見出し画像

『#下克上球児』を戦術論から考察する <番外編>(ネタバレあり)

鈴木亮平さんが主演を務めるTBS日曜劇場『下克上球児』が12月17日で終了してしまいました。
本編ではブラバン応援を通して『下剋上球児』を考察してきましたが、そこで強く感じたことは、制作者サイドの野球への本気度が半端無いということです。
*ブラバン応援考察はこちら


今までブラバン応援がここまでクローズアップされて、しかも忠実かつ本格的に表現されているドラマが存在したでしょうか?

ここまで高校野球愛が注がれたドラマですから、それ以外においても目を見張るポイントがあるに違いありません。

そこで今回は番外編として「戦術」や「技術面」について、越山高校と伊賀商業高校が対戦した三重県予選決勝を中心にマニアックな視点から掘り下げていこうと考えております。

*決勝戦のブラバン考察はこちら。

『バント論』

「野球を通して上手くなる事って沢山あるんだよ」
「出来ないことが出来るようになるまで頑張ったり」
「チームの中で何が出来るかなって考えたりな」

『下剋上球児』最終話 南雲監督のセリフより

鈴木亮平さんが演じる南雲監督が、準決勝で超強豪・星葉高校に勝利した後、選手達に伝えた言葉です。

高校生が1日で物凄く成長する事を実感した南雲監督には、今度は選手が監督を超えて手を離れていく姿が目に浮かんだのでしょうか?
そんな期待を込めた言葉に感じました。

その言葉を体現したのが、椿屋キャプテンです。

「出来ないことが出来るようになるまで頑張る」

彼は高校まで野球経験ゼロの素人でした。
高校に入ってから出来るようになるものには限りがあります。
「バント」というのは、投手が投げたボールを止めたバットに当てて転がすという技術です。

実は硬式ボールを打つという技術はかなり高度です。
上手く当てないと手が痺れてバットが握れなくなります。
私の現役時代も痺れるのが怖くて打撃練習が嫌いな仲間もいたくらいです。
なお、打球を飛ばすのも簡単では無く腰を軸にして、身体を上手に使わないと遠くには飛ばせません。

一方、バントは恐怖心さえ克服出来れば素人でも習得しやすい技術です。

サッカーが好きな人であれば、技術的に「ノートラップボレーシュート」と「トラップのみ」の違いと捉えればイメージできると思います。

はっきり言って地味ですが、努力を重ねれば確実に上達するプレーでもあります。

「チームの中で何が出来るかなって考えたりな」

彼の「何が出来る」はバントでした。
1回表、ノーアウト1塁の場面で椿屋キャプテンにバントのサインが出ました。

「送りバントの成功率は9割以上」

山住先生(黒木華さん演じる野球部長)のセリフです。
プロ野球の送りバント成功率は7〜8割と言われております。
この数字からも彼の3年間の努力が伺え、個人的にはグッとくる場面です。

残念ながら結果は、伊賀商業の堅守に阻まれダブルプレーとなりますが、
このバントが後に大きく効いてきますので乞うご期待です。

『シフト論』

「大谷シフト」はご存知ですか。
バッターの特性に応じて守備位置を変えることをシフトと言います。
「大谷シフト」は、ご存知、メジャーリーガーの大谷翔平選手に対するシフトで、2023年に禁止されるまでは1、2塁間に野手が3人いたり、外野に4人置いたりで、とにかく飛んで来そうな場所に野手を集める作戦です。

『下剋上球児』の作中でも、準決勝でマツケン監督が「打者毎に守備体形を変える」的な事を言ってたので、「大谷シフト」程ではありませんが、越山高校に対してシフトを敷いていました。

この場面で成長を見せたのは、日置弟でした。
準決勝で韋駄天“久我原が負傷した事により1番になった日置弟は、打席に入る際にこんな事を言いました。

「俺の仕事やったる」

『下剋上球児』最終話 日置弟のセリフより

彼のチームの中での仕事は出塁することでしたが、「いつもの悪い癖が出てる」と山住先生に言わしめたように、初球は「いつも」の大きな空振りをしてニヤリと笑います。
それにより伊賀商業も「いつも」に備えて右方向にシフトを敷きました。

しかし日置弟には狙いがありました。
次の球をシャープなスイングで左方向に打ち返し、レフト前ヒットで出塁したのです。
見事に「いつも」の逆をついたのですが、山住先生まで欺く程の成長を彼が見せた場面でした。
実況のアナウンサーも「広くなったレフトに・・・」と解説してたので、この考察は間違いないと思います。

個人主義の彼がチームの仕事を果たしたのです。

『データ班論』

「昨日の伊賀商の試合、1、2年生が頑張ってまとめてくれたよ」

『下剋上球児』最終話 山住先生のセリフより

山住先生がベンチ入りした選手達に伝えた言葉です。
強豪校にはいわゆる「データ班」という、対戦相手のデータを収集し、分析する人達が存在します。
山住先生が言ってた1、2年生とは「データ班」のことで、決勝前日の伊賀商の試合を観戦しデータをまとめたのです(徹夜になることも)。

「データ班」の出来で勝敗を左右することもあり、2022年夏の甲子園初戦で昨夏王者の智弁和歌山を37年ぶり2回目出場の國學院栃木が破った試合は「データ班」の分析がクリティカルヒットしたケースだったと言われております。

先ほど説明したシフトについても「データ班」によるところが大きいですし、準決勝の先発にエース犬塚では無く、初登板の根室を選択したのでも「データ班」を意識したものでありました。

マツケン監督から南雲監督へ授けられたマル秘メモの「伊賀商投手は2回首を振ると2塁牽制しない」という情報も「データ班」の努力の賜物です。

『スクイズ阻止論』

7回裏1アウト1塁3塁の場面で伊賀商はスクイズを仕掛けます。
バントが上手く転がり誰もがスクイズ成功を思った場面。
南雲監督も最悪1アウトは取ろうと1塁送球を指示します。
しかし1人だけ全員の想像を上回った選手がいました。

本日、キレキレの日置弟です。

自らバント処理して2塁へ送球、その後1塁に転送され、見事にダブルプレーが成立。
絶対絶命のピンチをしのいで追加点を防いだのです。

セオリーで言えば2塁に投げることは、まずありません。
なぜなら1塁3塁の走者は投手が投げると同時にスタートを切っているため、2塁でフォースアウトを取ることは困難だからです。

しかし日置弟だけは見えてました。
1塁ランナーがスタート時につまずいていたのです。
それを打者がバントする前に確認し、即座にダブルプレーをイメージしたのです。
これは選手が監督を超えた瞬間と言えます。
そしてこのプレーが南雲監督を突き動かしました。

『スポーツマンシップ論』

「みんなに相談がある」
「こうなったら絶対勝ちたくなってきた」
「どんな手でも使ってもいいか」
「卑怯な手でも、姑息な手でも、連続敬遠したっていい」
「どんな手を使っても勝ちたくなってきた」

『下剋上球児』最終話 南雲監督のセリフより

スクイズ阻止後、南雲監督が円陣を組んで選手に問いかける場面です。
南雲監督は高校時代、勝利至上主義であったマツケン監督に対し「正々堂々とやりたいと」と訴え、己の意思を貫き敗北した経験があります。

当時と逆の立場となり、監督側から選手のことを本気で考えた時、当時のマツケン監督の思いを痛感したのではないでしょうか。
そして恩師からの「あいつらに甲子園を見せてやれ」という言葉。
時間の積み重ねや経験を経ることがなければ理解できない「スポーツマンシップ」もあります。

私は大学時代、野球部の夏合宿中に星稜高校の松井秀喜さんが甲子園で4連続敬遠される場面を旅館のTVで見ました。

4連続敬遠を指示した明徳義塾高校の馬渕監督は当時、相当の非難を浴びましたが、その後松井選手はメジャーリーガーとなり大活躍し、馬渕監督も侍ジャパンU -18代表の監督として、2023年に行われたWBCで悲願の初優勝に導きました。

長年、監督として第一線で活躍するには、哲学に近いレベルの「スポーツマンシップ」無しには務まりません。
その域に南雲監督は近づいたのでは無いでしょうか。

『布石論』

野球に9イニングで得点を多く取ったチームが勝利するスポーツです。
なので最後の決定的場面に向けた種まき的な準備は勝敗を左右する要因となります。
そのことを「布石を打つ」と言います。

「布石を打ち」相手を欺く事は姑息な手であるとは私は思いません。
トランプでも駆け引きは必要ですし、麻雀ともなると正に騙しの遊びです。なのでゲームである野球の戦術は、まさしく野球の醍醐味と考えます。

「下剋上 やってやりましょう」

『下剋上球児』最終話 山住先生のセリフより

8回表、越山高校の「下剋上作戦」は1番日置弟の2塁打から始まります。
初回、日置弟はフルスイングを封印しコンパクトな打撃に徹しました。
これが「下剋上作戦」第一の布石です。
今度はシャープな打撃を意識したシフトの逆をついて、フルスングを解禁し外野の頭を越す打球を打ったのでは無いのでしょうか。

次は2番、椿山キャプテンです。
初回、バントを試みるも失敗。ダブルプレーを取られました。
これが「下剋上作戦」第二の布石です。
初球はバントをする姿勢を崩さず、ワザと空振りします。
ベンチも「しっかりやれ」的に野次りますが、実はこれもフェイクです(山住先生は若干わざとらしかったけど)。
これを見て元木監督はサードを前に出します。

2球目はバントの構えから一転、バッテイングに切り替えます。
「バスター」という技術です。
これが伊賀商の意表を付き内野安打となります。
椿山キャプテンの見事なヘッドスライディングは成長の跡を感じました。
ヘッドスライディングは意外と難しく、私のチームメイトでヘッドスライディングをすると最後、なぜか正座になってしまう選手がいました。

そして「下剋上作戦」のメインイベントは韋駄天“久我原の代走です。
試合前、伊賀商ベンチで久我原の俊足をマークしているような会話がありました。
その俊足がノーアウト1塁3塁で満を持して登場したのです。

当然、元木監督は盗塁を警戒します。
そして越山ベンチも盗塁を煽ります。
「音速でいけー」と叫んだ山住先生は何か振り切った感があり、周りの選手も引いてました。

もう盗塁一択しかない場面で当然、久我原はスタート。
伊賀商バッテリーも投球をガッツリ外し、盗塁阻止モードでしたが、ここからまさかの展開。

なんと久我原が転けたのです。

これに動揺した伊賀商は久我原をアウトにしますが、その間、三塁ランナーが本塁へ生還。全員の視線が久我原に集中したのです。

典型的なダブルスチールのサインプレーです。

当然、伊賀商も知らないプレーでは無く、対策の練習もしていた筈です。
「なんちゅう手に引っかかっておるんや」と怒る元木監督がそれを物語っております。

温存していた韋駄天“久我原が最後の布石だったのです。

左投手の場合に限りますが、一塁ランナーがわざと飛び出して、慌てて転けている間に、三塁ランナーが本塁を陥れるサインプレーもあります。
この「フォースボーク」というサインプレーを今シーズン、日本ハムファイターズが成功させています。

その後、伊賀商はすっかり混乱してしまいます。
そこに止めを刺すように『モンキーターン』の演奏を開始。
『モンキーターン』の第8話からの流れも布石と言えば布石です。

この星葉高校のチャンステーマが「魔曲」となり、越山の打線が爆発。
ついにはアニメによる確定演出も発動して越山高校は逆転し、最後はエース犬塚が見事に試合を締めました。
これにて越山高校の下剋上は完遂されるのです。

今回は「戦術」や「技術面」に焦点を当てて『下剋上野球』を考察させて頂きました。
これを機会に野球が好きになってもらえれば幸いです。

<完>

この記事が参加している募集

高校野球を語ろう

野球が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?