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【短編(連載)小説】 三日月工場の日常 #3

架空の工場の架空の動物型の従業員の日常。宇宙協同組合に納品する。

ウサギ型従業員のヒナは焦っていた。
今日は宇宙協同組合に株式会社クレセントムーンの新しい三日月を納品する日である。だが、納品現場に同行するはずのヒツジ型従業員のオサム先輩が見当たらない。ヒナは宇宙協同組合の事務所が入っている大きなビルのエントランスで行ったり来たりしていた。しかしオサム先輩は現れない。
「連絡すらないなんて、どういうことよ!」何度もスマホを確認しながら焦りが募り、汗が額を滴ってきた。
「どうする私?このままだと納品は私一人ってこと?」
今までも納品はやってきた。順序はわかっている。相手とも顔見知り。そうだ、これはチャンスかもしれない。私一人でもやれることを証明できる。そして、私は”デキる営業のウサギ”だと証明するのだ。
ヒナはブラウスの襟元を整えて顔を引き締めた。
「よし!」気合いを入れてエレベーターホールへ行き、ボタンを押した。
行き先は35階だ。シルバー色の小さなキャリーケースを足元に寄せてエレベーターに乗った。

チン。と到着の音がした。エレベーターの扉が開き、暗いフロアに出た。廊下には星の瞬きのような照明が目に入る。さぁ!いざ行かん!
ヒナは「宇宙協同組合・三日月本部」というプレートの前でもう1度襟を整えた。

オサム先輩はいつもニコニコと笑顔を貼り付けた顔をしているのだが、目が笑っていないので何を考えているのかわからない。というか、ちょっと恐い。社内でも指折りの優秀な営業ヒツジ でとにかく立ち回りにソツがない。彼が三日月の納品をすれば間違いなく夜空に輝く三日月となった。
三日月の納品は花形の仕事だ。この納品によって次の受注が決まる。良い三日月が期待される。だからヒナのようなそそっかしいおっちょこちょいには荷が重かった。
ヒナはキャリーケースを転がして、コツコツと歩みを進めた。そして納品部屋の前で止まった。コンコン。とドアをノック。中から「どうぞ」という声が聞こえた。
ドアを開けたらいつもの担当者はいなかった。
「あら?あなた、たしかクレセントムーンさんの方ね」綺麗な声のタレ目の可愛いらしい女性だった。
「こんにちは。あの、納品に参りました。」
「まぁ。納品は明日じゃなかったかしら?」
「え?!」
ヒナは心臓がバクバクする音がうるさいと思った。え?明日。そうだ。昨日の帰りオサム先輩が「明日の納品は変更になったよ。だから三日月のカプセルは君に預けるから失くさないようにね」と言われて、それから、たまご型のカプセルを受け取って、家に帰ったんだ。そして朝起きたらそのことを忘れてしまっていた。
「ふふ、早くに納品してもらえるのかしら?」優しく笑って目の前の女性は手を差し出した。
「あ、はい。こちらになります。」
キャリーケースから三日月のカプセルを出して、彼女の手に渡した。

ビルの外に出たら日差しで目がチカチカした。木陰を探してオサム先輩に電話をしたら、電話の向こうでクククっと笑っていた。
「君も一人で納品ができるようになったってことさ。これから宇宙協同組合への納品は君に任せるよ」
いつもの低い声が少しばかり笑いを含めて、よかったよかったと言うオサム先輩は楽しげだった。何を考えているのかわからない目を細めているのが浮かんだ。
すっかり汗がひいた顔に手を当てながら駅までの道を歩いている。ポケットのスマホが鳴った。
「ちょっとーヒナ。今どこにいるのよ?」
電話の声は総務部のネコ型従業員のさっちだった。
「今日さ〜、一緒にランチしようって約束してたでしょ?」
「あっ!」
ヒナは昨日、明日の納品がなくなったからランチしようとメールを送っていたのだった。
「すっかり忘れていたよ」
「はぁ!!!何それ!今どこよ!」
「ごめん、今から事務所に戻るから、待っていて、ランチはおごる!」
しょうがないな。と聞こえてから電話を切った。

明日の夜、株式会社クレセントムーンの三日月が夜空を飾る。
私が納品したんだよ。ランチはハンバーグにしよう。

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