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100人におすすめできるもの

「衝動買いをするほうですか?」
アンケートや心理テストでよくあるこんな質問。私の答えは大抵ノーで、ものに対してこだわりの強いタイプゆえ、熟考を重ね、結局買わないこともしばしばです。
それでももちろん例外はあり、見つけると同時にレジに向かってしまった品物もいくつかあります。
その代表と言えるのが『ほつれ直し針』
『補修針』の名の商品もありますが、中身は同じ。頭の部分がやすりのようにざらざらとし、糸を通す穴のない細い針です。

よく考えてみれば、他にももっと『買ってよかったもの』は出てきます。
たとえばシルクの手袋や、スペイン製のショートブーツ。ミュージアムパスに、セリアのウィリアム・モリスグッズ。クエン酸に、ガスールも。
ちょっと贅沢だったり、ユニークなものもあり、ほつれ修繕のための針、というお世辞にも華やかとは言えないものより、人目を引きそうなのは確かです。けれど『買ってよかったもの』というハッシュタグを見たとたん、真っ先に思いついたのがこの生活感あふれる道具だったため、致し方ありません。

それに、またしてもよく考えてみれば『買ってよかったもの』というテーマの文章を読む時に、へえ、こんなものがあるんだ、良さそうなら自分も使ってみたい、と考える人は多いのでは?私ならきっとそうで、それがどんなに良いか書かれたものを読み進み、説得力があればあるほど、自分も試してみたくなるに決まっています。
だとすれば「これってこんなに素晴らしいんですよ」の宣伝や自慢で終わることなく「すごく良いのでよろしければぜひ」というところまで辿り着きたいもの。
そうすると、やはり他のものでは不都合が出てしまいます。

シルクの手袋は
「いや、ちょっと気恥ずかしいし、すぐ傷みそう」
スペイン製のショートブーツは
「スペイン製じゃなくてもいいし、ブーツって履かないので」
ミュージアムパスは
「言うほど美術館って興味ないし」
セリアのウィリアム・モリスシリーズは
「雑貨は買いません。っていうか、モリスって誰?」
クエン酸は
「もう冬だし酸っぱいのもね」
ガスールは
「そもそも、何です?ガスール?(モロッコ産のクレイです。万能です)」
私がいくら良いと感じていても、脳内で即座にカウンター的反論を思いつきます。

その点、ほつれ直し針なら。100人の人がいたとして、その全員におすすめできます。
なぜなら手袋を着けず、ブーツを履かず、美術館に行かず、英国デザインの雑貨に興味がなく、酸味を求めず、大地の恵みさながらの土を必要としなくても。ほつれ直し針は必ず誰しもの役に立つからです。
何も身に着けず24時間を裸で過ごすとか、身の回りに布製品が何一つないという人は皆無でしょう。

世の摂理として、存在するあらゆるものは変化し、布の表面や編み目もまた例外ではなし。
最初は綺麗に整っていたはずが、ふと見ると不恰好に飛び出したり、あり得ないほどにほつれた糸や編み目に気づくのです。
身近に犬猫や鳥などの生きものがいればなおさらで、かわいらしい爪やくちばしに引っ掛けられたセーターの毛糸が、肩口や背中からもだらりと垂れ下がっている始末です。

そんな、唖然とするような場面でも、ほつれ直し針があれば慌てる必要もありません。
「ちょっと待ってて。また後で遊ぼうね」
冷静に動物たちを肩や膝から下ろし、たしかあそこに、と頭に思い浮かんだ引き出しや缶の蓋を開けます。
幸いにもすぐにお目当てのものは見つかり、注意深く取り出した針の先端を、飛び出した毛糸のきわにあてがいます。
そのまま、針をゆっくり布地に沈め、裏側まで引き抜くだけ。
頭のぎざぎざ部分に引っ張られ、毛糸も一緒に裏側までついてきます。
もし一度で引き込めなければ、同じことを繰り返すだけ。力も技量も不要、しかもわずか数秒で終了です。
先ほどまで糸が飛び出ていたとは信じられないほど、布地には何の痕跡もありません。
これほど簡単で感動的なことも世の中にそう無い気がします。一度人前で使った時は「すぐ自分も買いに行く」と力強く宣言されました。

ニット以外にも、カットソー、スーツにコート。布製バッグ、手袋、ストール、帽子。家の中でなら、クッション、タオル、ランチョンマットに犬のおもちゃのぬいぐるみまで。
およそ何にでも対応可能。好きだけどあまりに見た目がみすぼらしくてもう使えそうにない、という事態からも救われます。
他にも、どこかのお店で“糸が飛び出たりほつれているだけで大幅値引きの訳あり品”の洋服に出会うようなラッキーが起こった時。ただ針を通すだけで新品同様の姿に戻るのですから、ずいぶん良いお買い物ができたりします。

手芸店やネットショップ、最近では100円ショップでも買えてしまう、この優秀すぎるほつれ直し針。
なぜかあまり知名度が高くないため、自分が使って気に入ったら、誰かに伝えて喜ばれるかもという楽しさもあります。
私の、心から買ってよかったと思える一品。
よろしければ、ぜひどうぞ。

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