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聞き耳頭巾

それは私たち夫婦が、敷地内の駐車場に入ろうとしていたときのこと。
安全確認のため一時停止し左右を確認しようとしたとき、後ろの車がブブ~と大きなクラクションを鳴らし私たちを威嚇した。
「おどれ、はよ行け。何しとんじゃ、ボケっ!」クラクションの音は、そう言っているように聞こえた。

主人はミラーで後ろを確認し、車から降りて、その車に近づいた。
一体何が起きるのだろう?
私は安全確保のため車内にとどまることを決め、すぐにダッシュボードから「聞き耳頭巾」を取り出し頭にかぶった。急がねば!
聞かねばならぬ。絶対に聞き逃してはならぬ。聞くのだ!

その男もバーンとドアを開け、勢いよく車から出てきた。
(ご本人のプライバシーの問題もあるため、その短気そうな小男を
「イラっちマン」と呼ぶとしよう)

ついに決闘。「真昼の決闘 / 駐車場の巻」タイトルは決まった。
向き合う二人。主人を睨み付けるイラっちマン。
110番の準備をせねば。救急車の手配はよいか?焦る。焦る。

「何鳴らしてんねん。安全確認せなあかんやろ?止まらなあかんやろ。」
主人は優しく一言そう言った。でも目は笑っていなかった。

すると、なんと、なんと!!イラっちマンは、その一言を言われただけで、秒速で車に戻り、バーンとドアを締めて猛スピードで走り去った。
時間にしてわずか30秒の出来事だった。瞬き出来ぬ早さ!
早っ!イラっちマン、撤退早すぎなんですけど。

イラっちマン、あなたはそんなに急いで何処へ行ったのですか?
たった今、外出先から戻ってきたのではないですか?
急に用事を思い出したのですか?
思考は巡る。

私はイラっちマンの愚行を知っている。
運転のゆっくりな高齢の女性にクラクションを鳴らして威嚇しているの姿を目撃したことがある。
自分のエリアの前に駐車していた業者の車に威嚇して文句を言っている姿を目撃したことがある。
イラっちマンは小者だ。ちっちぇ~男だ。
負けると思うと秒速で撤退。そうやって生きてきたのだろう。

人生は「日本昔話」に似ている。
愚行は続かない。いつか誰かに叱られる時が来るのだ。

悪いことをしていればバチが当たる。
良い行いをしていれば、良いことが起きる。
私はそう信じているが、イラっちマンは信じていないらしい。

これにて一件落着。
私は、聞き耳頭巾を外し、大切に車のダッシュボードにしまった。