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今日の一福

 2024/03/09


 チラ紙の裏を見なくなったなと。表の印刷が地味にしみてる。
 あの雑な白さよ、どこへいった。

 いまや両面ぎっしり。文字は当然。数字も舞い飛ぶ。
 おまけに写真やらイラストやら、あの手この手で情報パンパン。余白がなんだろう、親の仇かっつーレベルで攻めてくる。

 それは繁華街だ。
 ネオン看板が宙に湧く。
 色はとりどり。ひかり点々。雑踏に喧騒がのしかかる。
 ざわざわぞわぞわ。ぞろぞろどろどろ。
 我も我もと渦巻きながら押し寄せてくる。

 わかった。もういい。勘弁してくれ。気持ちは嫌というほど伝わった。
 ああ助けは結構。心配もご無用。かわりにチラ紙の裏をくれ。息する隙間をわたしによこせと、乱暴なようで恐縮だが、何せコッチは陰の者だ。それはそれは面食いのくせ、いざ吉沢亮に遭遇したらば秒でフェードアウトする質の者だ。
 そんなのに寄ってたかってグイグイしてみろ。
 えらいこっちゃよ。
 窒息するわ。
 死ねるのよ。
 あの無駄とも思われる雑い白紙に救われてるやつも、ここにひとりは居るってことで。

 そんな白紙に書かれた「おはなし」が1枚出てきた。
 わたしが子どものころに書いたものだ。
 主人公は赤い風船。誰よりも大きく立派。サーカスのスターで子どもたちのアイドル。金銀のドットが星のようによく光って、彼の勲章でご自慢だった。
 そんな彼が、ある日サーカスから飛び立ったとさ。当て所もなく。
 青い空に赤い彼だ。いやでも目立つ。みんなが彼を欲しがる。あの手この手で彼の気を引く。贈物をしたり、家に招いたり、手紙を書いたり。でも彼は全然その気にならない。近づきもしない。
 そのうち彼は海に出る。
 空よりも濃い青い海に彼は惹かれる。近づきたくなる。でもそれはできない。かなわない。海に光る星をみて嫉妬する。ああなりたい。どうでもなりたい。で―――

 ―――終わる。
 いきなり胸を突き飛ばされる。
 ラストの一行は「空気がなくなってしぼみました」とさ。ちゃんちゃんっ。

 なにせ子どもだ。飽きたらおしまい。意味などないし、所詮はチラ裏。ポイよポイ。
 そうよくわからないまま大海原に放り出される大人のわたし。風の吹くまま翻弄される。さながら風船の顛末を見るようだった。

 が、ここで余白を埋めようというのは自殺行為。子どもの自分を大人の自分が殺してどうする。
 息をしろ。
 この余白をだれにも譲るな。
 それでも風船はいつかはしぼむ。海の藻屑か、魚のオモチャか。
 そのときまで意地を張れ。ジタバタするんだ。大口をあけろ。のどちんこ見せろ。みっともなく喘いだ挙句に、チラ裏に突っ伏して顔面埋めるぜ。前のめりで死んだことも、生きたことも、パッと手を離すくらいで丁度でいいから。

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