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生きるということの意味

ちょうど一年前の5月18日。私は生まれて初めて精神科の閉鎖病棟というところに入院しました。詳しくは下記のNoteを読んでね。


2022年5月17日の19:33

私はこの時のことを全く覚えてません。電話じゃなくて、どうしてLINEで相談をしたのか。今でも自分の行動が理解不能だし、人に助けを求めた理由もわからない。あれほど消えたいと思っていたのにね。

でもね、私を助けてくれた人がいて、今もこうして私が生きているのは「生きづらびっと」の窓口の方が警察に繋いでくれたおかげです。その方がどこの誰なのかはわからないけれど、私が今も生きていられるのはあなたの助けがあったからです。

ここに書いても届かないと思うけれど、助けていただいて本当にありがとうございます。あなたのおかげで今日も私は生きています。


生きたいという気持ちと、消えたいという気持ちを行ったり来たりして、この瞬間も、この世の中にはつらい気持ちを抱えながら生きている人たちが沢山いるのだと思います。

「生きていればきっといいことがある」

私はそんな綺麗事、今でも微塵に思ってないし、生きていればつらいことも悲しいことも苦しいことも沢山ある。

でもね、あなたが居なくなってしまったら、すべてが終わりなの。美味しいプリンを食べることもできなくなるし、好きなアニメの続きを観ることもできなくなるし、Twitterで「おはよ」って呟くこともできなくなる。

そうなってからじゃ遅いんだ。すべてが無意味になるんだよ。だからそうなる前に、私は全力でその手を掴むし、掴んだその手は絶対に離さないよ。

もうちょっとだけ、考えてみようよ。私と一緒に、この世界で、もがいて、苦しんで、クソみたいなこの世界に、ガッツリ爪痕残そうよ。生きてる証は、あなたが今日も息を吸ってるってことだから。

周りに迷惑を掛けるとか、残された人の気持ちとか、ひとまずそんな気持ちはどっかに置いておこう。

そんなことよりも、あっちの世界に行かないことが大事だよ。苦しくても、つらくても、生きてるってことが何よりも大事。

学校へ行けなくても、仕事ができなくても、お風呂に入れなくても、そんなこと気にしなくていいよ。そんなに頑張らなくてもいいんだよ。きっとなんとかなるから大丈夫。あなたが今日も生きているっていうことに大きな意味があるんだよ。

私は、ここを読んでくれている全ての人を全力で応援するし、私はあなたの味方でありたい。


SNSでも相談できる窓口を載せておきます。つらい時には、ひとりで頑張らないで、ここに相談してみようよ。

どこかでつらい思いをしてる人がいたら、その人にも教えてあげてね。


この世の果ての、そのずっと先の場所から帰ってきた人はそう多くはないと思うから、私は無料記事で入院の記録をNoteに綴りました。

こんなちっぽけな私の生きざまでも、誰かの役に立つのなら、それがここを読んでくれているあなたであったのなら。そう願いながら私はこの記事を書いています。


私はあなたの味方です。

2023年5月18日


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