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照魔機関 第12話 囲



【みとし村事象についての報告】

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(1939年6月2日)
 みとし村の神:おみとしさま
 特徴:村人を見ている

 みとし村には【囲】という奇妙な風習があり、村人は死後、おみとしさまになってもそれを続けている。

 囲は、1年ごとに村人が投票で1人を選び、迫害するというもの。

 迫害の対象者が出た家は、次の投票が終わるまでの1年間、対象者を座敷牢に閉じ込めなくてはならない。これは対象者を、村人とおみとしさまから守るためと伝えられている。
 対象者が家の外に出てしまった為、村人から暴行を受けたり、おみとしさまの精神干渉を受けて錯乱した事例をいくつか確認した。

 たとえ、対象者に身寄りがなくても、対象者が幼児や病人を抱えていて、他に世話ができる人間がいなくても、家の外で村人に会えば危害を加えられ、おみとしさまと目が合えば精神が侵される。

 村の周りで目撃された異常行動をとる村人達は、村から逃げ出そうとしておみとしさまに錯乱させられたか、暴行を受けたことにより精神を病んでしまった、囲の犠牲者と考えられる。

 対象者が村からいなくなれば、都度投票により新しい対象者が作られた。

 囲が生まれた原因には、村人が不平不満の捌け口を作ろうとしたことや、対象に選出される恐怖により、治安を維持しようとしたことなどが考えられる。
 しかし、実際に選ばれる人間は、孤児だったり、高齢者だったり、病人だったりと、社会的に弱い立場なことが多い傾向にある。
 
 囲を廃止させるには、当機関が村に干渉する必要がある。

(追記)
 1960年までに囲は廃止され、対象者は選出されなくなり、囲に関するおみとしさまの精神干渉も報告されなくなった。

 しかし、村民達は無意識のうちに対象を作り出してしまっている。方法は間接的な陰口や陰湿な嫌がらせなどに変わり、対象者を精神的に追い詰めている。村民達は対象を攻撃することで団結力を高めているようだ。

 加えて、一年という区切りがなくなったため、対象は不規則な周期で入れ替わっている。
 こうした風習がなくならないのは、みとし村が山間部にあり、世間から隔絶されている為か……。

 今後、交通手段や情報伝達手段が増えることで、村民が新しい価値観を取り入れ、囲に基づいた風習がなくなっていくことを期待する。

(追記)
 2010年。囲を下敷きにした風習は、洗脳のような形で残っている。違和感を感じる村人もいるようだが、村の仕来りとして不満を呑みこんでいるようだ。

(追記)
 20×6年。風習途絶えず。
 村は過疎化が進んでいる。みとし村事象の調査頻度を増やす必要がある。おみとしさまへの信仰が途絶える前に、神虫をこの村にお招きする。

 

トミコさんと囲


 そして今に至るまで、みとし村の人間達は囲の対象を作り出している。

 対象を攻撃することに快感を覚え、たとえそれが囲を知らない人間であれ容赦しない。対象者のプライベートに土足で入り込み、知り得た情報に尾ひれを付けて吹聴する。話のタネに、娯楽のために、ガス抜きのために、輪から外れた人間を作り上げては扱き下ろしている。

「トミコさんには精神的な問題があり、ひきこもり気味だったと、田原さんや近所の人達は言っていました。お母さんのすゑ子さんがお世話をしていたとも……」

 囲の内容を知った逢は、浮かび上がった可能性に、薄ら寒い物を感じた。

「記録では、『囲の対象者が出た家は、対象者を座敷牢に閉じ込めねばならない』って……。まさか、池柁さん親子は……」

 四辻は、静かに頷いた。

「トミコさんはどこかでつまずいて、村人の輪からはじき出された。それからはずっと、いつか囲の対象から外れることを願って家の中に引きこもって暮らしていた。

 母親はそれを咎めず、トミコさんを世話し続けた。あの親子は、そうすることが当然だと思い込んでいたんだ。恵吾さんがトミコさんを連れ出そうとしたのに、彼女が拒否した理由もそのせいだと思う。

 ……だけど、トミコさんは対象から外れることはなく、やがて絶望の中で亡くなった」

「で、でも……村の人達は、そんなことがあったなんて、一言も……」

「言わなかったよ。でも、トミコさんのことについて、怖いくらい知っていた。知らないのは——彼女の自殺の理由——だけ。中島さんも田原さんも、近所の人達も、本当は何があったか知っていたのに、後ろめたい気持ちがあって、言いたくなかったんだろうね」

 囲は、トミコが自殺するまで続いた。彼女の死後、村人達は「家の管理をしたくないからトミコを見捨てたんだ」と兄を貶し、よそ者の大野一家が来てからは、大野春子が囲の対象になった。

「こんな事を言うのは、どうかと思うけど……春子さんは、まだ運がよかった。このままこの村にいれば、攻撃はさらにエスカレートして、春子さんはトミコさんと同じ運命を辿っていたかもしれない」

「……どうして……こんなことを……」

「調査官が考察したとおり、かな。ガス抜きのためと、治安のため。共通の敵がいれば、村の団結力が強くなると考えていたから……。

 でも、そんな方法でまとまった集団なんて脆いもんさ。現に事象が起こってから、トミコさんをいじめた人間達は、お互いに責任を押し付け合っている。

 事象の原因がトミコさんの呪いだと恐れられているのは、後ろめたさがあるからだよ。村人達だって、恥ずべき行いをしたと理解しているんだ」

「間違っていると分かっていたなら、どうして、やめなかったんでしょう……」

「『トミコさんを庇えば、次は自分が対象にされる』と、思っていたのかもしれない。ここまで囲に基づいた風習が続いてしまったのも、同じような理由かな。

 村の老人達の中には、実際に囲が行われているところを目撃した人間もいるはずさ。トラウマになって、対象にされることを酷く恐れている。
 やめたくても、対象になりたくないから言えないでいる。対象への攻撃を嬉々として行う人もいるから、周りの顔色を窺って、同調するしかないんだ。

 止める人がいないから、この風習は続いてしまった。若者が村から逃げたくなるのも頷ける。
 恵吾さんが大野さん達に家を売ったのは、風習に染まっていない大野さん達が、村を変えてくれると、期待してしまったからじゃないかな……」

 逢が震えるほど拳を握り絞めているのをみて、四辻は言葉を止めた

「これ以上はよそう。あまり気持ちの良い話じゃない」

 逢は小さく頷いた。

「大野一家についても情報が入ってきた。池柁恵吾さんと関わるまで、大野さん達は村に関わっていない。彼らが事象の原因と関わっているとは、考えにくい」

「それなのに……どうして、大野さんの家の周りで事象が頻発するんでしょうか?」

「霊があの家を選んだのは、あそこじゃないといけない理由があるからだよ」

「でも、池柁一家も大野一家も、事象の原因に関わっていないんですよね?」

「うん。……でもね、霊の正体が、ずっとこの村に住み続けていた村人なら、本当の住処から目を逸らさせる為に、必ずあの家を利用するはずだよ。
 そして、今この状況で殺人があった事実を隠しておける人間は、二人しかいないんだ」

 四辻は続けようとしたが、遠くで誰かが叫んだことに気付いて口を閉じた。

「四辻さん、今のって……」

「大野家の方から聞こえた。行こう」


大野家の結界と札について

 天井が落ちた大野家の寝室。それを窓から見てしまったのか、男性が一人腰を抜かして倒れていた。

「大丈夫ですか? 中島さん」

 四辻が横にしゃがみこむと、中島は座りこんだまま部屋と四辻を見比べた。

「……無事だったのか。大きな物音がした、と近所から通報があってな、俺はてっきり……」

「お騒がせしました」
「ああ、まったくだ。無事でよかったよ」

 中島は溜息を吐きながら立ち上がり、視線を再び部屋の中に向けた。

「お前達が来てから、村で暴れている霊とやらが、随分と凶暴になったような気がする。
 手遅れになる前に、出て行った方がいいんじゃないか? 殺された仲間の仇を討ちたい気持ちも分かるが、やられちまったんじゃ、死んだ奴も浮かばれないだろ……」

「これは霊の仕業だけじゃありませんよ。何者かが結界に穴を開け、僕達を閉じ込めて殺そうとしたんです」

 四辻は札を取り出すと、中島に見せた。

「この家に貼った札は、結界を作り、怪異の侵入を拒むものです。もし結界の中に怪異がいれば、その力を弱めることもできます。しかし、結界は——人間の手で壊されました」

「結界ねぇ……。そんな魔法みたいなことができるなら、何であんたが怪異を退治できないのか、ますます不思議になってきた……」

 中島が呆れた顔を向けると、四辻は溜息を吐いた。

「それができるんだったら、わざわざ捜査なんて、まどろっこしいことしてませんよ」

「切り札とやらは、霊の正体を暴かないと使えないんだったか……。逃げ続けるだけで、そんなことできるのか?」

「怪異は人間の気を食らう。そのために、怪異は人間の願望を叶えようとする。これが、怪異が事象を起こす動機です。この動機を突き詰めていけば、必ず怪異の正体に辿り着けます。今までもそうしてきました」

「……捜査の進捗を聞かせてくれるか?」

「今回おみとしさまが縄張りを荒らす怪異に気付けなかったのは、怪異がこの村に縁のある人間の霊だったから、おみとしさまが霊を自分の一部だと思い込んでしまった所為だと仮説を立てました」

「それで?」

「その霊は天井と結び付いていて、天井を異界に変える能力を持っていました。その能力を使い、自分を殺した人間を庇う為に、自分自身の遺体を隠そうとしたんです。

 もしかしたら、本当はそこで終わりにするつもりだったのかもしれません。でも、遺体を隠し続けるために、霊は消える訳にいかなかった。だから遺体を盗み、降らせることで恐れを集め、存在を保ったのです。

 僕は、霊の正体が、他の土地に移り住んだ村人なのかと思っていました。でも、違った……事象を起こしている霊は、この土地に住み続けていた人間でした」

「……この村の歴史は長い。霊の正体を見つける為に過去を遡るのは、大変なことだ……」

「いいえ。もっと簡単なことでした。
 村の中で誰かが殺され、殺された誰かは、殺人犯を庇っている。そして、どういう訳か、毎日警察官のお二人が、いなくなった人がいないかを確認しても、その亡くなった誰かは見つかっていないんです。……どうしてでしょうね?」

「………俺を疑っているのか?」

 そのとき、庭を調べていた逢が声を上げた。

「四辻さん、ありました!」
「ありがとう!」

 四辻が返事し終えるのを見計らったかのように、中島が掴みかかった。

「お前には、俺が殺人犯を野放しにするような人間に見えるのか? 池柁トミコさんの件がまだだよな。トミコさんの呪いじゃなかったのか!?」

「捜査の結果、あの家は霊の住処ではありませんでした。しかし霊にとって、あの家は事象を起こすのにちょうどよかったんです。

 霊は村人。だから『おみとしさまが、村の外から来るものを嫌う』ということを知っていた。

 わざとあの家で遺体を降らせる事で、あたかも神隠しと遺体を降らせたのが、おみとしさまの祟りだと村人に思い込ませたのです。

 さらに、4人の遺体を大野家の周りに降らせたタイミングは、太田捜査官達がこの事象を担当することになった翌日。おみとしさまの祟りを否定できても、囲という因習に殺された池柁トミコさんを無視できなくなる。

 トミコさんの悲劇をも利用したこの犯行のせいで、太田捜査官達も、僕達も、まるであの家に何かがあるかのように思わされていたんです。

 あの家は、怪異が本当に隠したかったものから目を逸らさせる為の、スケープゴートにされていたんですよ」

「……」
 中島は脱力するように下を向いた。
「……誰なんだ? 無関係の大野さん達や亡くなったトミコさんに罪を被せ、殺人にさえも手を染めるような悪霊になってしまったのは……」

「その悪霊に繋がる痕跡を、彼女が見つけてくれました」

「四辻さん!」

 駆け寄ってきた逢は、先程とは違い、焦っているようだった。その彼女が指さす先で、一人の青年が深々と頭を下げていた。

「……加藤捜査官」

 四辻が近づいて来る気配を感じても、加藤は頭を下げ続けていた。やがて、四辻が加藤の前で足を止めると、加藤は謝罪の言葉を口にした。

「連絡もせず、大変申し訳ございませんでした。でも、どうしても……太田先輩を殺した怪異の正体を、自分の目で確かめたかったんです!」

「あたし達に連絡したら、送り返されると思っていたみたいです。だから直接会いに来ようとして……」
「そんなことだろうと思っていたよ」
「四辻さん、あの……もし可能なら、彼を捜査に……」

 四辻は逢を一瞥した後、加藤に頭を上げさせた。

「危ない事はしないと約束できるなら、いいよ」
「あ、ありがとうございます!」
 加藤は再び頭を下げた。

「でもその前に、教えて欲しいことがある」

 加藤が「えっ」と頭を上げると、四辻は窓に貼られていた太田の札を取り出して、加藤に見せた。

「太田捜査官と君は、あの家に結界を張ってから中に入ったんだよね?」

「はい。ですが、結界は怪異に破られました。異変を感じた先輩は、真っ先に俺を逃がそうとしました。そのせいで、上から降ってきた家具の下敷きに……」

「そうか……。やっぱり、結界は張られていたんだ」

「先輩は、結界が不得意だったみたいです。……でも、俺を庇ったりしなければ、きっと怪異を追い払えていました! 先輩に鍛えられた俺が、先輩の強さを証明します!」

「その前に、もう一つ。これが一番大事なことだ」

 四辻は加藤から目を逸らさずに、あることを確認した。

「…………え?」
 加藤の目は見開かれ、長い沈黙のあと、彼は頷いた。

「誰に渡して、話してしまったのか、教えてくれる?」

 加藤は話しながら、ボロボロと涙を零して泣き崩れてしまった。

 呆然とする逢に、四辻は声をかけた。

「逢さん、悪いけど彼を車へ。迎えが来るまで、彼の様子を見ているように、運転手さんに伝えて。彼がここに来たのは、僕が彼に捜査協力を要請したからだというのも、付け加えておいて」

 逢は加藤を支えながら歩き出した。
 二人を見送りながら、四辻は苦々しい表情で呟いた。

「……ごめんね。でも、今の精神状態じゃ、霊の住処には連れて行ってあげられない。後悔と罪悪感が穢れを呼び込んで、命を落としてしまうかもしれない。亡くなった太田捜査官の為にも、ここで君を死なせる訳にはいかないんだ……」

 深い溜息のあと、四辻は中島に視線を戻した。

「これから、いくつか質問をします。僕の推理が正しいか、確認をするためです。どうか、正直にお答えください」

「当然だ」

「まず、消えた遺体は、全員発見されていますか?」

「間違いなく、全員見つけた。田原と俺で、全員を家族の元に帰してやれた」

「独居していて、最近見かけない方は?」

「いない。遺体が盗まれるようになってからは必ず毎日、俺とあいつで村人全員の顔を見るようにしているからな。日によって担当する場所も変えてるし、顔を見てない村人はいないはずだ」

「このひと月の間、あなたは本当に、村人全員の顔を見たんですか?」

 中島の表情が強張るのを、四辻は見逃さなかった。

「本当に、顔を見ていない人はいませんか?」

 中島の顔から血の気が引いていく。

「心当たり、ありますよね?」

 中島は首を振った。

「そんなはずはない。だって、あいつはそんなこと、一度も相談しなかった……」
 受け入れがたい現実に、押さえた口から否定の言葉がとめどなく溢れ出る。

 中島の様子から霊の正体を確信した四辻は、自分の口角が上がるのを感じた。