【詩】山のあなた　海のかなた

山のあなたに
幸い住むと
ひとは言う（※）

だから
あの人は
あたいのために

幸せを
つかまえてくるって
行っちゃった

山のあなたで
幸せをつかまえたなら
風に乗って帰ってくるよ
と笑ってさ

きっと
今ごろ
あの人は
山の懐に抱かれてるよ

あたいの胸でなくってさ

海のかなたで
幸（さち）、生まると
ひとは言う

だから
あの娘（こ）は
俺とのために

幸せの息吹を
見つけてくるって
行っちゃった

海のかなたで
その瞬間（とき）に出会えたなら
自分も幸せを生める
と笑ってさ

きっと
今ごろ
あの娘は
海の泡に包まれてるよ

俺の腕でなくってさ

山の幸せは
どうなのさ

幸せの息吹は
どうなんだ

あの人は
あの娘は

あたいの胸の中では身を縮めて
俺の腕の中では息苦しくて

あたいの胸の中から
翼を広げて飛び立った

俺の腕の中から
弧を描いて飛び出した

きっと
今ごろ
あの人は

山と空の境もなく

見つけた幸せを歌にして
こだまのように
響かせているさ

きっと
今ごろ
あの娘は

海と空の境もなく

出会えた幸せの息吹を
星のように
撒いているよ

知ってるかい？
あの人のこと

気付いてるかい？
あの娘のこと

山のあなたの幸せは
もう探しに行かなくても
いいのさ

山のあなたから
風が届けてくれるから

海のかなたの幸せは
もう探しに行かなくても
いいんだよ

海のかなたから
波が届けてくれるから

※原詩「山のあなた」

山のあなた　　　カアル・ブッセ
　　　　　　　　上田　敏訳
山のあなたの空遠く
「幸（さいはひ）」住むと人のいふ。
噫（ああ）、われひとゝ尋（と）めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸（さいはひ）」住むと人のいふ。

上田敏　上田敏訳「海潮音」から

上田敏 上田敏訳 海潮音