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自由権規約第一選択議定書

法律等の状況

 自由権規約第一選択議定書について説明するため、まずは国連加盟国間で作成・締結された関連規約について概観したい。
 そもそも、個々人の権利は、それまでは西洋の国内でのみ通用する概念であったが、戦後の国際情勢において、人権という概念が重要視されるようになった。第二次大戦時のナチスドイツによる虐殺など、特定の国家による非人道的行為が注目されたことから、他国での人権についても、国際政治の課題として扱うべきとする志向が強まったことが契機である(1)。そして、国連憲章や世界人権宣言などの人権に言及した重要な多国間条約が作られたのだった。これらの流れの中で、より具体的に人権について規定し、実践的に人権を擁護・発展させることができる条約が議論されるようになる。それが1996年に採択された「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下自由権規約)」と「市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下社会権規約)」である(2)(3)。自由権とは精神的自由、経済的自由など、国家から不合理に制約を受けるべきではないことを示す権利全般を指す。社会権とは、生存の自由などの国家から生存や豊かな生活を保障されるべきことを示す権利全般を指す。そして、自由権規約第一選択議定書とは、自由権規約を締結した国の多くが締結している、自由権保障のための手続きを示した条約である(4)。なお、死刑制度の廃止を定めた第二選択議定書も存在する(5)。日本は規約を締約してはいるが、選択議定書は締約していない。世界全体では、自由権規約を締約している国は173ヶ国であるが、第一選択議定書の締約国は116ヶ国に留まる(6)(7)。

 第一選択議定書とは、締結国内の個人が自由権規約28条により設立される人権委員会に対して、自らの国内での人権侵害を通報できる制度を定めたものである。以下では、人権委員会の組織、個人通報制度の概要を説明する。
 人権委員会は、各国の地理的・文化的バランス等を踏まえて選ばれた、国際法や人権に精通した任期4年の18名の専門家で構成される。自由権規約の締約国が指名し、無記名投票を行うことで委員が決まる。なお、同じ国から複数の委員が選ばれることはない。委員は国連のWebサイトにて公開されているので、参照されたい(8)。人権委員会は、個人通報制度の精査等以外にも、「General Comment」と呼ばれる人権に関するテーマについて情報をまとめ、指針を示した報告を毎年一度公表するなどの業務を行っている。締約国から定期的に提出される報告書を調査・コメントする役割も担っていたが、2006年に作られた人権理事会にその役割は引き継がれた(9)。
 個人通報制度の手続きは、締結国内において人権侵害を受けたとする個人が、人権委員会に対して通報を行うことで始まる。通報は、人権委員会が提示しているフォーマットを受ける形で行われるが、匿名で通報することはできない。本人による特別な依頼がない限り、氏名は通報の公開と同時に公表される。受理された通報は、人権委員会がその妥当性について検討する。既に設けられている基準に情報を当てはめることになるが、基準となるのは、人種差別や子どもの権利などの人権に関する9つの条約である。また、判断に使われる情報は、通報内容だけでなく、国連内の組織や国連外のNGOなどの組織などから得られるレポートも含まれる。そうした内容の検討により通報が妥当であると判断された場合、人権委員会は締約国へ注意勧告を行い、その締約国は180日以内にその対応について報告する義務が課せられる。手続きはここで終わらず、締約国による報告に対して通報者が反応する場が設けられたり、十分な対応がなされるまで関係者間で議論が継続される(10)。個人通報制度の概要は以上のようなものである。締約国がこれらの手続きに反した場合であっても、国連はその締約国に対して取りうる罰則などの法的拘束力を持たないため、この手続きの安定性を支えているのは、国連の理念に賛同する他国による道義的非難や国際関係における力学だけである。そのため、個人通報制度の手続きや人権委員会自体の正統性がなければ、個人通報制度は成り立たないのである。人権委員会が組織について明確に設計・公表し、個人通報制度においてもコミュニケーションの場を設けるなどの方法を重視しているのは、このためである。

 自由権規約を締約している国の多くが締約している第一選択議定書であるが、日本が締約をしていない理由としてはどのようなものがあるだろうか。政府与党は、国会での野党からの質疑に対して「司法制度や立法政策との関連で問題が生ずる」ことや「司法権の独立に影響を及ぼし得る」ことへの懸念があると返答している(11)(12)。日弁連が規約や選択議定書の締約についてロビイング活動を行うなど、一部で議論は続けられているが、ほとんどの国民は規約の存在自体を知らない状況である。


問題性

 人権理事会は、2006年から人権委員会による定期勧告の機能などを引き継いだ組織である。定期的に国連加盟国がレポートを提出し、47ヶ国の抽選で選ばれた理事国が開催し、それ以外の加盟国も参加することのできる会議において議論される。レポートを提出した国に対する勧告は、その会議の議事録のような形で各国のコメントが載せられる。2023年2月に行われた勧告内容は、死刑制度の廃止、パリ原則に基づく国内人権機関の設置、同性婚の合法化、福島原発事故の被害者を国内避難民として保護すること、入管施設を改善すること、女性の社会参加を推進させることなどであった(13)。このように、各国が人権理事会において示している日本の国内政治についての関心ごとは、日本国内においても争点となっているものが多い。日本は立憲主義の国家であり、同じように権利を基礎とした国家体制を築いている他国からの勧告は同じ視点に立ったものなのだ。そのため、国連からの人権に関する注意喚起が国内政治と摩擦を生むことは考えづらい。

 なお、個人通報制度による注意喚起は法的拘束力を持たないため、司法や立法に対して、その機能を侵害するような影響を与えることはあり得ない。締約国となり個人による通報がされたとしても、双方による報告や議論が行われるのであり、「問題が生ずる」ことや「司法権の独立」に影響するようなことは考えづらい。個人通報制度を契機として国連や各国からの批判が向けられたとしても、日本政府や裁判所は自らの論理とそれが基づく事実を誠実に示せば良いのである。政策や判決は、それが公正かつ合理的である一応の判断がなされているからこそ、その政策や判決がなされているのであるから、批判が向けられたとしても問題はないはずである。逆に、違った視点から意見を受けることができるということは、政策についてより深い理解をすることにつながり、政府による学習につながるというメリットがある。そして、もし政府による立法や裁判所による判決の公正性や合理性が、国際的な批判に耐えうるものではないと考えているのであれば、それこそ個人通報制度を通して国内の個人を救済する必要がある。
 再度強調するのは、個人通報制度による人権委員会からの注意勧告は、注意を勧告するものでしかなく、法的拘束力はなんら持たないということである。国連の人権委員会や国連加盟国と、通報された内容について議論することはあっても、それが強制されるということは起こりえないのだ。そのため、人権委員会や国連加盟国を議論の対象とみなすことができるのであれば、個人通報制度を導入することによる懸念はないはずである。
 このように、自由権規約第一選択議定書に基づく個人通報制度は、当該締約国と競合するようなものではなく、どちらかといえば議論を促すことによって統治機構を補完するようなものである。そして、人権侵害に苦しむ個人の主張を国連を通して伝えることは、実際に現在の日本政府が見逃している問題を可視化することができ、日本国内に住む個人の人権保障を高めるものである。日本の統治機構に何かしらの悪影響を与えるものではなく、国内の個人の人権保障を高める条約であるならば、締約するべきである。政府が第一選択議定書を締約しない理由についても、もっぱら「懸念がある」という程度の抽象的なものに留まっているのであり、締約についての議論が具体化されないまま保留されている状態は、日本国内の個人の福利に反するものである。
 以上のように、個人通報制度は国内の統治機構を補完する役割を持ちデメリットはほとんど考えられず、人権保障の可能性を高めることで国内の個人に対する大きなメリットをもたらすものである。よって、日本政府は自由権規約第一選択議定書を批准するべきである。


参考文献

(1)滝田賢治・大芝亮・都留康子編『国際関係学第3版』有信堂、2021年、256~260頁。

(2)“International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights” General Assembly resolution 2200A (XXI), 1966.
https://www.ohchr.org/en/instruments-mechanisms/instruments/international-covenant-economic-social-and-cultural-rights

(3)“International Covenant on Civil and Political Rights” General Assembly resolution 2200A (XXI), 1966.
https://www.ohchr.org/en/instruments-mechanisms/instruments/international-covenant-civil-and-political-rights

(4)“Second Optional Protocol to the International Covenant on Civil and Political Rights, aiming at the abolition of the death penalty” General Assembly resolution 44/128, 1989.
https://www.ohchr.org/en/instruments-mechanisms/instruments/second-optional-protocol-international-covenant-civil-and

(5)“Optional Protocol to the International Covenant on Civil and Political Rights” General Assembly resolution 2200A (XXI), 1966.
https://www.ohchr.org/en/instruments-mechanisms/instruments/optional-protocol-international-covenant-civil-and-political

(6)United Nations Treaty Collection “International Covenant on Civil and Political Rights”
https://treaties.un.org/Pages/ViewDetails.aspx?src=TREATY&mtdsg_no=IV-4&chapter=4&clang=_en

(7)United Nations Treaty Collection “Optional Protocol to the International Covenant on Civil and Political Rights”
https://treaties.un.org/Pages/ViewDetails.aspx?src=TREATY&mtdsg_no=IV-5&chapter=4&clang=_en

(8)United Nations Human Rights “Membership” (最終閲覧:2023年3月4日)https://www.ohchr.org/en/treaty-bodies/ccpr/membership

(9)United Nations Human Rights “Fact Sheet No. 15 (Rev. 1): Civil and Political Rights: The Human Rights Committee” 2005.
https://www.ohchr.org/en/publications/fact-sheets/fact-sheet-no-15-rev-1-civil-and-political-rights-human-rights-committee

(10)United Nations Human Rights “Fact Sheet No. 07 (Rev. 2): Individual Complaints Procedures under the United Nations Human Rights Treaties” 2013.
https://www.ohchr.org/en/publications/fact-sheets/fact-sheet-no-07-rev-2-individual-complaints-procedures-under-united

(11)国会会議録検索システム「第174回国会参議院本会議第28号」平成22年6月15日。
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detailPDF?minId=117415254X02820100615&page=36&spkNum=50&current=3

(12)国会会議録検索システム「第145回国会衆議院外務委員会第7号」平成11年5月28日。
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=114503968X00719990528&spkNum=40&current=21

(13)UN Human Rights Council “about the UPR” (2023/2/20)
https://www.ohchr.org/en/hr-bodies/upr/basic-facts

(14)NHK「国連の人権理事会 日本の人権状況を審査 死刑廃止などを勧告」(最終閲覧:2023年2月20日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230204/k10013970311000.html


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