LIQUIDROOM × どんぐりず

2023年4月21日金曜日。東京都渋谷区にある恵比寿LIQUIDROOMでHIPHOP(ダンスミュージック)ユニットのどんぐりずがSPRING TOURの最終公演を行った。

開場前17時30分、私はLIQUIDROOM入口に到着した。入口にはフライヤーが貼られており、同じくライブに参戦すると見られる人達がこぞって写真を撮っていた。中に入り階段を上ると、ラウンジのような場所に出る。そこには既に150人くらいの人でごったがえしており、コインロッカーも半分ほどが使用中になっていた。私は財布とスマートフォンをパンツのポケットに入れると、トートバッグを丸ごとロッカーの中に入れた。400円。ちょっと高い。しかしこの後踊り狂うことが分かりきっているため、この出費は予想の範囲内であったと自分に言い聞かせ財布の中から100円玉を4枚取りだした。

ラウンジの角ではグッズ販売が行われており、目玉商品の新ロゴTシャツが並んでいた他、トートバッグや手ぬぐいも売られていた。中でも一際異彩を放っていたのが大きめの缶バッジであった。値段は3000円。おかしい。ふと、世の中のオタクはどれだけ推しに貢いだかでオタクカーストの序列が決まるという話を思い出した。この缶バッジも例外では無いのであろう。身につけているだけで他のファン達から「ガチガチのどんぐりずファン」として見られることはまず間違いない。3000円で信仰心の提示が出来るこの商品は魅力的だったが、財布と相談した結果今回は購入を見送った。

18時00分。スタッフの方が整理番号順に地下の会場への案内を始めた。私の整理番号は31番である。1番から順に呼ばれていくのだが、意外と空きが多い。そのせいで呼び出しはかなりハイペースに行われていた。私はトイレから出た瞬間に案内が始まったので、運良く番号の呼名に間に合うことが出来た。階段を下るようにして皆が並んでいる。この階段に並ぶ皆の脳内にはどんぐりずの2人が作り出してきた音楽が刻まれているのだと思うと、奇天烈な仲間意識が私の中に芽生えた。階段を降りきり、スタッフの方にチケットの画面を見せる。これでようやく入場が完了する。この時点で私の高揚感はMAXだった。600円を支払いドリンクチケットを受け取ると、そのままバーカウンターに直行し、コーラを注文した。コーラの入ったカップを受け取り、そのまま会場へと進む。
途中、どんぐりずと群馬県桐生市のクラフトビール店である、Bryuがコラボしたオリジナルビールが販売されていた。多くの観客がそのビールを片手にフロアへと向かっていく。多分今日の盛り上がりにはこのビールもかなり作用していたと思う。

会場はスモークで満ち満ちていた。自分の足元が不安になり、下を見つつステージの前へと足を運ぶ。前から2列目。悪くない、というかかなり良い。辺りを見回してみると女性の割合が8割ほどと、かなり高い。女性人気の高いどんぐりず。私は静かに唇を噛んだ。コーラを片手にステージをぼうっと見つめる。ブルーの照明がデスクの上に置かれた機材やMacBookを照らす。BGMには私の知らないダンスミュージックが流れていた。コーラをぐびっと喉へ流し込み、この空間、温度、空気感を堪能する。ライブまで後1時間弱あるのだが、そのフロアの空気だけで十分暇つぶしになった。

BGMに耳を傾け、ゆらゆらと体を揺らしていると、「君君」と話しかけられた。横を向く。同じTシャツ(LOOOSE MAN Tシャツ)を着ていたファンの方が話しかけてくださった。こういう場で周りの人と談笑する時間が私はかなり好きだ。その方は例の缶バッジを3つ買ったらしい。彼女こそがファンカーストの頂点に君臨しているのでは無いのだろうかと思った。

時刻は19時00分。開演を知らせるようにBGMの音量が一気に上がると、歓声がフロア中に響き渡る。どんぐりずの2人の登場だ。最初にかけられたナンバーは「nadja」だ。ヘンテコなタムの音が耳を刺激する。実に心地がいい。森くんのラップで会場が一気に引き締まる。同時に、彼のリズム感に脱帽した。音のズレが一切ないのだ。ラップにはリズムキープ力が欠かせないが、彼はその力が飛び抜けている。繊細かつ芯のあるその発声は、私を一瞬で虜にした。
2ndアルバム「愛」に収録されている「わっしょい!」では桐生市民には馴染み深い八木節がサンプリングされており、桐生から上京した私の心を踊らせる。懐かしさと興奮のせめぎあいで今にもぶっ倒れてしまいそうだった。
そして「B.S.M.F」。このファンキーなナンバーでは2人のコーラスワークに圧倒される。耳障りの良い森くんのラップとチョモさんのボーカルは大沢伸一さんのトラックを最大限に活かしている。
そしてどんぐりずFamilyのNAGAN SERVERさんが登場し、「a little question」が流れ出す。この曲はダンスミュージックとしての完成度がとても高い。是非ともライブで聞いて欲しい1曲だ。ドロップになると観客たちのテンションと3人のパッションも相まってフロア全体が大きく揺れた。
次に紹介したいのが「Bomboclap」。この曲はジャングルの類なのだが、低音とカウベルの音がとても気持ちいい。この曲をライブで聞くのは2回目なのだが、前回の箱とは桁違いの重低音がフロア中に響き渡った。内蔵が揺れるのだ。これは比喩ではなく、実際に起こった現象である。私の体の中で重低音に踊らされた内臓が小刻みに骨とぶつかるのを確かに感じた。初めは体の異変に戸惑ったのだが、終盤になるとその接触は極上の快楽へと変貌していた。
幕間、MCが挟まれる。東京最高と語る2人の表情は輝いていた。お知らせがあるとチョモさんが口を開く。「ライブ中にもビールが飲みたくなった人達用にこの2人が売り子をしてくれます!」ステージの脇から現れたのはどんぐりとヘビのキャラクターであった。この2体がビールの売り子をするらしい。キャラに合っていなさすぎて会場の皆と一緒に声を出して笑った。
森くんの「新曲やるよ」の声で歓声が湧き、その通り新曲が披露された。エレクトロなサウンドが鼓膜の中で縦横無尽に暴れ回る。とてつもなく早いBPMに自然と体が踊り出す。休む暇を与えないこのナンバーはダンスミュージックの名にふさわしかった。チョモさんは蛍光色に光るオーバーグラスを付けていた。何故か似合っていた。
中盤では、どんぐりずの代表曲「NO WAY」がかかった。回を重ねる事に洗練されていく森くんのラップは本当に素晴らしい。テンポだけでなくピッチもより気持ちの良いものへと進化していくその姿は、誰にも止められないのであろう。
「dambena」では森くんの早口スキルが一段と光る。全くテンポを崩さずに早口で捲したてるその技量は確実に一朝一夕のものなんかではなく、彼らが音楽に費やしてきた時間を表すようであった。ラップの終了と共にブレイクビーツに切り替わり、フロアで皆が踊り出す。手を挙げて皆が一様に振っている。そしてその後の展開ではフロアに涼しい空気が一気に入り込む。まるでサウナの後の水風呂だ。
終盤に差し掛かり、どんぐりずの2人からラスト3曲のアナウンスがされると観客は皆落胆の声を発した。直後、「アンコールあるよ」と森くんが言うとフロアは再び熱狂に包まれた。
ラストから二曲目(アンコール含まず)の「ベイベ」は懐かしさを感じるディスコチューンだ。気持ちの良いシンセと小刻みなラップ。それとチョモさんの歌うフック。そして何より私のストライクゾーンのど真ん中を貫いてくるベースの合わさったこの曲が私は大好きだ。ひしめき合う音の数々が脳内で反射して曲に酔いしれる。
1度終演を迎えるが、すぐにアンコールが始まる。アンコール一曲目は「ヒップホップドリーム」。これも「わっしょい!」と同じく2ndアルバム「愛」に収録されている。演歌調のこのナンバーは森くんの歌唱力が際立つ。ただのラッパーではないことを思い知らされる。
2曲目は「Oto mafia」だ。私が去年最も聞いていた曲で、ドラムンベースがとにかく耳を刺激する。フックの部分では皆が「Oto mafia!」と叫びながら手を振っている。パープルの照明がステージを燦然と照らし、皆が踊り狂う。考える隙など与えやしない、生理的な楽しさが蔓延し、観客のボルテージは最高潮を迎えた。
ラストは「こんな感じ」。ゆったりとしたビートの上で揺らめくフロウとメロディーはその日の締めくくりに最適なものであった。

終演後、フロアが灯りを取り戻し、観客たちがいっせいに出口へと向かっていく。帰り道、そう言えば子供の頃に毎年行っていた八木節祭りからの帰りもこんな感じだったなと思い出した。最高のイベントの後は、余韻に浸りながら1人帰路に着く。段々と冷めていく興奮も、それもまた一興ではあるのだが熱量を少しでも残しておきたいと思ってこの文章を書いている。
恵比寿駅から新宿まで行き、京王線に乗り換え自宅へと向かう。同じ車両に乗っている人達は私がどれだけ楽しみ、踊り、声を出したのかを知らない。その状況に優越感を覚えるのだ。
それにしても、今日の影のMVPはきっとあの2体であろう。かつてのおのののかを越す勢いでビールを売り上げていた彼らは、フロアの観客達を熱狂させ、踊らせ、狂わせた一因なのだ。
と、ここまで書きあげた所で丁度自宅に着いたので、ここで終わりにする。

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