見出し画像

田舎暮らしと獣と私

島根県の私の住む地域は山間部で人口も少なく、人の数よりも山の獣の数の方が多分多い。生まれた時からそんな環境で育ったので普段の生活の中では何も感じないのだが、Googleマップなど開いて上空から自分の住んでいる地域を見た時には、信じられない程周りは山ばかりで「メチャメチャ山の中ですやん…」と田舎暮らしを実感する。


大げさでなくこの2週間は毎日サルの群れに遭遇している。先日は買い物に出かけたところ10匹程の群れが道路脇で遊んでいたのだが、興奮した1匹が道路に飛び出し、なんと運転中の私の車の下に…。
ゴン、と僅かに振動が伝わり「えぇ!?ウソだろ!」(ひいてしまった…)と慌ててミラーを見ると頭を掻きながらこっちを見ていたのでとりあえず無事。運良くタイヤには接触せず、車の下で頭を打ったのだろう。スピードも40kmぐらいだったかと思う。
向こうも相当驚いたことはこっちを見る表情に現れていたが、私だって驚いたわぃ…まぁ無事で良かった。車は怖いということを知って今度から気をつけて遊んでくれることを祈る。


サルだけでなく他にもタヌキ、テン、イノシシ、キツネ、シカ…特に多いのがタヌキによく似たアナグマ(ムジナともいう)で一番車にひかれてるのを見るのはこいつ。
野生動物は暗くなってからよく出没するのだが、タヌキやテンやアナグマは本当によくひかれる。その理由として、何故かタヌキやテンやアナグマは車が通るタイミングで飛び出してくることが多い。
絶対に避けられないタイミングで急に飛び出し道路を横断しようとする。そうなるとドライバーは回避することがほぼ不可能なのだ。
また、かなり前方で飛び出し十分過ぎ去れるタイミングだったとしても、何故か…これも本当に何故か、道路の真ん中でピタッと立ち止まってしまう個体がいるのだ…。
これも何か理由があるのかも知れないが、動物の生態の事など分からないので自分なりの考えをまとめよう。
私が思うに、動物からすれば車が目的地に行く為に車道を真っ直ぐ走っていることなど知る由もないので、得体の知れないものが自分に向かって来ていると思いプチパニックに。その場から離れなければいけないという本能から、避けているつもりで丁度車の前に飛び出してしまう。
そして、横断中にピタッと止まる個体については車の前に来た瞬間にライトがあまりに眩しく、目が眩んでしまいその場から動けなくなってしまう、というのがひとつ。
もうひとつは動物から見えているのは多分ライトの光だけで、そうであればそれがまさか車ほどの大きさの絶望的に殺傷力のある質量が背後にあるとは動物は思いもよらないはずである。
つまり、動物は車ではなく光を避けようとして敢えてその場に立ち止まり体を小さくするのではないか。左右のヘッドライトの間は安全だと、わざと真ん中で動かなくなるのではないだろうか。実際は巨大な質量を持つ僅かな闇に、動物は僅かな希望を抱きその場に立ちすくむのかも知れない。
私なりにこの考えは説得力があると思うのだが、「いやいや昼間でも真ん中で急に止まってひいちゃったよ!」みたいなことを言われると何も言い返せないのでこれ以上は言いますまい。あくまで私個人の考えということで。


タヌキやテンやアナグマほどではないが、イノシシもまたよく車にひかれる動物である。イノシシは特に天敵もいない山の王者なので車が接近しても大して気にも留めないような強者もいる。
友人の話であるが、山道を運転していたところ道路の真ん中に車にひかれたウリ坊(イノシシの子供)がいた。(ひかれたのか、可哀想に…)とウリ坊の前で車を止めていると、巨大なイノシシ(おそらく親)が車の運転席のドアに体当たりしてきたという。何が起こったのか分からなくなるほど強い衝撃でドアはヘコみ、「違うよ!オレがひいたんじゃないよ!」と言いたかったが誤解されたままその場から立ち去るしかなかったとのこと…。
まさに猪突猛進。イノシシは車にも当たり負けしない屈強な肉体と自分よりも大きなものにためらわず立ち向かう不屈の精神、そして我が子を思いやる母性を持ったまさしく山の王者の名に相応しい動物だと思う。
だが、その自信ゆえか堂々としていることが返って命取りになり、車にひかれてしまう個体が多いのも事実である。
私も過去にイノシシにぶつかったことがある。
その日は真夏の深夜2時頃だったか、友人と河口へウナギ釣りに行った帰りだった。雨が降った後でまだ乾き切らないアスファルト。国道とはいえ片側一車線でカーブが多く、街灯などほとんどない真っ暗な道だ。
河口から自宅まで20km程度の道のり。川に沿って作られた道路は最初から最後まで山際を走っている。
大漁とはいかないまでもそこそこ釣れたウナギを乗せて、眠たい眼を擦りながら家へと車を走らせていた。
雨上がりで湿気の多い道路は所々霧が立ち込め視界を塞ぐ。そして半分ほど帰ってきたあたりの左カーブを抜けた先にそいつはいたのだ…。
一体何をしてきた後だったのか、泥の塊かというほどに全身ドロドロの巨大なイノシシである。突然目の前に現れたそいつを認識すると同時にハンドルを切ったが間に合わず、助手席側の車の側面に衝突。ものすごい衝撃は今でも鮮明に思い出すことができる。
当時の私の車は日産ラフェスタハイウェイスター。7人乗りの普通車だが、助手席から後部座席のドアがまるで転がした岩に当たったようにベコッと痛々しくヘコんでいた。また塗装には金タワシで擦ったような擦り傷が無数についており、イノシシの毛がいかに硬いかというのがよく分かる。修理費用は約40万円…保険を使って直した苦い思い出だ。
衝突したイノシシはというと、翌日妻の車で確認しに行ったが死骸は確認できなかった。車をあれほどヘコます衝突でも、おそらく一命を取り留めその場から立ち去ったのだろう。
イノシシの場合、当たった車の方が無事では済まないのだ。

そしてイノシシ以上に我々が最も注意しなければならない動物、それはクマである。
ここ数日は近隣でクマの目撃情報が後を立たない。この辺りに生息するクマといえばツキノワグマだが、体長1〜1.2mほどの成獣がよく見かけられ、連日無線で注意喚起が呼びかけられている。
近年では人が襲われたケースも多く、この近隣だけでなく全国的にニュースになっている。
先日は私がたまに釣りに行くポイントでも目撃情報があり驚きを隠せなかった。
そこは比較的民家や人工物が多く頭上には国道のバイパスも走っており、山から下りて出ようと思えば車通りもそこそこある道路を渡らなければいけないからだ。
私の専門はスズキのルアー釣りで海よりも川や河口によく行くのだが、夜釣りが基本なのでいつもクマの恐怖は感じている。いかにもクマが出そうというポイントで釣りをすることもある。しかし今回クマが出没した場所は灯りもあり、頭上には車も走っており…安心して釣りができる場所だと思っていたのだ。
しかも目撃される時間帯は夕方が多いらしい。地元で農業を営む年配の知人によれば、クマは明け方や夕方によく動くのだそうだ。
明け方や夕方…釣りではマヅメ時といってよく釣れるボーナスタイムみたいなオイシイ時間帯である。
朝マヅメは薄っすらと東の空が青みを帯びていき、何となく感じる風や空気が変わってくる。空の色が変わるのは早く、みるみる青みが増していくのだが、その時のグラデーションがとても美しく、つい釣りの手を止めて魅入ってしまう。ライトがなくても周りが見えるようになる頃には鳥の囀りや虫の声が夜明けを告げ、冷たくクリアな空気が一日の始まりを感じさせてくれる。日の出を拝むことができれば最高だ。早起きは三文の徳ということわざがあるが、その光景を見る価値は三文どころではないだろう。
夕マヅメは朝マヅメとよく似ているが、単純に朝マヅメの逆再生というわけではない。水面を飛ぶカゲロウなどの虫が多く、それを食べようと小魚が活性高く跳ねて波紋を立てる。西の空に日が沈み、夕焼けが少しずつに夜空に変わっていく時のコントラストもまた見事なものだ。余計な音は消えて徐々に静寂に包まれ、川を流れる水の音が大きくなったように感じる。活性が上がって今にも動き出すであろう大物の姿を想像し、その独特の雰囲気に釣り人は期待を寄せるのだ。
そんな魅力が満載のマヅメ時であるが、クマに遭遇しては釣りどころではないので注意しなければならない。
クマは基本的には臆病な動物なので、人の気配を感じれば向こうから逃げていく。ただし、出くわしてしまった時はクマは臆病であるが故に自分の身を守るために襲ってくる場合がある。万が一出くわしてしまった時は背を向けて逃げることはNG。一度目が合ってしまったら視線は外さず、慌てずに後退りしてその場を離れるのが最も無難である、と私は昔から教えられてきた。
実際にこのようにして難を逃れた人の話も聞くのでこの方法は正しいのだろう。助かるためにはこうするより他ないと思う。ただ、この方法は知っていてもいざ本当にクマが目の前に現れた時にパニックにならず、冷静にこんなマニュアル通りの行動が取れるかどうかというのは誰もが不安に思うところではないだろうか。
この地域の小・中学生はクマ鈴というものを配布されており、それを身につけて学校に通っている。名前の通りピンポン玉ぐらいの大きさの本物の鈴だ。
この地域だけでなく、クマが出る地域では同じように配られているのかも知れない。どの程度効果があるのかは定かではないが、これほど連日クマの目撃がニュースになると、これがどうか気休めではなく子供達のお守りになって欲しいと心から思う。
クマを殺すべきか否かというのはどうしても意見が分かれるところだと思うが、その議論はまた別の機会にした方が良いだろう。


都会での暮らしに慣れている人からすれば信じられないかも知れないが、私はこの獣との距離が近い山の中の田舎暮らしが好きである。
私には妻と5人の子供がいる。
この環境の中で家族揃って生活できることがとても幸せだ。
ここで生活していくためには、常に身近にいる獣達と上手く付き合っていく必要がある。とは言っても特別なことは何もなく、私は今まで通り普段の暮らしをするだけだ。
これからも、人よりも獣が多いこの場所で。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?