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明の鉄筋相談 完結編

閉店間際の手作り市にやってきたロシア風美人が僕の心に小さな風穴を空けて去っていった。
といってもそれは、ヤクルトをちまちま飲むときに楊枝の先で空ける程度の穴だ。

そこから吹く隙間風に一抹の寂しさを覚えたなどということでは決してない。
すべてはK氏への戦勝報告のために、バーベキューへと招待しておけばよかったという後悔の気持ちからくるものである。

しかし私は確信していた。
きっと彼女は上賀茂神社の手作り市にやってくると。
英語力の低い私にわざわざ次の出店を尋ねたのだから。

そして私は、上賀茂神社で彼女と再会を果たし、英語で「ヘイ!君!バーベキューに参加しないかい!?」と声をかけることにした。
今回はきっちりと策を練り、6月に開催された”明の鉄筋相談”で培ったスキルを駆使して誘い文句を考えた。

それでは、私が考えたバーベキュー誘致への流れをご説明したい。

例のロシア風美人が上賀茂神社で出店している私を見つけ、「私のこと憶えているかしら?」と少しはにかみながら近づいてくる。
それに対して「待ってました!」というリアクションをすると好意を寄せていると勘違いされかねないので、あくまで紳士的に振る舞う。

最初は頭の中で記憶を探っているという表情を浮かべ、やがて先日の出会いに思い当たりハッとする。

「ディドゥ ウィー ミート アット ヒャクマンベン?」

ちなみに英文はグーグル翻訳で文法を確かめ、さらに発音まで確認するという周到ぶりである。

「アイムソー ハッピー トゥー ミーチュー アゲイン!」

まずは素直に再会を喜ぶ。

「アイ リメンバー ユー! ビコーズ ユーハブ グッドスマイル! ソーキュート!」

そして、褒めることも忘れない。

「アーユー スチューデント?」

などと当たり障りのない会話を挟んだあと、バーベキュー招待の本題に触れる。

「ウィー ホールド ア バーベキュー パーティー.
ウッヂュー ライク トゥー パーティシペイト?」

完璧だ。彼女が首を縦に振るのが見える。

招待が唐突な気もするが、「再会を祝してさ」的な雰囲気を匂わせておけば違和感は出ないだろう。

それに、私の頭の容量にも限りがある。
日々あらゆることに思索をめぐらさなければいけない私には、英文の丸暗記などこれが限界だ。

ナンパメソッドにものっとった誘い文句が決まったらば後は練習あるのみだ。

最初は誰だか気づかないふりをして、ハッと気づく練習。
思わぬ再会に両手を広げて喜ぶ練習。
照れずにサラッと笑顔を褒めてみせる練習。
そして、英文を丸暗記して音読する練習。

10月27日。ついに運命の上賀茂神社手作り市の出店日がやってきた。

終始ソワソワしていた私であったが、その日、彼女はやってこなかった。
一人で後片付けの荷物を車に積み込み、一人で夕日を背に浴びて帰った。

私に残ったのは丸暗記した英文と時代遅れのわざとらしい演技だけだった。

明の鉄筋相談 完

みなさまのご支援で伝統の技が未来に、いや、僕の生活に希望が生まれます。