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ただいま準備中?

僕らが計画を練っている間に人生は過ぎてゆく。

──ジョン・レノン


人生は衣装をつけたリハーサルではない

今年の初めに、古い洋書の中で見つけた言葉です。
著者によると、これは西洋ではごく一般的な言い回しだといいます。


"衣装をつけたリハーサル"と聞くと、私の脳裏にまず浮かぶのは、バレエの発表会前の
"ゲネプロ最終リハーサル"です。

この通し稽古では、アナウンスが入り、照明がつき、音楽が流れと、全てが本番通りの手はずで進みます。
出演者たちも本番さながらに衣装や小道具をつけ、ヘアメイクにも抜かりはありません。

本番とただ一つ違うところは、客席に座っているのがお客さんでなく、厳しい目つきの先生たちであるという点です。


「暗転が早過ぎる。二秒遅らせて」
「目線を下げない!床に何か落ちてる!?」
「もっと立ち位置を考えて。端の子は袖の陰で見えてないよ」

時折マイクでこんな指摘が入っては進行が中断されを繰り返しつつ、発表会のリハーサルは時に本番以上の緊張感でもって進みます。

あまりの厳しさゆえ泣き出す子さえいるほどですが、もしもこのリハーサルがなかったらば、本番では更なる混乱を極め、まごついて何もかもふいになるのは確実です。
だからこそ、たった数時間の発表会にも、入念な準備と予行練習が必須なのです。


にも関わらず、もっと重要な場面の連続する実人生で、リハーサルの機会が用意されることはありません。

この世は舞台。
どんな男も女も一介の役者に過ぎぬ

シェイクスピアも『お気に召すまま』(第2幕第7場)で、ジェイクイズにこう朗々と語らせたというのに。


ジャン・ジュネ
監督のフランス映画『アメリ』では、主人公アメリ・プーランは"現実世界にもプロンプター黒子がいて、言葉に詰まった時セリフを教えてくれたら"と妄想します。
彼女の空想の中では、人とのやりとりの際、他人には見えない位置に潜んだプロンプターが、望み通りの展開につなげるべく、的確に助け舟を出してくれます。

私も、もしそうならばどんなに心強いかと思います。
どれだけ綿密な計画を立てようが、全てが順調に進む保証などなく、思わぬ事態に見舞われるとか、予期せぬ失敗に足をすくわれることはままあるからです。

そんな時、もし事前リハーサルがあったりプロンプターがいてくれたなら、もっと上手く窮地を切り抜けられるかもしれません。


ニューヨークの下町に生まれ、学校や軍隊を次々とドロップアウト。歌手として人気を掴んだ矢先、ラスベガスでアル・カポネの手下から襲撃されて声を失う。再起をかけて移り住んだハリウッドで、コメディアンとして大成功、という数奇な運命を辿ったジョー・E・ルイスは、後にこう語りました。

人生は一度きりだが、上手く使いこなせれば一度で十分だ


もちろんその通りです。誰もがそうあれたらと願います。
けれどなかなかそうもいかず、同じ場所での足踏みが続くなど、苛立ちが募ることも多々あります。
そんな時は、まだ何も本当に重要なことは始まらず、自分が望む場所に立てていないという失望感に襲われます。


そんな考えが危険の元だということはわかっていますし、理由のない焦燥は心を蝕むだけで、毒にしかなりません。

ですから、そのまま悲観的かつ厭世的なムードに浸るよりは、世界中のあらゆる賢者や聖典が教えるように、待つことを学ぶべきなのでしょう。


そのために必要なのは、頭の中の「もしも」「もっと」という野望は脇に置いて、より身近で現実的なところに心を向けることです。

いま確実にできること、すべきことに集中し、それらを出来るかぎり上手に行う方法を探すこと。
何かひとつのものに熟達すれば、その影響は他にも及ぶというのが私の考えで、ある分野で身につけたスキルは、必ず別の分野でも応用できます。


だから、何ひとつ無駄になることはない、自分は"今"にいながらにして"その時"に備えてもいるのだ、と考えます。

この一歩は、自分が進みたい道の方につながっている。そんな確信ほど心が鼓舞されるものはありません。
そんな時は、たとえどこで何をしていようと、人生をリハーサルのように生きてはいないとも感じます。


"いつか来るかもしれない時"のために生きるのではなく、人生の大切な瞬間は、いつも連続していることを忘れずにいたいと思います。
願い、望むことは重要ですが、そのために"他の時間"をふいにするのはあまりにもったいないことです。

この世での滞在時間には誰しも限りがあり、私たちには無駄に投げ出せる時間の持ち合わせはありません。
それは辛いようでいて、最も尊いことでもあります。


訪れることさえ不確実な何かに備え、衣装をつけたリハーサルのような毎日を過ごすより、どれだけささやかでも、その瞬間ごとに、自分が主演の物語を精いっぱい生きること。

そんな人が増えたなら、世界はもっと素晴らしく輝かしい場所になるに違いありません。





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