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今宵 、ドトールでマティーニを


最近はもっぱら ベッドのうえで ゴロゴロと寝転びながら 本を読むのだが
数年前は、よく近所のドトールで 読書をしていた

時刻にして18時頃だろうか
5人組くらいの 会社帰りと思われる男女が 隣のテーブル席についた

「お疲れ様ー」 ゆるやかな談笑が始まりつつあった

すると、唐突に30代前半くらいの女性が
「うちでは ハンバーグにピーマンを入れるんです」と言った

何故、ハンバーグ?
それを今?

もしかして彼女のてっぱんトークなのかな

ピーマン、わたしの脳内でそれが細かく刻まれハンバーグのタネに
投入される

「へー ピーマンですか」
会話の続きが始まる

わたしは文庫本の頁に目を落としつつ、その行方を見守った
と、ガクンと座席が揺れた

「うぁっ」

その隣に座っていた40代前半くらいの男性が
アイスカフェオレなのか ミルクを混ぜたアイスコーヒーなのか、そのグラスを
ひっくり返してしまった

甘ったるいミルクの香りが充満する
随分と派手にひっくり返したので、皆が席を立ち てんやわんやしている

ようやく、落ち着き始めたものの女性のハンバーグの話は
程なくフェードアウトしてしまった

わたしのなかのピーマンの種子は捏ねられる手前で浮遊している

ガッシャーン
時間にして7分後くらいだろうか 
今度は奥のソファー席の方から 再びグラスの割れる音が轟いた

立て続けにグラスが割れ落ちる
なんだかバタフライエフェクト的なシーンが目の前で展開され始めた

これは もしかしてピーマンの種子が引き起こした
一連のシークエンスなのではないか

捏ねられ成形されハンバーグとなり その一生をまっとうするはずであった
ピーマンの種子がドトールの店内で、その身をひるがえし 弾丸となりグラスを
撃ち抜いたのだ


穂村弘の

『彗星交差点』は そんなトリガーの連発するエッセイであった


*** ***

ピーマンの種子が わたしの脳内で様々な記憶を喚起させる

高校生の頃、わたしはハンバーガーショップでアルバイトしていた
テイクアウトを注文する客の場合、その特徴を伝票の隅に
小さくメモして 出来上がり次第届けるのである

わたしはメモした
「メガネ」
それは シンプルかつ明確なメモであり完璧なものに思えた

ところが 急に店内は混み始め人だかりとなった
ハンバーガーは完成され 最初の注文客であるメガネに手渡されなければ
ならない

メガネ メガネ
その姿を探すも あたり一面がメガネ畑なのだ


あたり一面に広がるべきは菜の花であり
メガネであるべきではでない

メガネ メガネ 
どいつもこいつも メガネ


わたしは卒倒してしまった
その後のことは 記憶にない

テイクアウト
という言葉だけは わたしの身体に染み込まれ
その後の日常生活を闊達なものへと進化させた


ある日、駅の売店で焼売弁当が売られていた
焼売、焼売なら毎週でも食べたいと バカボンのパパも愛した焼売

わたしは売店で それを二つ注文した
「テイクアウトで」


ここは駅の売店なのだ
そこには テイクアウト以外の選択の余地は存在しない


ドトールショップのピーマンの種子が
二つの焼売弁当へと転生し 今宵、わたしはそれを抱え
そそくさと羞恥の種子を発芽させているのだ


トリガーには気をつけろ

それは 過去から現在を華麗にトリップし
次の標的を待ち構えている

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