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自作詩「かがみがかみか」7文字のイメージ

初めて、ひらがな詩を書いてみました。

noteで、ひらがな詩を読むたびに、
自分もこんなのが書きたいな、という
憧れもありましたが、
直接の動機は
煮詰まってしまったこと。

“鏡”のモチーフで形にしたいものがあったのですが、
なかなか形にならず、
かがみ、かがみといじっているうちに
これって回文になるかもと
言葉遊びにスイッチが入りました。
(回文は部分的にしかならなかったけど😅)

7文字の最後は「か」で終わり、
最後の2文字をひっくり返して、
次の行の始まりにする、
という手法でつくった
一連が5行、5連の詩。

以下は、そうしてつくった自作の詩の
1行、1行を、
作者自身が読み解き、
イメージを膨らませた
「これ、要らんやろ!」解説です(笑)
しかも、長い!長過ぎる!
途中で息切れしませんように、
飲み物を用意して、お読みください。



かがみがかみか

これは、いわば呪文です。
この詩の中では、
これから言葉遊びを始めますよ、という感じ

かみはおわすか

1行目が呪文なら、いきなり、「神はおわすか」で始まる詩になっていたんだ、と今さらながら自分にびっくりしてます。

かすみかくもか

ちょっと、たなびいてみました。
あなたのカミサマが、見え隠れしてるかも。

かもいにごふか

古い家だと、よく鴨居に護符が張ってあったり、置かれていたりしてましたよね。

かふくのなわか

禍福かふくあざなえる縄の如し”から。
災いと福は糾った(より合わせた)縄のように表裏一体という意味。
最近、「鬼滅の刃」でも、この言葉が使われていたようですね。

かわいやそわか

“そわか”は、真言の呪文の最後に付く言葉。夫の実家が真言なので、法事のたびに「◯◯そわか」を聞いています。
サンスクリット語で「幸あれ」という意味らしい。
幼いもの、小さなもの、いとおしいもの…、みなさまの大事なものに、幸あれ。

かわらぬものか

変わらないでいてほしい。
いっぼうで、変わりゆくことも
世のならいでしょうか。

かのちははるか

あなたが思い浮かべる“遥かな彼の地”とは、
どんなところでしょうか。

かるはこのよか

今生きているこの世は、ただ、借りているだけ、借り物かもしれません。
きれいに言うと、受け継いでいくもの。
まぁ、わたしは生まれてから、ずっと借家住まいなので、そう思うだけかもしれませんが。

かよいじあくか

どこに続く通い路かよいじでしょうか。
開くことを切実に望みながら、
まだ、見ぬ景色と出会うことに
少し恐れもあります。
新しいステージに踏み出すときも
きっと、そんな気持ち。

かくとみやるか

「確と見遣るか」
その視線の先はどこでしょう?

かるがるいこか

一歩を踏み出せず、
立ちすくんでいるときに
軽やかにそう言ってもらえる
同行者がほしいときがあります。
うっかり八兵衛みたいな。
(懐かしの「水戸黄門」です。世代がわかる…。)

かこちてなくか

嘆けとて 月やはものを思はする 
かこち顔なる わが涙かな  西行法師
あなたは、何のせいにして泣いているのでしょうか。

かくしてないか

隠さなくともよいのです。
でも、隠しておくのなら
「隠してないか?」
と問われても
隠し続ける覚悟が必要なことも
あります。

かいはながるか

人生の探しものは長い旅です。
その途中で、櫂を流してしまうこともあるかもしれません。
でも、流れに身を任せることは、
逆に思いも寄らないところにたどり着く
より大きなものの導きかもしれません。
「かい」は貝でも美しい幻想になるし、
他のイメージで読まれる方もあるかもしれません。

かるくはなそか

ちょっとした小話を。

かそけきかぜか

「幽き風か」
話はじめにそっと息を継ぐと、
ろうそくの焰が微かに揺らぎました。
お話の扉が開きそうです。

かぜはそよぐか

そよそよと風がそよぎ、
お話が風に乗ってやってきます。

かぐやはどこか

月を見上げるのは
何かを探しているからなのでしょうか。
それとも
誰かが見上げる月と
つながりたいからなのでしょうか。
そんな思いを悟られたくなくて
月に住むというかぐやを探しています。

かこからきたか

かぐやはどこかと探す思いは
過去から連綿と続いて、今に至っています。
今、ここにいるのは、過去があるから。
あなたは過去からどのようにして、
今に来ましたか?
積み重ねるように?
押し流されるように?
ただ、足元を時間だけが流れたかのように?
それとも、歌を歌いながら?
風に乗って?
何かにすがりながら?
いろんな来し方があるんでしょうね。

かたちはないか

大事なものはかたちで表せるでしょうか。
それとも、かたちはないものなのでしょうかか?
大事なものは、目に見えない、
形はなくとも触れ合えるというけれども、
形があるから抱き合える
形に思い出が凝縮して込められている
そういう確かな現実もあります。

かいもないなか

甲斐もない、解もない、界もない…
竹取物語の中に「甲斐なし」の言葉の語源に触れたエピソードがあることを知って、
連想ゲームのようにここにおきましたが、
いろんな“かい”があるようです。
解もない、答えがないというのも、
前の7文字を受けているように思えて、
言葉の組み合わせの偶然に
自分自身で驚いています。

かなしみなぜか

悲しみ、哀しみ、愛しみ…
どのかなしみが当てはまるでしょうか。

かぜはふうがか

ふうがは、音楽用語のフーガをひらがなにしたものです。
中学生のとき、吹奏楽コンクールの自由曲で「トッカータとフーガ」を演奏しました。フーガという言葉はそれを思い出してのものです。
フーガは、おなじ主題がどのパートでも繰り返し表れるという音楽用語で、同じメロディが何度も登場する様子が、追いかけられ、逃げているように聴こえることから「逃げる」を意味するラテン語から名付けられたそうです。
風の様子も追いかけっこのようですね。
ひらがなにすると、「風雅」とも読めるな、と思いました。

かがみみがかん

最後も呪文のようになりました。
「かがみ」が鏡に映ったみたいで、
合わせ鏡にすると永遠に続きそうです。
映すのが少し怖いような…。
あなたは、透き通る鏡に自分自身を映しだせますか?
この呪文は、気の遠くなるような繰り返しと時間の呪文にしましょうか。



7文字を
1行、1行
読み解いてみると
(自分の詩を読み解くのも変かもだけど。)
思っていたより
それぞれの行のイメージが
ふくらみをもってくるように
感じました。

ばらばらに見えていた言葉も
なんとなくつながっていくようにも
感じ、
思っていたより
愉しい試みになりました。

長い記事になりましたが
わたしのイメージの世界に
最後までお付き合いいただき、
ありがとうございました。

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