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水溶性人

4月になるといつもの通勤ルートがやけに混雑する。行列を生み出している新卒のピカピカのリクルートスーツを見ると、春だなぁと思う。

でもなぜかこの光景はこのあと数ヶ月でウソみたいに消えてなくなる。今までと同じ時間・同じルートで混雑もしないしあのパリパリのシャツとジャケット姿も見当たらない。毎年毎年同じ現象が繰り返されては不思議とそれすら忘れてしまうけど、本当はみんなどこへ行ってしまうのだろう。

わたしはその真相を探るため、パリパリのシャツとジャケットになんともいえない丈のスカートの新卒社員の彼女たちをこっそり追跡した。コピーペーストされたみたいな典型的な装いは「初期アバター」という表現がぴったりすぎる。ピカピカの夢を持って入社してきてくれたのに大人たちの価値観はまだまだ多様性のないシワシワ社会で申し訳ないと思いつつ、初期アバターの団体を引き続き追う。

彼女たちは毎日一緒にいた。同じ時間に出社し、同じエレベーターに乗り、同じオフィスで働き、同じ場所でランチをする。同じ日を繰り返している系のSF映画展開を避けるため、微妙に色の違うネイルを施したり前髪を切ったりする。同期の「前髪切った?」は、正しく時計が進んでいることの証明だった。

観察を続けて1ヶ月後のある日、彼女たちはランチのあとにオフィスビルの地下へと向かっていった。もう正直この観察も飽きちゃってて暇つぶしに未解決事件のWikipediaを読み込んでたので会話は聞いてなかったが、どうせ誰か1人の「トイレ寄っていい?」に便乗した「わたしも行く〜」「わたしも〜」のやつかと思っていた。でも彼女たちはトイレを素通りし、全然知らない地下道をどんどん進んでいく。こんな道あったのかと思いながら進んでいくと、辺りに人が居なくなり、昼間なのにどんどん暗くなり始めた。明かりがない道を彼女たちは迷いなくぐんぐん進んでいく。初期アバターが同じ日々を繰り返しすぎて、ゲームの怖いバグみたいな裏ルートにたどり着いてしまった。この先は生きて帰れるか分からないかもなと思いながら、どういうわけか暗くても進める道を、彼女たちの後ろ姿を見ながら歩き続けた。道はとにかく一方通行で、自分の意志に反して蛇行しながら進んでいる気がした。まるで水道管の中を重力のままに流れる水みたいだった。水そのものというよりは「水に流せるティッシュペーパー」的な感じで「水に流せる人」の気分だった。

しばらくすると、初期アバターが見えないくらい眩しい光が前方から差し込んできた。出口っぽい!出れるっぽい!C◯BEみたいな脱出ゲーム系クソ映画展開に巻き込まれなくてよかった!と思っていると、なんだか外から人の声がする。この扉を開ければどこかしらには出れるらしい。

当たり前のように鍵を開け外に出ると、無数の人の話し声とコーヒーの香りに包まれた。スタバだ。スタバのトイレから出てきたらしい。出口の前で並んでいたらしい女の人が、スマホの画面から目を離さずにトイレに入っていった。店内を見渡しても初期アバターは見当たらなかったけど、なんとか帰ってこれただけありがたいという気持ちになった。落ち着きついでにコーヒーでも飲むか。

入口付近までずらっと続く行列に並ぼうと最後尾まで歩いていると、
「スタバってどっから人が沸いてくるんだろうな」と誰かが言った。