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照魔機関 第9話1/2 天井下り事象 禍害降る家


田原の証言

 中島は遺体を町に運んでいった。遺体は町で機関に引き渡され、検死が進められることになっている。

 祖母を気にかけ、帰ろうとする田原を、四辻は思い出したように呼び止めた。

「すみません、田原さん。もう何点か確認することがありました」
「なんでしょう?」

「消えた遺体は、全員発見されていますか?」

「報告漏れの心配でしょうか? 今日発見した田畑さんも含め、消えた村人6人とそちらの捜査官1人……間違いなく、7人全員発見されています」

「では、事象が始まる前から行方不明になっている人はいませんか?」

「え? えっと……いないと思います。捜索願は出されていなかったと思うので。……どうしてそんなこと聞くんです?」

「すみませんね。報告書の作成に必要なんです。……ちなみに、独居していて、最近見かけない方は?」

「いないと思います。最近は俺と中島さんで、毎日村人全員の顔を見るようにしているので」

「ありがとうございます。呼び止めてしまって、申し訳ありませんでした」

「いえ、とんでもないです。……あ、そうだ」

 大野が逢と話していて、こっちを見ていない事を確認すると、田原は声を潜めた。

「大野さんは知らなかったと思いますが、トミコさんの遺体が発見されたのは、大野さん達が寝室として使っていた部屋です。天井裏からロープを垂らして、首を吊っていたんですよ」

「おや、それはまた……。大野さんには内緒にしてあげたい話ですね」

「トミコさんが自殺したことも、事象が起こるまで知らなかったみたいですしね……。

 ご存じかもしれませんが、トミコさんのお兄さんの——池柁恵吾さん——と、大野さんは同じ会社に勤めていたらしいんです。恵吾さんは、もう何年もこっちに帰ってきていません。家の管理をしたくないから、事情を隠して大野さんに売り払ったって噂ですよ。

 事象が起ったあと、さすがに悪いと思ったのか、家を買い戻すことにしたらしいですけど」

「起こった事が事なので、良心が咎めたのかもしれませんね」
相槌を打ちつつ、四辻は内心情報の信憑性を評価していた。
(大野さんから聞いた話と矛盾はないな)

 トミコの遺体が見つかった場所、恵吾と大野の関係と家について、四辻は事前に大野から聞き出していた。田原は気を遣ったようだが、既に大野夫婦は寝室で不幸があったことを恵吾から打ち明けられており、酷くショックを受けていた。

「ところで、トミコさんはどうして亡くなったんでしょう?」

「……俺も、理由はよく知りません。ゴミ捨てにも出てこない程、ひきこもり気味の女性だったので……。でも、自殺の半年前にお母さんが亡くなっているので、跡を追ってしまったんじゃないでしょうか。俺があの家について知っているのは、これくらいです」

 そのとき、田原のポケットでスマホが鳴動した。画面を見た田原は、申し訳なさそうな顔を四辻に向けた。

「すみません、祖母です。仕事中はなるべくかけてこないように言ってるんですが、俺が言った事をすぐ忘れちゃって……」
 そう言って、田原は電話を切った。

「僕に構わず、出てくださって良かったのに」

「いえ、そんなっ。……本当にすみません。祖母の電話は、どうせ今回も大したことじゃないと思います。この前なんて、食べたばかりの夕飯の催促をされました。それにこの後すぐ帰りますし、直接聞きます」

「そうでしたね。では、お気をつけて。お婆様にも、よろしくお伝えください」

四辻は、申し訳なさそうに一礼して去っていく田原を見送った。


大野家前

「うわっ」
 案内された大野の家を見て、逢は短い悲鳴を上げた。いくつかの人影が、家を取り囲むようにずらりと並んでいるのが見えたからだ。

「村の人達です。引っ越し準備に来ると様子を見に来るんです。監視されてるみたいで落ち着かなくて、あまり進まないんです」
「でしょうね」

 家の玄関や壁には『よそ者出てけ』『人殺し』『責任取れ』などの張り紙や、スプレーで文字が書かれていた。

「俺達が引っ越してきたから祟りが起きたんだって言って、嫌がらせをするんです。家族の為を思ってこの家を買ったのに、こんな事になるなんて……」

「どうか気を落とさないでください。必ず、あたし達が大野さんの誤解を解いてみせます」

「そのためにも家の中を見させてもらいますが、大野さんは安全の為に、ホテルに戻って頂いた方がいいと思います。僕達と一緒にいたら、怪異に襲われる可能性がありますので」

「わかりました。中にはまだ家具が残ってますが、好きに調べてください」
 大野は四辻と逢を家に案内すると、様子を見に出てきた近所の人の目を恐れ、逃げるようにホテルへ帰って行った。

 遠ざかる大野の車の屋根に、カンっと何かが当たった。隣を見れば、何かを投げた素振をした男性が、腰を曲げて石を拾い上げたところだった。
その背の曲がった男性は石を握り絞め、大野の車が見えなくなるまで睨み続けていた。やがて完全に彼の車が見えなくなると、今度は四辻と逢に同じ類の視線を移した——が、

「こんばんは。警察の依頼で調査に来ました。中島さんと田原さんにも、この家を調べる許可をいただいてます」

 逢が国家権力を盾にしたので、男性は舌打ちすると、石を持ったまま足早に帰っていった。その様子を見て、幾人かの村人も去っていく。

「あー……逢さんのそういう図太いところ嫌いじゃないよ。でも、できれば話を聞きたかったな~」

 ぼやく四辻の隣で、逢は恰幅の良い女性と、ほっそりとした女性が、道の端からこちらを見てひそひそ話しをしているのに気付いた。
「必殺技の出番ですよ」
逢が四辻の袖を引っ張ると、意図を察した四辻はコクリと頷いた。

「こんばんは」
 四辻が必殺技スマイルを向けると、瞬く間に女性達から敵意が消えた。

 事情聴取を終えた頃には、他の村人の姿は見えなくなっていた。二人の女性に手を振ると、「実りのある会話だった」と四辻は満足そうな笑みを浮かべ、「左様ですか」と妙に白けた顔をした逢は大野家の玄関へ移動した。

 引っ越した時にリフォームをしたらしく、玄関のドアと照明は洋風だった。もし一家が何事も無くここに住んでいたら、やがて建物全体が洋風になっていたのかなと、逢は思った。

 ドアには容赦なく落書きや張り紙がされていたが、その中に、見覚えのある札が何枚か貼られているのに気が付いた。

「これ四辻さんのおふだじゃないですか?」
「今朝何人か寄越して貰って、家の窓や出入り口に外側から貼っておいてもらったんだ」

「内側から貼らせなかったのは、襲われるリスクを減らす為ですね」

 霊は天井裏に隠れている。室内にいれば、襲われる可能性が高い。

「もしトミコさんが問題の霊なら、彼女はこの場所と深く結びついているはずだ。その証拠を探そう。あわよくば、遺体を盗んだ理由も分かるといいんだけど……」

「あの、やっぱり遺体が降ってくるは、トミコさんの呪いの所為なんでしょうか? それとも、これ自体が呪いの儀式で、遺体を盗んで降らせるのは、儀式の一環だったりしますか?」

「ん、呪い? 村人が勝手に信じてるだけだよ」
「え!?」

「ん、犯人が本当にトミコさんなら、彼女の犯行の事を呪いと言うべきなのかな? でもね、降らせること自体に呪いの効果はないよ。
 仮に呪いだったとしても、一般人のトミコさんが、こんな大掛かりな呪いの儀式を知っているのは違和感がある。僕が呪いって言葉を出したのは、確かめたいことがあったからだよ」

「何ですか、それは?」

「トミコさんの死と、この村の因習が本当に関係あるのかどうか」

 四辻は端末を操作して、メールを確認したあと、首を横に振った。

「彼らの反応を見て、呪いを怖がる理由も、自殺の理由も、この村に残る風習が関係していると確信した。でもその内容は、おみとしさまの記録の閲覧許可が下りてから話そう。その部分、ちょうどフィルターに隠されてるんだ」

「もうっ情報部は何を躊躇ってるんですか! 許可が下りる前に解決しちゃいそうですよ」
「内容がかなり凄惨だからかな……」
 四辻は目を逸らしたが、逢にはその理由が分からなかった。

「話を戻しますが、今のところ、遺体がこんなことになってる理由の方は、全く分からないんですね?」

「困ったことに、そうなんだよ。トミコさんが本当に天井下がりの霊なのかも、怪しいところだし」
「どういうことですか?」

「田畑さんは山の中でトミコさんの霊に会っている、それに僕達も地下で彼女の姿を見た——これは、顔を見られたくない天井下り事象の霊の特徴に一致しない。
 施設内でのトミコさんの犯行を見ても、彼女は柳田支部長の首を絞めたり、職員達を部屋に閉じ込めたりと、自己主張が激し過ぎる気がする」

「でも、状況的に一番怪しいのは彼女ですよ。それに天井下り事象の霊は、かなり長い間この村に潜伏しているようです。短期間ここにいた足立さんさえ、穢れの影響で妖怪化しかけたんですから、トミコさんにも変質が起こっていてもおかしくはありません。

 天井下り事象を始めた時には姿を隠していた彼女も、変質によって、犯行がエスカレートしているんじゃないでしょうか?」

「……そうだね。容疑者から外すのは、家の中を調べてからでいいかもしれないね」

「もし本当にトミコさんが天井下り事象の霊なら、この家のどこかを異界に繋げて、遺体を隠していたのかもしれません。そこに行けたら、何か分かるかもしれませんよ」

「遺体を異界に隠した?」

 下を向いていた四辻の目が、まっすぐに逢を捉えた。

「だって、遺体は亡くなってすぐの状態で発見されました。それは時間の流れが違う異界に置かれていたせいだって、四辻さん、さっき言ってたじゃないですか。きっとこの家のどこかに異界への入り口があるんですよ」

 四辻は何かを考え込むように虚空を見つめたが、少しして考えがまとまったのか、庭の方へ歩き出した。

「先に庭を調べよう。結界にほころびがないかも見ておきたいしね」

 大野家の庭は、積み重ねられた石や、松の木が美しい日本庭園だった。

「立派なお庭ですね——わっ」

 四辻は転びかけた逢を支えると、足元に目をやった。

「昼に雨が降ったせいで、地面がぬかるんでいるようだね」
「ぐちゃぐちゃですね……。長靴履いてくればよかったなぁ」
 四辻は庭に怪しいところがないと分かると、札を確認しにいった。窓や裏口に貼り忘れはなさそうだった。

「結界でどのくらい怪異の力を抑え込めるんですか?」

「結界っていうのは、簡単に言えば壁みたいなものだから、壁を破ろうとする怪異の力が強ければ強い程、結界の効果は弱く、持続時間も短くなる。でも、今回は運がいい」

 四辻は玄関に鍵をさしこむと、得意げに笑った。

「この結界を作って貰ったのは、今朝だ。霊が空き家で事象を起こしたのは夕方。その間、結界が破られた形跡はない。つまり——あの霊には、結界を破るほどの力はなく、今この家の中にはいないということになる。

 霊の力を封じる為に結界を作ったつもりだったけど、外に閉め出せたのは嬉しい誤算だった。中に霊がいなければ、加藤捜査官達のように襲われたりしないはずだよ」

「よかった。少し気が楽になりました」

 逢が安堵の溜息を吐いたのと、四辻が素早く後ろを振り返ったのは同時だった。

「先に中へ」
 いつの間に取り出したのか、四辻は数枚の札を手にしていた。

 逢は大野から借りた鍵を使って解錠すると、素早く中に入って玄関の電気を付け、外の様子を窺った。狐の窓を通しても、明かりが届くところには何も見えない。

 少しして、四辻も外を警戒しながら中に入り、ドアを閉めると幾重にも札を貼った。

 ——バンッ。

 見えない何かが、ドアにぶつかった。

 ——バンバンバンバンバンバンッ!

 いや、ぶつかったのではない。叩いている。
 姿の無い何かはドアノブをガチャガチャと鳴らした後、玄関を、窓を、裏口を、屋根を叩き回った。

 声にならない悲鳴を上げる逢の肩を抱き寄せ、四辻は家の周りをグルグル回るモノの気配を追った。

「……遠ざかる。諦めたらしいな。……あれ?」
「ど、どうしました? 結界、壊されちゃいましたか?」

「結界は無事だよ。でも、ここが住処だとすれば、やけにあっさり引き下がったな、と思ってね。縄張りをこんな形で奪われたら、もっと激しく怒ると思うんだけど……。それに、朝も。霊は外で何をしていたんだ?」

「う~ん……。遺体を探して回っている内に閉め出されて、何度試しても結界を破ることができなかったから、諦めがついた、とか?」

「……かもしれない。とりあえず、今はこの家の捜査をはじめようか」

「はい! 準備はできてます!」

 逢が測定器を片手に意気込みを見せると、四辻はようやく表情を和らげた。

「頼りにしてるよ」

大野家 内部

 大野家は平屋の小さな家だ。玄関から入れば、すぐ目の前に物置が見える。右側に夫婦の寝室があり、壁を隔てて子供部屋がある。廊下の奥に洗面所、風呂、トイレがあり、その向かいに居間、隣に台所と裏口があった。

 大きな家具はそのままにされていたが、荷物が入った段ボールは物置にまとめられていた。大野は着々と引っ越しの準備を進めているらしい。

 加藤捜査官達が襲われた現場、台所では、床の一部が大きく割れて血痕が付いていた。霊はただ物を落とすのではなく、天井から射出しているようだ。

 ざっくりと家の中を見て回ったあと、逢は呻いた。

「5人の遺体を盗んだ理由って、何なんでしょう。今さらですが、この家を探して見つかるものですか?」

「それはまだわからない。でも、もしかしたら、8人目の遺体が見つかるかもしれない」

「え?」

「一つ、可能性を思いついた。逢さん、僕達がさっき立てた【遺体と怪異の関係】についての仮説を読んでみてくれる?」

 逢はノートの朗読を始めた。

「最初に遺体が盗まれた5人の内、怪異が関わっていそうなのは、交通事故でなくなった3人のみ。5人の共通点は機関が調べた結果、この村の人間ということだけだった。
 5人が選ばれた理由は、偶然だった? 霊が欲しい遺体は、どこの誰でもよかったのかもしれない」

 読み終えた逢は視線を四辻に戻した。

「あくまでも、霊の目的は遺体を盗む事だった、ということですね……。でも、どうしてなんでしょう。何かの儀式に必要だったとか? 霊は遺体を降らせて邪神を召喚としていた! ……とか」

「さっきも言ったけど、トミコさんは一般人女性だよ。」

「うっ……儀式の可能性は全くないって言いたいんですね……。じゃあ、四辻さんの意見を聞かせてください。『8人目の遺体』って、どういうことですか?」

「さっき逢さんが、『遺体を隠す』って言ったのを聞いて、霊の動機が分かったんだ。霊は、遺体を盗みたかったんじゃなくて、隠したかったんだよ」

「……隠したかった? じゃあ、やっぱり、盗まれた5人の遺体の中に、トミコさんと深く関わっている人がいたんですね……。でも、どうして隠すんです?」

「人間が遺体を隠したいときって、どういう時だと思う?」

「え? えっと~……人を殺してしまったとき……ですかね」

 四辻が頷いたのをみて、逢は寒気を感じた。

「でも、事件性があるのは交通事故だけです。その頃はまだ霊体が変質していなかったとして、これが彼女の仕業だったなら、どうして彼女は遺体を隠して罪から逃れようとしたんでしょう?」

「殺人に関わったのが、自分にとって大切な人だったとしたら?」

「……それが、自分の命よりも大切な人だったら、庇ってしまうかもしれません」

「トミコさんには、そんな人がいたのかもしれない。彼女はその人を村人からも警察からも守ろうとして、事象を発生させた。
 ……でも、そうすると、おかしな点があるんだ。君が言う通り、事件性があるとすれば、交通事故だけなのに、それが起こる前に、佐藤千代子さんの遺体が消えてるんだよ。

 だから……もしかすると、本当に隠したかった遺体は、別にあったんじゃないかな」

「本当に隠しておきたい遺体が他にあったなら……5人を盗んだ時から、霊は飢餓状態で、村人の恐怖を煽るために盗んでいたってことになるかも……。

 もしかして、それを確認する為に、田原さんに『最近亡くなった人はいないか、生きている人間で、行方不明になっている人はいないか』って聞いたんですか?」

「さっきは、あくまで可能性を広げる為に、トミコさん以外の人間が霊になっていないかを確認しようとしたんだ。でも、君が遺体を隠すと言ったから、この仮説を閃いた。……村人は、誰も消えていないらしいけどね」

「誰もいなくなってないのに、誰かが殺されていなくなったって……。新しい異常現象ですか?」

「こういうのはどうだろう——殺害されたのは、村の外の人間だった。

 トミコさんの霊は、その殺人に関わった、この村に住む誰かを庇う為に、殺害された人間の遺体を異界に隠し続けている。

 霊として存在を保てなくなれば、その人を庇えなくなるから、村人に危害を加えることで、彼女は村に留まり続けている。天井下り事象を起こしたのはその為だったけど、村の穢れにより霊体の変質が始まり、凶暴化したトミコさんは田畑さんを襲って施設での犯行も行った。そう考えれば、一応辻褄は合う」

「ひと月前にこの村を訪れた人に、捜索願が出されていないか確認します!」

「ありがとう。でも、たぶん出されてはいないよ」

「どういうことです?」

「捜索願が出されていたら、警察官が知らないはずはない。つまり、行方不明になった人間を探す人は……誰もいなかったんだ。

 でも、太田捜査官達が、池柁一家の捜査を機関に依頼してくれていた。もうじき結果が届くはずだよ。トミコさんが今回の騒動に関わっていれば、何かわかるはず。

 だけど、もしこの家に何もなくて、トミコさんが庇うような人物も見つからなかった場合……彼女は、この事象の容疑者ではなくなる。霊は、別の誰かということになる」

 四辻は視線を子供部屋の方へ向けた。

「もし、トミコさんの霊がここを住処としているなら、彼女はこの家のどこかを異界に繋げて、8人目の遺体を隠しているはずだ。まずは、事象が起った子供部屋から始めようか」

 佐藤千代子の遺体と、太田捜査官の遺体は、子供部屋の天井からぶら下がっていた。

 逢はハンディターミナルのような機器を片手に頷いた。照魔機関が開発したこのハンディ機器は、霊媒研究の集大成。怪異が発するエネルギーを数値化することができる。

 二人は部屋に入ると、まず天井を見上げた。

「大野さんの一番下のお子さんは、部屋の天井を見上げて笑っていたそうですね。春子さんは、お子さんが異変に気付いていたんじゃないかと、気にしていましたが……」

「笑っていたのは、天井の木目が動物みたいに見えたからじゃないかと、大野茂さんは言っていたけど……」

 見上げれば、確かに動物の顔のような木目が見えた。

「ネコ」「イヌ」

「事象とは、関係ないのかもしれませんね」
「だね」

 次に、分かれて壁や床を調べ始めた。ぐるっと部屋を一周すれば、二重に調べられたということになる。

 しばらくして。

「異常ありません。四辻さんはどうでした?」
 振り返ると、四辻はうつ伏せに横たわっていた。

「えっと……何してるんですか?」
「床下の気配を探っているんだ。次の部屋に行こう」

 廊下を這いながら移動する四辻を追い越し、「動きづらい。脚があともう4本欲しい」とぼやく四辻の為に、逢は寝室の襖を開けてあげた。

 次の部屋でも二人は同じことを繰り返し、やがて全ての部屋を調べ終えた。

「何もありませんでしたね」
「あとは——」

 四辻は立ち上がり、天井を見上げた。

「この上かな」

「下から明らかな危険がないことは確認できましたが……行くんですね?」

「霊は天井と深く結びついているから、下からじゃ分からない事が分かるかもしれない。それに……彼女の死因は天井と関係している」

 今から半年前、トミコは天井裏からロープを垂らして、首を吊って亡くなっていた。

「行くなら、着替えが先ですよ」

 逢はバッグから作業着を取り出し、四辻に渡した。既に床を這いずり回っていた所為で服は埃塗れだが、着替えさせないよりはマシだと思った。

 作業着に着替えた四辻に、逢はライトとカメラ付きのヘルメットをかぶせた。さらに、手には軍手、口にはマスク、目にはゴーグルを装備させていく。

「大袈裟じゃない?」
「何言ってるんですか。足りないくらいですよ」
「えー……」

 天井裏に上がる方法は、あらかじめ大野から聞いていた。寝室の押入れの天井を押し上げると、四辻は点検口から天井裏に消えていった。

「どうですか?」

「梁にロープをかけた痕跡がある。トミコさんはこの梁にロープをかけ、点検口から外に出し、押入れを背にして首を吊った。この高さなら、そこの窓から様子が見える」

 逢は視線を、押入れから右の方へ向けた、ちょうど手を楽に置けそうな位置に、長方形の窓がある。

「さっきのご婦人方は、押入れからトミコさんの脚が不自然にはみ出しているのを見たと言っていた」

「ご近所さん達、家に引き籠っていたトミコさんを心配する気持ちもあったのかもしれませんが、家の中を覗かれるって、何だか落ち着きませんね……。あれ、そういえば春子さんも、窓から覗かれたって言ってましたっけ?」

 天井から大きな音がした。

「四辻さん!?」
「大丈夫。蜘蛛の巣に引っかかっただけだよ……埃の量も酷い……」

「無理しないでくださいね」
「でも、子供部屋まで行ってみるよ」

 四辻が動くたびに、天井から音が響く。逢は四辻の気配を追いながら、子供部屋に入った。

「四辻さーん! 何か見つかりましたか?」

 しばらくの無音のあと、

「霊の犯行手段が分かった」

 四辻が道を引き返す音が聞こえ始めた。


第9話2/2に続きます