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『犬夜叉』と「リーダーエクスペリエンス」

こんにちは、Cahierです。GW中にもう1本書くとか言ってたけど、書きませんでしたね。すいません。

今日は『犬夜叉』の話をします。今、『犬夜叉』が無料で読めるんです。サンデーうぇぶりで読めます。アプリ版じゃないと読めなさそうなので、読みたい方はインストールして、どうぞ。ちなみに5/15(金)までです。短いね。

今までは、ここからネタバレありパートに直行だったんだけど、今回はネタバレ薄めで、作品の説明を交えつつちょっと書いてから、ネタバレありパートに移ろうと思います。みんな読んでくれないからね。

高橋留美子という漫画家

で、漫画の『犬夜叉』の感想ですが、めっちゃ面白かったです。というか、久々に自分の中ではオススメ漫画ランキングの上位が入れ替わりそうな勢いです。それくらい凄い漫画だと思いました。

『犬夜叉』って、題材そのものはそんなに目新しいわけではないと思うんです。まあ、似てる漫画を挙げろって言われたら困りますが。主人公のかごめは、現代の女子中学生で、自宅の庭の古井戸から戦国時代風の世界に迷い込んじゃうんですね。そこで恐ろしい妖怪に襲われるんですが、その時に出会ったのが犬夜叉。犬夜叉は昔封印された妖怪で、命を助けるのと引き換えにかごめに封印を解いてもらうんですね。『うしおととら』じゃん。で、犬夜叉はめっちゃ強いんだけど、半分人間、半分妖怪の半妖なんですね。新月の火は人間になっちゃって無力なんです。あと、犬夜叉を封印したのは実は恋人の桔梗という巫女で、この巫女の生まれ変わりがかごめなんですね。

なんか、めっちゃありそ~って感じの設定じゃないですか?そりゃ、全部を兼ね備えた作品を挙げろって言われたら無理だけど、個々の要素は結構よくある気がする。

あらすじも割と平凡なんですよね。四魂の玉って言うのがあって、これがめちゃめちゃやばいアイテムなんだけど、物語の序盤で粉々になって各地に散らばってしまうんです。で、欠片だけでもやばいから、犬夜叉とかごめが欠片を集めるたびに出るっていうあらすじです。めっちゃありそ~。ちなみに、犬夜叉の命を狙う顔の良い異母兄が出てきます。この設定もめっちゃありそうじゃない?

まあ、こんな感じで題材やストーリー自体は割と平凡だと思います。高橋留美子先生の何が凄いって、とにかく人間の心の動きと、それを読者に体験させるのが上手いんですね。前者はいわゆる「心理描写」ってやつですね。で、それ以上に凄かったのが後者。これは、「読者を物語に引き込む」のが上手い、と言い換えてもいいんですが、あえて「リーダーエクスペリエンス」という造語を使わせてもらいましょうか。僕はこういうのが好きなんです。文句あっか?

「ユーザーエクスペリエンス」という言葉があります。製品やサービスを使った時に、ユーザーがどのような「体験」をするか、というものを指す言葉です。いや、違うかもしれない。まあいいや。各自で調べてください。「リーダーエクスペリエンス」はそれのもじりですね。「読者体験」ってわけです。高橋留美子先生は、多分これを扱うのが非常に上手い。で、しかもそれをかなり計算づくでやってる。まさに熟練の技です。「リーダーエクスペリエンスの魔術師」といってもいいでしょう。トップクラスに実力のある漫画家だと思います。

で、結局この「リーダーエクスペリエンス」とは何なのでしょうか。次の節では、この造語について話していきます。

「リーダーエクスペリエンス」とは何か

では、皆さん、漫画を読んだときにどんな「体験」をしますか?例えば、『BLEACH』を読んで、「更木剣八カッコいいな~」とか思うじゃないですか。これは「体験」ですかね?微妙にニュアンスの違いがある気がしますね。僕だけ?「体験」っていう言葉は、何らかの出来事に対して使うのが一般的であるように思われます。でも、漫画の場合、出来事を「体験」しているのは読者ではなく、漫画のキャラクターなわけです。では、読者の「体験」とはどこに現れるのか。それは、読むことを通じて読者がキャラの「体験」を「疑似的に体験」するときに現れると考えられます。この「疑似体験」のことを「リーダーエクスペリエンス」と呼びましょう。

「一人称」の物語

では、この「リーダーエクスペリエンス」はどういった時に起こるのか。まあ、月並みな言い方をすれば、キャラクターに「感情移入」したときですよね。高橋留美子先生が上手いところは、この「感情移入」が巧妙に操作されているところにあります。読者は恐らく、この漫画で1人のキャラクターにしか感情移入することができません。そう、かごめです。

『犬夜叉』という漫画は、基本的にはかごめの視点で物語が進みます。心理描写もかごめ以外はあんまりないです。いや、あります。ありますけど、かごめの心理描写ほど濃密ではないです。「ほんとに少年漫画か?」ってくらい、心理描写が濃密で、リアルなんです。いや、僕は女子中学生になったことはないので本当にリアルかどうかは知らないんですけど。まあ「リアルさ」を醸し出すのは漫画家の腕の見せ所なので、「本物」かどうかは関係ないんです。とにかく、かごめの心理描写が濃密でリアルなんです。

ここで重要なのは、かごめの心理描写はほかのキャラのそれと違い、徹底して文字になっているということです。心血注いで細かい描写を読み解かなくても、かごめのキャラクター性を理解できるんですね。

徹底的な一人称視点と、文字化されたキャラクター性により、読者はかごめがどんな人間であるか、何を思うかを、これでもかとわからされます。これにより、意識しなければ読者は必ずかごめに感情移入します。必ずです。

上手いのは、かごめの物語上の役割で、彼女はヒロインではなく主人公なんですね。ちゃんと、物語を能動的に進めていけるキャラなんです。だから、多分週刊少年サンデーを読んでいる少年たちにも、すんなりと感情移入の対象として受け入れられていたはずです。あと、かごめは判断力が凄い。どのくらい凄いかというと、『ジョジョの奇妙な冒険』のブローノ・ブチャラティくらい凄いです。

とにかく、高橋留美子先生は読者の感情移入対象をかごめに絞り、なおかつそのキャラクター性を強烈に刷り込むことで、物語の随所で強力な「リーダーエクスペリエンス」を発生させます。恐らく、その極致といえるのが、桔梗の復活から、犬夜叉・桔梗との三角関係を経た、第46巻第10話「桔梗の幻」です。

というわけで、ここからネタバレありです。待たせたな。










ここからネタバレあり

「桔梗の幻」

今回は一応、ネタバレパートでも説明を交えながら話しましょうかね。桔梗っていうのは、前に述べたとおり、犬夜叉を封印した巫女で、元恋人です。彼女は半妖の犬夜叉と恋に落ちたんですが、ラスボスの奈落っていう妖怪のせいで、犬夜叉と仲たがいすることになります。で、犬夜叉を封印したあと、自分は四魂の玉とともに自害します。その生まれ変わりがかごめです。

死んだはずの桔梗ですが、いろいろあって復活します。しかもめっちゃ序盤で。いや、いつか出るんだろうな~とは思いながら読んでましたけど、まさか5巻で出るとは思いませんでした。

復活した桔梗ですが、生前、犬夜叉と仲たがいしたままなので、犬夜叉に裏切られたと思い込み、めっちゃ憎んでいます。犬夜叉もまた、ここで桔梗に再会するまでは、桔梗に裏切られたと思い込んでいたんですね。しかし、両者の記憶が食い違っていることで、犬夜叉は自分と桔梗が誰かに嵌められたことに気が付きます。一方、桔梗はなんやかんやあって魂に怨念だけが残された存在となって、犬夜叉を恨み続けながら現世を彷徨うこととなります。なんやかんやの部分は漫画を読んでください。

ここに、かごめ・桔梗・犬夜叉のどろどろの三角関係が成立したわけです。かごめは、犬夜叉を行動を共にする中で、犬夜叉への想いを募らせていきますが、犬夜叉の方は、自分と桔梗の離別は奈落の罠だったことに気づき、再び桔梗の身を案じ、心を奪われていきます。そして、桔梗はというと、犬夜叉が自分を想い続けていることを知りながら、殺害しようと罠にかけるわけです。

ここで、『犬夜叉』既読の皆さまに聞きますが、桔梗って、嫌~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~な女じゃないですか?少なくとも僕はそう思いました。みんなもそうでしょ!?!?!?!!?!?!?
こいつ、マジで嫉妬深いんですよ。いや、怨念だけの状態になっているから仕方ないのかもしれないんだけど。でもこいつ、犬夜叉との2度目の対決(第8巻)では、かごめに犬夜叉とのキスを見せつけて、そのあとすぐに犬夜叉を殺そうとしますからね。とんでもねえ女だ。

犬夜叉も犬夜叉で、かごめと結構いい仲になっておきながら、桔梗を見つけると一目散に追いかけるんですね。まあ、こっちはそんなに不快ではないです。なぜかというと、ここに至るまでに犬夜叉がいかに「単純」で「鈍感」であるかが描写されているからですね。悪気があるわけではないのが分かるんですね。あと、かごめがすぐに怒りを犬夜叉にぶつけるのも上手いところですね。主人公格の犬夜叉に読者のヘイトがたまりすぎないように、桔梗になびいてもすぐにかごめが怒ってくれるわけです。

その後、かごめと犬夜叉はなんとか桔梗を撃退します。このエピソード以降、桔梗の目的は犬夜叉の殺害ではなく、奈落討伐の方に向かっていくので、表立って犬夜叉たち一行と敵対することはなくなりました。でも、犬夜叉の心が桔梗から離れることはないんですね。基本的には桔梗最優先なわけです。

第29巻辺りでは、桔梗が奈落と対決し、致命傷を受けます。桔梗が死んだと思いたくない犬夜叉は桔梗を探すために単独行動をとるのですが、その間にまたしてもかごめはピンチに陥ります。ここまでくると、もうかごめは諦めの境地なんですね。「自分はこんなに犬夜叉のことが好きだけど、犬夜叉が桔梗のことを一番に想うのは仕方がない」と。

でも、読者からしたら溜まったものじゃないんですよ。前述したとおり、かごめの心理描写が濃密な一方で、ほかのキャラの心理描写はそこまででもないです。特に、かごめ・桔梗・犬夜叉の三角関係では、その差が顕著です。桔梗の心理描写は、少なくはないですがかごめのものほど分かりやすくはありません。解釈の余地も大きいですしね。犬夜叉に至っては、その桔梗への想いは、犬夜叉の口からかごめへ語られる以上のものはほとんどありません。この、心理描写の差異が、三角関係のうちの一角である「かごめ」へと、読者の視点を強烈に引き込みます。だから、読者からすれば、かごめがこんな状態に置かれているのは、愉快なはずがないと思うんですね。

その後、瀕死の重傷を負った桔梗をかごめが治療したりしながら、いよいよ運命の「桔梗の幻」のエピソードが幕を開けます。

この一連のエピソードでは、桔梗と犬夜叉をめぐる心の動揺から、かごめは生まれ持った「浄化の力」を失い、桔梗から授かった弓の弦を切ってしまいます。奈落の罠に嵌った桔梗と犬夜叉を、浄化の力で救うため、かごめは新たな弓を求めて梓山を訪れます。

梓山で弓を守っていた山の精霊は、かごめに問いかけます。「桔梗を救っても、彼女はお前を見捨て、犬夜叉と生きる道を選ぶだけだ。ここで弓を捨て、桔梗を見捨てても、誰も責めはしない」と。桔梗の幻もまた、そこに姿を現します。「お前は私に嫉妬し、恐れている。お前はそんな心を隠し、私を憐れむふりをしている。」桔梗の幻はかごめにそう語りかけます。

それに対し、かごめは言い返します。

あんたと犬夜叉の間に…絶対に私が立ち入れない過去がある…それは認めてあげるわよ!だけどね!私にだって犬夜叉と過ごしてきた時間があるのよ!あんたが知らない犬夜叉の顔だって、いっぱい知っているのよ!

そして、かごめは言います。「あなたと私は同じ立場だ」と。

このシーンは、かごめが「桔梗に対して一歩引く必要はない、自分と桔梗は同等だ」ということに気づくシーンなんですね。そしてまた、読者がそれに気づくシーンでもあります。ここまで、桔梗の心情はほとんど語られてきませんでした。かごめが語りかけているのは、桔梗の幻ですが、この時はじめて、読者は「桔梗の視点」に目を向けることができるのです。そして、かごめと同じことに気づく。これが、「リーダーエクスペリエンス」が起こる瞬間なのです。

さて、ここで桔梗とかごめの2度目の対決を思い出しましょう。第8巻です。かごめに撃退された後、桔梗は妹、楓のもとを訪れ、次のように語ります。

楓、犬夜叉は変わったな。……あのかごめとかいう女が…犬夜叉を変えたのか?……私がしたかったことを…かわりにあの女がやっているのか。

何のことはない、桔梗の思いはすでにここに現れているのです。「桔梗の幻」を読んだ後にここを読み返すと、桔梗の心の内が分かるはずです。別に桔梗の幻」を読まなくても分かる、という人もいるでしょうが。

しかし、多くの読者はこのごく単純な読解に気づかないでしょう。ここに、高橋留美子先生の達人の技が光るわけです。かごめの心情を開けっ広げにし、一方で、桔梗の心情は隠す。それにより、読者は「かごめの視点」にくぎ付けになる。そして、かごめ自身が桔梗の思いに気づく瞬間、読者にもそれを体験させる。

ここまできれいな「リーダーエクスペリエンス」を仕込める漫画家は、そういないんじゃないでしょうか。

おわりに

というわけで、今日は『犬夜叉』と「リーダーエクスペリエンス」の話をしました。この「リーダーエクスペリエンス」というのは、多分誰にでも起こるというわけではないのですが、それは置いておいても、『犬夜叉』はキャラの体験を読者に疑似体験させるという点では、ずば抜けて上手い漫画だと思います。

本当は、まだまだ語りたいことがあるんですけど、今日はここまでにしておきます。めっちゃ長くなったからね。もしかしたら『犬夜叉』でもう1本くらい書くかもしれないです。書かないかもしれないです。

今回は、結構長くなってしまいましたね。それでは、さようなら。

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