UnHappy but Happy Cancer life #3 宣告と子供へ

ある日突然告げられた「子宮頸がん」。予期せぬ自身の病を通して、出会いそして体験、一人の女性として、母として、ファッションを楽しむ者として、ハッピーに自分らしく生きたいと徒然なる日々の事を。


Happy Valentine's dayな今日、半年前を振り返ってみる。

コロナ真っ只中の去年の夏。
あっという間に過ぎ去った夏のようだが、暑い暑い夏の記憶は鮮明。8月末に突然の「癌」という宣告で、まず真っ先に頭を過ぎったのは紛れもなく子供のこと。 
どの段階の癌という事よりも、その病名自体が身近なようでまだまだ死を予感させるものである事も痛感する。

生憎、私はシングルマザーであり、子供と2人暮らし。両親はいつでも協力的だが、実家は遠く離れている。そして両親は当然ながら私よりも遥かに歳だ。もしもの最悪の場合、10代の子供を一人残すなんてとても考えられない。これはなんとしても生きなければいけない。

婦人科での検診結果2日後には、数々の検査と共に治療方法の決定に向かい始める。幸いにも、親戚の紹介により担当医と病院を直ぐに紹介して貰う事が出来た。   
同時に病院や治療に関しての情報を探るべく知人に連絡を重ねた。皆、親身に直ぐに色々な情報と共に連絡をくれた。これは本当に有難いことだった。

病気になった時、家族以外で人に伝えるかどうかという事も迷いの一つだが、予期せぬ困った時の人脈や助けに救われることは大きい。信頼出来る人にこそ、打ち明ける事で相談する事で自分の中で抱えるだけでは得ない、思わぬ良い助けや情報を得ることが出来る。

今回の私の経験から、頼るべき人には、まず相談したり話すことをオススメする。そこから得られるかけがえのない日々や時間はとても貴重だ。なんと言っても私自身、これまでは、自分で解決しようと、もがいた事も多いタイプ。だからこそ。

病名は「子宮頸がん IBⅡ期」。検査を重ねて、頸部だけでなくリンパ節近くに腫瘍の転移があった。「広汎子宮全摘出術」という手術の選択を提案される。治療の選択余地を残しながら、有難くも手術日の予約まで直ぐに入れて頂く。

病名も方針もひと段落したところで、闘病を決意宣言するように、一番の理解者である息子には、隠すことなく病名と治療方針を告げた。案の定、癌という言葉に、「ママは死ぬの?」というのが最初の返答だった。
良くなる為に手術が必要で入院すること、その間はおばあちゃんが来てくれること。私自身がちゃんと病気と向き合い、良くなる為の治療をしていく事と母子ともに見守ってくれる人がいることをきちんと伝える事で少しずつ安心してくれた。
女性機能を摘出することも告げると、じゃあこれからはパパになるんだね!となんとも子供らしい発言に私の方も救われた。

この日をきっかけに、母子というだけでなく、闘病生活のパートナーかのように、息子との会話も関係も一段と心強く変わっていったように感じる。


Valentine's dayの今日は、大切な人に感謝と想いを告げると共に、息子へは想いを込めたアロマたっぷりのお風呂で心身共に温まってもらおう。

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