やしてる、っていうのは、ぼくたちがそう思ってるだけで、本当のサンタさんのあごは、ツルツルなのかも。おじさんっていうのも、実は、何十年かに一回、お仕事の引き継ぎをしていて、今は若手の女の人の可能性もある。サンタさんも人間だ。いつまでも、世界中の子どもたちにプレゼントを配るなんていう重労働を続けられるはずがない。
元々、人間っていうのは、愚かな生き物だし、ましてや、ぼくのクラスの男子たちは、みんなバカばっかりだ。自分が思い込んでいるサンタさんのイメージと違う、ってだけで信じようとしないに違いない。
この問題は、ぼくをすごく悩ませた。一体どうすれば、サンタさんはいると証明できるんだろう?

とはいえ、実物のサンタさんに会わないことにはどうにもならない。とりあえず、クリスマス・イヴの真夜中、サンタさんと出会えるよう、ぼくは夜更かしの練習から始めた。夜の9時、布団に入っても眠らずにずっと目を開けておくのだ。
しかし、ダメだった。どんなに頑張っても日づけが変わる頃には眠ってしまう。眠らないよう、座っていようかとも思ったが、それもダメだ。
同じ部屋には、三年生の妹と母さんが寝ていて、特に母さんは、どんな小さな物音や空気の動きにも敏感だ。夜中に僕が起き上がろうものなら、一瞬で目を覚まして「トイレ?」と聞いてきた。研ぎ澄まされた母の五感に、ただただ脱帽するばかりだ。
11月も終わりに差し掛かるころ、一週間ほど練習を続けた結果、再び寝不足で熱が出た。ぼくは、寝る時間が短くなるとすぐに風邪を引く。
「あんた最近眠れてないでしょ。なんか悩みでもあるの? 恋の悩み以外ならなんでも聞くよ」
冷えピタをぼくのおでこに貼りながら、母さんは言った。黙っているぼくに、ま、言えないならしょうがないけど、と言って、今度は氷枕を取りにあっさり行ってしまった。
どうやら、布団に入っているだけで、寝たふりをしていたことにすら気がついていたらしい。母の脅威的な感と、恋の相談には乗ってくれないことが分かったところで、ぼくは、この方法でサンタさんがいることを証明するのを諦めた。ぼくに徹夜は無理そうだし、もう熱にうなされるのも勘弁だ。(ちなみに、恋の相談は父さんに聞いてもらえとのことだった。)

12月になり、ぼくはついに名探偵もびっくりの天才的なひらめきを得た。嘘の欲しいものを言いふらせばいいんだ! 
欲しくも何ともないものを母さんと父さんに言っておいて、クリスマス・イヴの夜、サンタさんにだけ、本当に欲しいものをお願いする。もし、嘘の欲しいものが届けば、サンタさんの正体は、憎っくきクラスメイトたちの言ってた通り、母さんと父さんだったことになるし、ぼくが心の中だけでお願いした本当に欲しいものが届いたなら、それは、サンタさんが実際にいることになる。完璧な計画だ!
自分の有能さに、心底ほれぼれした。問題は、母さんと父さんに何が欲しいと言っておくかだ。アホな父さんはともかく、母さんの方は感だけはいい。あまりにも欲しがりそうもないものを欲しいと言っていれば、ぼくの計画に感づくかもしれない。
ぼくは、11月に発売したDSiが、どうしても欲しかった。色は黒いやつがいい。何年か前に買ってもらったDS Liteは、もうボロボロで、一番新しいDS本体が欲しいんだ。だからサンタさんには、DSiを頼もう。
結局、母さんには、ポケモンのソフトが欲しいと言うことにした。夏にプラチナが出たばっかりだ。ちょうどいい。
毎日、ポケモンが欲しいと母さんに訴えた。友達はみんなやってる。中古だったら3000円未満(のはず)だ。買ってもらえてないから、夏から友達と遊べてない。あの手この手でポケモンの必要性を訴えた。母さんがベランダで洗濯物を干してるときにも、窓の隙間から「ポケモン」と呟いた。しかし、母さんは「だめ、次の誕生日ね」の一点張りだった。
相変わらず母さんはそっけないが、ぼくのポケモンが欲しい、という気持ちは十分に伝わったに違いない。計画通りだ。

ついに、クリスマス・イヴがやってきた。夜の九時。ぼくは布団の上に正座して、神様にお祈りをするように指を組み、目を閉じ、そして、心の中で、サンタさんに願った。
(サンタさん。黒いDSiをください)
これで、準備万端だ。ぼくは心を踊らせながら布団に入った。興奮でなかなか眠れない。
絶対にサンタさんはいて、ぼくが本当に欲しいものを運んできてくれるに違いない……。


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今は、いったい何時なんだろう?
ベランダの窓をノックする音が聞こえる。
音に敏感な母さんが、珍しく目を覚まさずに隣で寝息を立てている。
ぼくは目を覚まし、ベランダの方へ向かう。
寝ぼけた目を擦ると、少しずつ意識がはっきりとしてくる。カーテンを開いた。窓の向こうのベランダに、サンタさんがいた。
サンタさんは、思っていたよりずっと若い女の人で、宅急便の運転手の人がかぶるような、赤いキャップをかぶっていた。当然、白い髭はなく、よくうちに保険を売りに来るおばさんの若いバージョン、って感じの顔だった。
右手にはポケモンのソフトを持っていて、左手にはDSiを持っている。窓越しに口の動きだけで聞いてきた。
(どっちが欲しい?)
ぼくは寝ぼけ眼で迷わずDSiを指差した。サンタさんがにっこりと笑う。どこに入れたのか、両手を背中に回すと、さっきまで持っていたゲーム機とソフトは消えていた。おもむろにベランダの手すりの上に立つと、手招きをした。
窓を開き、サンタさんの足下に近づく。しゃがみ込んだサンタさんが、二つ折りにした紙切れをぼくに差し出した。紙切れをぼくが受け取ると、また、サンタさんはにっこりと笑い、立ち上がった。
ここは、築六十年、ボロアパートの5階。今日はほぼ新月の夜で、街灯の光も5階には届かない。しかし、佇むサンタさんの姿は鮮やかで、はじめに見たときよりも、とてもきれいに思った。
突然、彼女は、道路へと飛び降りた。驚きですっかり目が覚めたぼくは、とっさに手すりの向こうを覗き込む。サンタさんは、コンクリートの地面に軽やかに着地し、停めてあった2tトラックに乗り込むと、颯爽と走り去った。その様子を呆然と、ぼくはしばらく眺めてた。急に意識を取り戻したように振り向くと、ぼくと妹の枕元に、さっきまではなかったはずのプレゼントが置いてある。
やっぱりサンタさんはいたんだ……。
時計が見えた。真夜中の三時。母さんと妹の寝息が聞こえる。二人の寝息が、一度覚めたぼくの目を、再び夢の中に誘う。ぼくはふらふらと部屋に戻り、布団へと倒れ込んだ。


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母さんの声で目が覚めた。
「窓開けたのあんた?」
母さんが聞いてきた。ぼくは寝たまま、とっさに首を横に振ってしまった。
おかしいな、昨日は閉めて寝たはずなのに。あんたも私も、よくこんな寒い部屋で寝ていてられたね。母さんはそんなことをぶつぶつ言いながら、それ以上、ぼくを疑ってこなかった。
部屋がすっかり冷え切ってて、ブルブルと震えた。布団に潜り込んで、もうちょっと寝よう、と思ったとき、
「あんた、サンタのプレゼント、届いてるよ」
母さんが言った。首を思いっきり上に向けると、頭の真上にクリスマスカラーの包装紙が見える。
プレゼントだ!
寒さも忘れて、布団から飛び起きた。包装紙をびりびりと破くと、そこには、黒いDSiが入ってた。自然と笑みが溢れる。
やっぱり、サンタさんはいた。ここにあるDSiが、何よりの証拠だ!
と、喜んでいるのも束の間、プレゼントの横に、二つ折りにされた紙切れが置いてあることに気がついた。こんなものが置いてあるのは初めてだ。
A4のコピー用紙を手で千切って四等分にしたみたいで、マジックで書かれた文字が、ところどころ裏写りしている。手紙みたいだけど、ずいぶんいいかげんな紙だな。ぼくは、紙切れを開いて、中を見た。

ーーー Merry Christmas!

思いがけず英語で書かれていたので、しばらく意味が分からず、暗号のような文字を眺めた。「メリー・クリスマス!」……かな?
ぼんやりとした記憶の中で、ポケモンのソフトとDSiを持ったサンタさんが見える。DSiを指差す自分。サンタさんの笑顔。
「ねえ、母さん」
「ん?」
着替えてた母さんが、こちらを振り向いた。
「このプレゼントってさ、母さんと父さんが買って置いてくれてんの?」
母さんは、ぼくを小馬鹿にしたように、鼻で笑った。
「そんな高い物、買ってやるわけないでしょ」
まったく、何年うちの子やってんだか。着替えを終えた母さんは、呆れながら部屋を出て行った。
ぼくは、もう一度手紙に書かれた文字を眺める。その大雑把な筆跡は、どことなく、母さんの字に似ているような気がした。
いや? ぼくは、閉じたベランダの窓を見た。
記憶の中で、紙切れを手渡してくる手が見える。手すりから飛び降りるサンタさん。走り去るトラック。
そこまで思い出して、ぼくは静かに目を閉じた。
そして、朧げな記憶の中、母さんの静かな寝息が聞こえる。

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