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高校野球地区予選アナリシス(分析)#第106回全国高校野球選手権大会#北北海道十勝地区予選代表決定戦(令和6年6月29日第二試合)#帯広農業高校VS帯広大谷高校に注目


どちらも地区予選で消えるのは惜しすぎる。「十勝の絶対的王者」と「プロ注目左腕を擁する強豪校」が対戦。


「ルーズヴェルトゲーム」

ルーズヴェルトゲームとは「点を取られたら取り返し、8対7で決着する試合」のことであり、アメリカ合衆国のフランクリン・ルーズヴェルト大統領が「一番面白いゲームスコア」と語ったのが由来だ。

「6対3」

このスコアは令和6年6月29日に「十勝の絶対的王者」が「プロ注目左腕を要する強豪校」を破り、帯広大谷高校が全道大会出場を勝ち取った試合のスコアである。

「ルーズヴェルトゲーム」では無いが、実際に球場で観戦したものでしか解らない「面白さ」がこの「6対3」というスコアには詰まっている。

この面白さを分析する。

予想編はコチラ

「ミライモンスター君臨」


「奪三振 12」

これは帯広農業高校の背番号1が帯広大谷から奪った三振数である。
181センチ、88キロの恵まれた体格から投げ下ろす質の高い速球はプロも注目しており、当日も球場で日本ハムの木田GMの姿が確認できた。

ミライモンスターは早速、先頭打者から三振を奪う。
低めに決まる伸びのある速球と、その高さから落ちる変化球を組み合わされては、強力打線を誇る帯広大谷も簡単には攻略出来ない。

初回、「十勝の絶対的王者」から2奪三振。
ミライモンスターの降臨である。

ミライモンスター降臨

帯広農業が見誤ったもの(帯広大谷のUPD)


「7秒」

これはバットがボールに当たってから、二塁ランナーがホームに生還するまでの帯広農業の目標タイムだ。

2アウト2塁の場面、帯広農業の打者が三遊間に安打を放ち、2塁走者は躊躇なく本塁を狙う。
しかし走者は本塁の3m手前程で立ち止まる。
既に捕手のミットにボールが収まっていたのだ。
恐らくそのタイムは6秒を切っている。

「帯広大谷高校は甲子園出場校レベルのチーム」

「一時が万事」
一つの基準値が高いと全てにおいて優れていると錯覚するものだ。
これが戦力を数値化する事の危うさである。
昨夏、帯広農業高校に精神的優位をもたらした数値が、今度は「6秒の壁」となって立ちはだかる。
帯広大谷高校はアップデートしていたのだ。

6秒の壁

帯広大谷高校は秋季、春季の全道大会で、「本気の強豪校」との対戦を重ねることにより、肌感覚で全国区の実力を体感している。
ここの「本気」というのが重要で、それは遠征等の練習試合では学べない。いくら帯広農業高校のミライモンスターが、練習試合で全国区の強豪校から多くの三振を奪っても、杓子定規に捉えることは難しい。

「ギアチェンジ」の威力


「残塁 13」

これは帯広大谷高校の残塁数である。
スコア上では帯広大谷は7回までゼロ行進だが、三者凡退はほどんど無く、かなりの勢いで攻め立てている。

3塁までは進むが本塁が中々踏めない。
なぜなら「ここぞ」という場面で、ミライモンスターが三振で凌ぐからだ。絶対的エースの条件は「ここぞ」という場面で三振が取れること。
これを「ギアを上げる」と言うらしい。

「ギアチェンジ」の威力で、強力打線を退ける。
やはりミライモンスターは本物だ。

「球場の空気」を味方につけたもの


「34イニング」

これは十勝地区における帯広大谷高校の連続無失点イニングである。
その記録が35イニング目にして途絶える時が来る。

7回表まではゼロ行進だが、試合展開は帯広大谷の圧倒的有利で、帯広農業の得点機は「6秒の壁」に阻まれた場面とスクイズが読まれ失敗した場面のみ。
炎天下の中、「力戦奮闘」するミライモンスターと日本人特有の「判官贔屓」が、球場の空気を変える。

7回ウラ、流れが徐々に帯広農業に傾き出し2アウトながら満塁のチャンスが到来する。
ここで帯広農業のキープレーヤー、本日、絶好調の主将に打席がまわる。
帯広農業スタンドは勿論、帯広大谷の観客席からも「嫌な予感がする」との声が出た刹那、打球は左中間を真っ二つ。
帯広農業は数少ないチャンスをものにして、3点を先取する。

「イメージは現実化する」

最初にそのイメージを創造したのは、帯広農業の主将であった。

イメージは現実化する

イメージを創造出来るチーム


「1試合」

これは北海高校が秋季、春季の全道大会を通じて同点に追いつかれた試合数である。

本日、間違いなく道内公式戦29連勝を樹立する北海高校のプレイスタイルは「王道の野球」である。
最初は相手の出方を伺いどっしりと受け止める。その後、回を重ねる毎にジワジワと攻略して、先取点を取られたとしても決して慌てず、追いつき逆転して勝敗を決する。
対戦相手は、横綱に逆転された瞬間に気持ちが折れてしまい本来の実力を封じられてしまう。
まさに「横綱相撲」であり、北海高校が絶対的王者である所以である。

それでは、唯一、北海高校に追いついたチームとは何処か?

帯広大谷高校である。

帯広大谷高校は9回表に北海高校から2点を奪い同点に追いつき、9回ウラのサヨナラの場面をしのぎ、タイブレークに持ち込んでいる。
先ほどの説明を踏まえると、それは並大抵の事では無く、帯広大谷の選手も十分認識している。

「北海高校に追いつくイメージ」
帯広大谷はチームとしてそのイメージを経験値として共有している。
成し遂げた者とそうで無いものの違い。
「北海高校に追いつけて、帯広農業に追いつけない訳は無い」
この根拠の有るイメージは帯広大谷以外には創造出来ない。

イメージの共有

帯広大谷は球場の空気を味方に付けずとも、自らがイメージを創造してミライモンスターを攻略。
8回表に失点した3点を取り返し、3対3のタイスコアに戻す。

ミライモンスターの連続無失点イニングが16で途絶えたのと同時に帯広大谷が、北海高校に一歩近づいた瞬間である。

ミライモンスターのエアポケット

野球には、ホッとする瞬間がある。
ピンチで2ストライクに追い込んだとき。
先頭打者から二人を抑え、2アウトを取ったとき。
ノーアウト満塁から二人を抑え、2アウトになったとき。
そして、リードして9回2アウトを迎えたときだ。
これらに共通するのは、終わりが見えていること。
あと1ストライクで三振。
あと1アウトで3アウト。
あと1アウトでゲームセット。
「あとひとつ」なのだ。
そして、これらにもうひとつ共通することがある。
それは、そこから打たれること、点を取られること、負けることだ。

田尻賢誉著『なぜ「あと1アウト」から逆転されるのか』
(はじめに)より

「味方が3点を取ってくれた。」
「3点は予想を上回る得点だ」
「このまま行けば全道大会は確実だ」

ミライモンスターはそう思ったのかも知れない。
心の中の話なので誰も知る由でも無いが、張り詰めた緊張が解けた可能性が高い。しかし、前回登板の試合で、「あと一人」でノーヒットノーランを逃したのも、それに関係していると邪推するのは少々意地悪な気がする。

終わりが見えると気が緩む。
トイレを我慢していて、終わりが見えると急に我慢が効かなくなるような脳神経的な話なので選手を責めるのは酷な話だ。

そのエアポケットを帯広大谷が突いた。

何はともあれ緊迫したゼロ行進から一転、試合は大きく動き出した。

無意識のエアポケット

「ドクターK」の宿命


「投球数 186」

帯広農業高校のミライモンスターが、この試合で投げた投球数である。
それに対して帯広大谷高校の投球数は、登板した3投手合わせて「133」である。

「ドクターK」の「K」とは、野球のスコアブックを記入する際の「三振🟰K」の表記のことである。
それにちなみ奪三振の多い投手を「ドクターK」と呼び本格派投手の称号となっている。

帯広農業高校のミライモンスターは生粋の「ドクターK」である。
前回登板の帯広緑陽高校戦では、8連続を含む22奪三振。これは北海道記録にあと一つに迫る快挙である。

しかしながら「ドクターK」は諸刃の剣の部分もある。
投球数である。
三振を取る以上は3球以上投げなくてはならない。それがかさむと当然投球数も多くなる。

22奪三振だった帯広緑陽戦では被安打1、被四死球3に関わらず投球数は「138」、決して燃費がいいとは言えない。

8回表あたりから流石のミライモンスターもガス欠気味になる。
30度近くの炎天下の中、一人で投げ続けているのだからしょうがない。
またミライモンスター相手に長短含め12安打を浴びせ、度重なる「ギアチェンジ」を稼働させた帯広大谷打線の影響も大きい。

試合を決めたのはリトルモンスター


「165センチ 56キロ」

帯広大谷の3番手投手のサイズである。
帯広農業のミライモンスターと比べると大人と子供くらいの差がある。
大柄な選手が揃う帯広大谷の中では、ひときわ目立つ存在だ。

小さな2年生投手が8回からマウンドに立ち帯広農業に相対した。
だが、その佇まいは身長の低さを感じさせない程、堂々としており、とても頼もしく感じる。

それには理由がある。
春季北海道大会の北海高校戦、タイブレークの場面でマウンドに立ったのは2年生の彼だった。
相手は百戦錬磨の北海高校。タイブレークの戦い方で右で出るチームは無い。仮に北海高校を破れば前代未聞の快挙のチャンスだが、誰しも絶対に立ちたく無いマウンドである。

結果、北海高校のサヨナラ勝ちで終了。
誰もが「やむなし」と納得する場面で、悔しさをあらわにして、マウンドで一人泣き崩れる選手がいた。
彼は本気で北海高校を抑え勝つ気でいたのだ。

「あの時の緊張や悔しさに比べたら」
8回ウラの帯広農業の攻撃を難なく零封。
彼の気迫が球場の空気を変える。

そして迎えた9回表。
一塁、三塁の得点機に彼に打席が回ってくる。
大型投手との対決。打席に立つと小ささが目立つ。
帯広農業の外野も極端な前進守備をとる。

二アウト一塁、三塁で一点勝負の終盤。
プロ注目左腕相手にはフォースボークのサインが最適手と考えてしまう場面だ。
決して打者を軽く見ている訳では無い。
それも戦略と理解しようとしても打者側に感情移入してしまう。

球場の判官贔屓が彼に傾いた瞬間、鋭いライナーがセンターに放たれ、打球は広く空いてる外野の後ろを転々と転がっていく。

スリーラン ランニングホームラン

気迫のベットスライディングでホームイン

試合を決めるイメージの具現者は伏兵の彼だった。
9回ウラ、リトルモンスターに化した2年生投手が、帯広農業の最後の打者を討ち取り優勝投手となる。

「6対3」

ルーズヴェルトゲームでは無いが、今季十勝大会のべストバウトである。

アナリシス

現代の野球においても投手が7割というのは間違いないが、ドラフト注目投手を持ってしても勝敗を決することは難しい。
帯広農業はプロ注目左腕に7割をオールベットしていたが、帯広大谷は複数人投手の適材起用により7割を分割してリスクヘッジしていた。
帯広農業はギアチェンジをエースの才覚に託していたが、帯広大谷は投手毎がギアの役割を果たしており、帯広農業が「オートマ型」、帯広大谷は「マニュアル型」の投手起用であった。

この試合は3時間弱の長丁場であり、つくづく野球は耐久戦かつ総力戦であることを実感させられた。9イニングで最終的に得点の多いチームが勝利するという野球の競技性についても考えさせられた。

拮抗から波乱の展開

帯広大谷のプロ注目左腕に対する戦術には脱帽である。
好投手がカス欠になるまで、削りに削り好機を捉え一気に攻略する。
しかも小手先の手法(バントやファール作戦など)では無く、正々堂々と打ちに行った姿勢は敬意に値する。

帯広農業の甲子園DNAが薄らいだ点も感じた。

「ライナーバック」を怠りチャンスを潰す、相手の能力を測らず決め事(7秒など)のみでプレイするなど、昨夏、帯広大谷を翻弄したような老獪さが薄らぎ、表面的にしか伝統を踏襲していないように見えた。

甲子園を知るメンバーが居なくなり、甲子園を植えつけた田尻氏(抽出書籍著者)などの影響も薄れているのでは無いかと察する。
「体感して反省し決め事を作るもの」と「言づての決め事を守るもの」の差が出てきているのではないか。

一方、帯広大谷は「体感して反省し決め事を作る」フェーズにある。
現チームの主力は、1年時から試合に出ている選手も多く、数々の全道大会に出場してチームとしての経験値も増している。
是非とも勝ち進み「甲子園を知っているチーム」になることを願う。

高野連北海道HPより抜粋


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