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噂の出どころ

 わたしは長いこと先生に目立たないようにしている。
 私の家には父の格言ある。目立つときは意味もなく目立つな。いい子だとか、クラスで成績がいいくらいで目立ってはダメ。はみ出すなら大きくはみ出せ、出ないと悪意がケツに食いついて、人の一番うまいとこを持って行ってしまう。と、言っていたのを思い出す。それは嘘ではないと思う。ただかわいいだけ、勉強ができるだけで、その人の大切なやわらかく、壊れやすい時間を奪っていってしまうのを何度も見てきた。
 父の教えを守ったので、わたしの時間を守ってこれた。幸い、友達もできた、男の子の恋人もいる。ちょっぴり傷ついたことも、大失敗しちゃったことも、紅茶に入れたはちみつみたいに溶かして飲んだ。ただ、カフェインで胃が荒れるように、記憶を乱してくる。
 文学部棟の校舎は大学のちょうど真ん中にあって、経済学部、教育学部、文学部、工学部の順にある。その奥にも理学部や、教育学部から下ったところに法学部があるけど、そこは割愛。
 正面の校門から延びる坂をまっすぐ自転車で下ると、いつも風で舞う女の子のスカートを狙ういやらしい男の子たちが坂の途中のベンチに陣取って、小春日和を楽しんでいる。ベンチの後ろの松は大きく3メートルは越えて、海から拭き上げてくる風に揺れいた。公転周期が変えた季節はこれから来る冬を予感させ、過ぎ去った夏を日差しによって感じようとしている。
 図書館の前を過ぎようとすると、馬術部が馬を散歩させ、馬は優雅なおしりから糞をたらし、従者のような部員がお姫様の醜態を隠そうと必死になっている。お姫様は尻尾を揺らすだけ。正門から理学部までの大通りを行き交う学生はさまざまな恰好で往来している。真夏の名残か、半袖ハーフパンツ、秋らしくブラウンのチェック柄のスカートを履いた学生に、レザーパンツに白シャツを着こなす留学生などがいる。
 図書館の前を突っ切って、文学部棟の前に自転車を止めた。文学部棟は上から見るとコの字型をしており、60年代の近代建築の特徴を残す二階建てのレンガ造りで、左右にパンジーの植わった花壇がある。正面玄関を入ると中央階段を中心に廊下が左右に伸びている。また、玄関からは全面ガラス張りで踊り場を介して二股に分かれた中央階段を外から眺めることができる。
 わたしは中央玄関からすぐ階段を上がった。床は白い大理石風模様のビニル系の床材が所々剥げている。同様に壁も長年の使用で白の壁紙が黒ずみ、文化祭の飾りつけの為に打ち付けて抜けなくなった釘がさびている。木製の手すりは手の油で独特の照りが出ていた。そのまま階段上り、右に曲がった。20人くらいの小さな教室が並ぶ南館を抜け、西館の研究室棟の二回、212の汐留研究室の前にやってきた。
 ノックを二回すると、先生は返事をしたので研究室に入った。ジャスミンの香りのする研究室の壁は本が並びマクルーハン、カートアンダーセンの本が並んでいた。先生は奥の窓際でパソコンと睨めっこしていた。
 「彩里(さいり)先生、こんにちは。」
 「来た。どうぞどうぞ座って。」
 そういうと、先生は部屋の中央にあるバウハウス調の椅子を勧めて、テーブルで向かい合った。
 先生はグレーのツエードジャケットにボーダーの長袖にジーンズ、エナメル皮のオックスフォードシューズを履いていた。いつものスタイルだ。カナダと日本のダブルで髪型はベリーショートのブルネット。眉は濃く鋭角で、栗色の目に弓を引いたような形で均整の取れた目をしている。鼻は通っているがアジア系の鼻頭がすこし大きい。色白の顔をして、大学の先生というよりかはモデルのような女性だ。
 「それで、用事ってなんですか。」
 「そうそう、あなた身内の青春についての短いエッセイ出してないでしょう。困るのよ。来年から始める二年生で開講するクリエイティブライティングの授業の予行演習する為にお願いしてるのに。」
 「え、でも両親がいるのは遠い地元ですし、近くに親類もいないですよ。
 「ウソ言わないの。うちのゼミのお兄さん。充(みちる)くんに訊いたら、おじさんがいるそうじゃない。他にも頼んでいる子はいるけども、いろんなパターンを見るためにお願いしてるんだから。」
 余計な事言って、お兄ちゃん。右の奥歯を噛んだ。
 「そうなんですか。」
 「そうよ。それに、あなた将来メディア系を志望しているんでしょう。来年、三年生で就活するとなるとライティングの練習する暇なんかないかもしれないんだから、できるうちにやっておいた方がいいわよ。それに私あなたの文章好き。とっても面白い。」
 この言葉にわたしは弱い。二年生の頃、アメリカンジャーナリズムについてもレポートが気に入られたのをきっかけに研究室に来るようになったけど、素直に言われると照れてしまう。
 「そうですか。」
 「そうよ。そうだ、お茶飲まない。さっき出したばっかりなの。」
 「いただきます。」
 卓上の魔法瓶からジャスミンティーを琺瑯製のマグカップに注いだ。
 「ありがとうございます。その件についてわかりました。」
 「ならよかった。わたしからの要件はもうないわ。一息ついたら、帰って大丈夫よ。」
 熱々のジャスミンティーを飲みながら、また先生はパソコンに向かい始めた。
 「先生はジャスミンティーがお好きなんですか。」
 「どうして。」
 「だって、先生の香水もジャスミンの香りがするし、ジャスミンティー飲んでるから。」
 「そうね。大好きよ。何でかはわからないけどもね。」
 「そうですか。」
 「そうそう、それよりどうしておじさんがいた事を秘密にしたの。お兄さんが話してくれたけど、ずいぶん面倒見がいいそうじゃない。」
 「兄はずいぶん慕っているみたいですけど、お節介焼きな所がちょっと苦手でめんどくさいんです。」
 先生は視線を外の色づき始めたポプラの木に向けた。
 「そうなの、いいところだと思うけどね。」
 「そうですかね。それにしゃべり方もバカ丁寧というか。」
 「そうね、最近は苦手意識をもってしまう子もいるわね。」
 そう言うと、互いに黙ってお茶をすすり始めた。
 「ごちそうさまでした。」
 「カップはそこ置いておいて。」
 「それじゃあ、私失礼しますね。」
 「はーい、じゃあ頑張ってね。楽しみにしてるは。」そう言うと、振り返って、私が部屋を出るまで手を振ってくれた。

 アパート五階、505号室の玄関ドアが開くと、大きな四角い顔に細い目と太い眉が印象的なおじさんがニコニコしながら玄関に招き入れてくれた。
 「おお来たか、澪ちゃん。外は寒くなかったか、腹減ってないか。え、そうだ充にケーキでも買ってこさせよう。」
 「おい、充ちょっと来い。」
 「なに、おじさん。あ、澪。澪もおじさんのところに用なの。」
 「おじさんにちょっと、相談があってね。それよりお兄ちゃん、おじさんに迷惑かけてない。
 「ううん、おじさんが俺のことを呼ぶんだよ。」
 「うるさいぞ~。充~。だいたい、お前が入り浸ってるんじゃないか、しょっちゅう女の子に振られるのがいけないんだぞ。」
 「おじさん~。」
 「そんなことはいいから、これやるからちょっとお使い行ってこい。澪ちゃんにケーキだ、ケーキ。」
 「めんどくさいよ~。いいよ、こいつなんかに。」
 「うるさい、バカっ。いいから買ってこい。それと、一時間くらい戻って来なくていいぞ。」
 そういうと、これでは足りないと言わんばかりにおじさんの財布を見つめた。おじさんもいやいやながら、黒い長財布の中身を眺めながら、細い目をより細め、もう一枚千円札を取り出した。
 それをピっとつまむとぼろぼろな黒のコンバースを履いて、ゴーグルのついた半ヘルと赤のジャンパーを着て、勢いよく出かけて行った。
 「玄関でぼさっとしないで、あがって、あがって。今、お茶淹れるから。」
 玄関を通ると左に洗面台所、トイレ、バスルームが並んでいて、20畳くらいのダイニングキッチンと十畳ほどの洋室が二つあった。廊下から見て正面には大きな窓があり、その左側にはエアコンが取り付けてある。右側には本棚とテレビ、本棚には建築の本がほとんどだが、江戸文学とアメリカ文学の本が目についた。テレビは比較的小さかった。その前には大きめな座卓の半面を囲むようにキャメルカラーのローソファーと大きめな座卓が配置されていた。ソファーと座卓が乗る面には畳が敷いてあった。
 テレビの前の三人掛けのソファー通されて座った。
 「ちょっと、待っててね。お茶いれるから。」
 「あまり、お構いなく。わたしがおじさんに協力してもらうわけですし。」
 「ばか言っちゃいけません。澪ちゃんだって、私の大切な姪です。それにうちの家系には珍しく、こんなにかわいくて、上品な子がうまれちゃって。あの野蛮な兄貴から生まれてくるなんて、なんかの間違いじゃなか。みちるなら、ともかく。おやじもすぐに手の出る方だったけど、おふくろはすぐに血が頭こう、カッとなるほうでさ。顔がゆでだこみたいになってやんの。そのくせおだてに弱くってね、きれいな人だった。だから、気をつかわないなんてできませんね。」
 そう言いながら、ニコニコと笑いながら目を細め、電気ケトルでお湯を沸かし、手際よく急須で緑茶を二ついれた。お盆に個包装の醤油おかきと、お茶を二つ乗せ、私の左側に座った。
 「さてさて、おじさんになんでも聞いてちょうだい。確か、大学の宿題でしたね。」
 「そう、さっき電話で話した通りなんだけど、私、先生のところでバイトしてるんだけど、授業の予行演習として作文を書いて提出しないと。それで、おじさんに手伝ってほしいの。またそれが、おじさんの青春の話にについてなの。ただ、おじさんが言いたくなければ断ってもかまわないよ。」
 「はは~ん、それは弱っちゃったなおじさん。おじさんだって、長いこといきてますからね、青春の話なんかいっぱいあるよ。そりゃ。でもさ。言いにくいことだってあるじゃない。」
 「そうよね、言えないよね。いくらおじさんが優しくて、頼りがいがあってもダメね。」
 「いや、待て待て。おじさん、全部がダメって言うじゃないんだ。例えば、どんなのがいいんだい。」
 「それは、やっぱり恋の話なんかが聞きたいと思う、私が読み手だったら。でも厳しい。」
 「恋か~。恋ね~。」
 「そう。恋。」
 「よし。その前におしっこ。」
 おじさんは、白のハーフパンツに青いダボシャツ姿でおしりをきゅっと、締めたまま、ゆっくりを歩いて行った。お茶を一口すすり、レポートパットとボールペンを取り出して、準備をしていた。
 準備が終わり、五分ほど待っていたがまだ戻ってこないので、トイレにノックした。心配して声をかけるとおじさんは、しずくを切っているとこですからね。と、言ったのでまた戻ったが、さらに五分経っても、戻ってこないのでトイレの前で話しかけた。
 「おじさん、本当は話したくないの。」
 「いや、今出そうだから、話しかけないで。」と、言うと。大きな音がした。豪快であった。くさっ。
 改めて戻ってくると、ぬるくなったお茶を一息に飲み干し、わたしの湯飲みを下げて、二杯目を持ってきてから、一口飲んで話始めた。

 「ふ~、改めて話すと恋は奇妙なものですね。尋ねられると、その時のことをありありと思い出してしまいます。わたくし、改めてまして辰巳と申します。おふくろの話によりますと、辰年に産気づいて、巳年に生まれたましたので、姓が辰、名は巳、から辰巳(たつみ)と両親には名付けられたのでございます。
 さてさて、恋の話でしたね。恋と言えば、大学院一年の頃ですね。そのころわたくしは建築学科を出て、院生生活をしておりました。学部生の頃は遊びましたが、その頃はあまりパッとしない生活でしたので、好きな人もいなければ、一緒に出かかる友人も少なく、さもしい生活ありました。
 そんなある日のことでございます。わたくしの恩師から連絡をいただきました。その恩師というのは、わたくしが大学入学前、浪人生をしておりました頃、その時の予備校の先生でございます。先生の言付けとしては、わたしの兄の息子が、甥御さんですね、君と同じ大学に入学したのだが、兄夫婦はアメリカに仕事で離れられないし、わたしも予備校の仕事を離れてそっちに行くこともできないから、少し気にかけてくれないか。ということでした。しかし、わたくしも、卒業制作や建築士の試験など忙しい身でしたし、すこし前にバブルがこう、ボンッとはじけましたのでその前の年の就職はおぼつかず心理的にも落ち込んでいるころでしたから、気乗りしません。それを先生に伝えまして、丁重にお断りしようと致しました。ですが、先生は事情をくみ取ってか、もし気にかけてくれるなら多少の謝礼はするから、とおっしゃってくれました。話を聞くと日本語は話せるがずっと、小学生のころからアメリカ暮らしで日本になじめるか心配だとおっしゃるので、断れずに引き受けてしまいました。それが、その年の春のことでした。
 甥御さんと会うと、案外気が合いまして彼が日本に来た理由も江戸文学に興味を持ったことに因るところがありまして、井原西鶴、近松門左衛門、上田秋成なんかの元禄の頃について知りたかったそうなのです。そうしましたら、その頃の日本の若者は、教科書では知っていても時代の風潮としては拝金主義まっしぐらですから、理解されないわけです。ですから、自分の学部の一部の子としか話は合わないですし、同じくらいの年の子と共通の話題もないので困っていると言うのです。確かに、それは困りものであると私も思いましたので、彼にあることを勧めてみました。せっかく英語が達者なのだから、それを活かして英会話サークルや、留学生との交流会に参加してとりあえず友達を作ることに専念してはどうかと。ちょうど、わたくしのゼミの後輩の女の子がそのような活動に熱心に参加しておりましたので紹介するつもりでそう持ち掛けたのです。そしたら、そこはアメリカ育ちだからなのでしょうかわからないですけど、日本人と違い後輩の女の子を紹介するまでもなく、行動を素早くおこして、次の日にはサークルに顔を出していました。後で、後輩の女の子に訊いたら、やたら押しが強いのに、やたら日本人的な情緒の琴線を持ち合わせているようで、違和感が面白かったと言っていましたね。まあ、そんなこんなで事あるごとに相談に乗っていたのでございます。
 サークルに紹介してから、数カ月たった頃でしょうか。彼がすこし深刻そうに友達の相談に乗ってほしいと言うのです。どうせ、何かのやっかいごとか、失恋でもしたのだろうと思っておりました。今でも火曜日に行くのですけど、大学の近くの仏蘭西カフェ、キャフェ・ド・ブルボンで待ち合わせました。待ち合わせで先に待っておりますと、彼はとってもきれいなお嬢さんを連れてまいりました。わたくしが関わったお嬢さんとは全く違う顔立ちで、目を白黒させてしまいました。お嬢さんの方はジャスミンの香りを纏って、色白の肌、栗色の瞳に弓型の目をした外国人のような方でモデルさんのようでした。その方のお名前はなんと言ったか……。確か彼はサリーちゃんと読んでいましたね。それに彼女もサリーと呼んでくれと、自己紹介の時に言ってたと思いますね。
 そうそう、要件ですね。要はこういう事です。彼女はアルバイトの面接を受けるために町をてくてく歩いていたそうです。すると、突然声を掛けられ、スカウトマンからモデルのアルバイトをしてみないかと言うのです。さっきも申しましたが、顔も体つきも説明した通りの別嬪ですから、ありうる話です。ただ、彼女、いやサリーちゃんはバイトの面接の時間があるので急いでいたのですが、相手がごねるものですから連絡先を教えてしまったそうなのです。そしたら、毎日のように連絡がかかってくるので、会って話のけりを付けようとしたそうなのですが。サリーちゃんはいざ会おうとなったら、怖くなったので数少ない男友達の彼に相談したそうです。そしたら、わたくしに話が回ってきた次第です。
 わたくし、講道館柔道五段、少々武芸には心得がございまして、芸が身を助けてくれたことが何度もあったものですから。その事を先生から彼は聞いたのでしょう。
 サリーちゃんからの頼みごとを引き受けて、サリーちゃんがスカウトマンからの勧誘を丁重に断れるように用心棒として、一緒にいました。無事用心棒としてスカウトマンの後ろにいたチンピラを退治いたしました。
 この事件以来ですが、彼とサリーちゃんとは頻繁に顔を合わせるようになりました。一緒に学食を食べたり、お酒を飲みに行ったり、模型づくりの課題の手伝いなんかをさせたりしていました。
 すると、サリーちゃんはわたしの部屋に来てお茶を入れに来てくれました。それもジャスミンの香りのするお茶でした。今でも、ジャスミンの香りは彼女を思い出させます。だいたい、その話の内容は最近読んだ、アメリカの小説の話だったような気がします。ケルアック、バロウズ、カポーティなんかを読んでいました。遅れてきたピッピ―って感じです。それにわたくしも、読んだことのある本ばかりで話が合い、彼女とする会話は好きでした。その間にも、彼が家に来ることはありましたよ。
 そして時が過ぎて、わたくしが二年の春ごろ、あることを話してくれました。彼女は大学の制度を使って長期交換留学でカナダの大学に行こうかと考えているという内容でした。行くとしたら、向こうが新学期になる秋ごろの事で、行けるかどうかもわからないので秘密にしておきたいが、時々は話を聞いてほしいので秘密をわたくしには打ち明けたそうです。ですから、合格が決まるころまでは不安になるとわたくしの部屋に来て、不安なことをぶつぶつと二、三呟いて、帰っていく生活が続いていました。
 仕舞いに、サリーちゃんは無事合格しました。ただ、そのカナダに長期留学することを彼に伝えていなかったのです。その事実は彼にショックを与えてしまい、落ち込んでしまってぜんぜん連絡が取れなくなってしまいました。その一連の出来事にサリーちゃんも申し訳なく思ったようで、必死に彼を連絡を取ろうとしますが、取れないと言っていました。
 そこで、わたくし、どうにかしようと思いまして、彼の家に押しかけ、話を聞いてあげる事にしました。すると、彼はサリーちゃんの事が好きなことを話してくれました。そのこと自体は不思議ではありませんでした。見ていれば彼がサリーちゃんの事を好きなのは一目瞭然でしたからね。それなのに、彼は彼女のこころの支えになるような相談相手になれなかった事に加え、その彼が彼女を好きな気持ちを少しも感じていないのではないかと不安になってショックを受けたのでした。
 わたくし、そんな状態の彼を見ているのがつらくなってきてまいりまして、慰めておりました。そこで彼に、君はそんなにサリーちゃんの事が好きなようだが、本当に彼女のことが好きなのか。それを口に出したり、抱きしめたりして伝えたことがあるのか。それをしてないのに伝わるなんてありえないんだぞ。と、伝えたのでございます。それを伝えた後、とりあえずベソかくのをやめて、立ち直ったかのように見えましたので、彼の家を去りました。
 わたくし共が彼に連絡を取れるようになった八月のある日の事です。サリーちゃんにお酒を飲みに行こうと誘われました。当時、大学の近くにコーサノストラという名前のバーがありまして、そこに行ったのでございます。一、二杯を飲んだ頃でしょうか。彼女はわたくしに、彼が告白してきたことで戸惑っていると打ち明けてきました。わたし彼はとても良い友人でぜんぜん意識してなかったの。だから、彼から好意を伝えられてどうすればいいのかわからないの。と、言った時の顔は忘れることはできません。頬に一滴の涙がスッとこぼれ、肩をこわばらせていました。そこで、わたくし彼女に彼はとってもいいやつで付き合ってみてはどうかと勧めると彼女は大変におこってしまい。勘定もせずに出ていってしまいました。後日、いくら連絡をしても電話には出てもらえなかったのですが、彼女からの手紙が届いていました。その手紙には謝罪と渡米する日時が書いてありました。
 当日、空港へ道が混雑しており彼女を見送りに行くのがギリギリになってしまいましたが何とか辿りついたのです。到着すると、彼とサリーちゃんが先について、お別れを済まし手を握り、じっと互いを見つめ合いながら発着ゲートの側のベンチで待っていてくれました。わたしがそこへ着くと、二人はこちらを向き、彼女だけがわたくしの方へ歩みよって来たのです。すると彼女はわたしの左わき腹をつねった後、手を握り、強く目を瞑って静かに抱擁を交わしました。そして彼女はアメリカに旅立っていきました。」
 ここで、おじさんのお話は終わった。兄がこの後に帰ってきて、おじさんが話すのをやめてしまったのだ。おじさんも、お兄ちゃんをバカにしていたが、わたしから言わせればわかってない。
 ここまでの事を大まかにレポートに書いたあと先生に提出した。そして、今ではうわさが立っている。火曜日の夕方にはカフェ・ド・ブルボンで汐留先生と四角い顔の男性がブランデーを飲んでいると。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 


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