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3人目の姉妹になりたかった「ずっとお城で暮らしてる」
邸内には一族の歴史を語る重厚な調度品が並び、森へと続く広い庭には季節の花々が咲き乱れる。
そんな古い館に仲睦まじく暮らすのは、年若い姉妹と身体の不自由な伯父。
こう書けば、ある村の外れにある屋敷を舞台とした
『ずっとお城で暮らしてる』
(シャーリイ・ジャクスン 1962年)
は、いかにも典雅で牧歌的な小説かと思われるかもしれません。
語り手の女性メリキャット(メアリ・キャサリン)とその姉コンスタンスの名前からして、可愛らしい少女そのものの趣きですし。
ところが、物語を読み始めてすぐ、その印象は覆されます。
買い物のため村まで外出したメリキャットが、深く顔をうつ向け、ひとり内心で思うのです。
「この人たちは、ずっとあたしたちを憎んでる」
「みんな死んじゃえばいいのに。
そしてあたしが死体の上を歩いているならすてきなのに」
彼女は村へ出る度に、嫌悪感と侮蔑の念を隠さない村人たちから、睨みつけられ、棘のある言葉を投げられ、嘲笑されます。
子どもたちまで、戯れ歌でいっせいに囃し立てるほど。
《メリキャット お茶でもいかがと コニー姉さん
とんでもない 毒入りでしょうと メリキャット
メリキャット おやすみなさいと コニー姉さん
深さ十フィートの お墓の中で!》
この唄は、姉妹の周辺で起こったある事件に由来します。
6年前のある日、両親と伯父の妻子とが、一度に急死したのです。
原因は、砂糖に混ぜられた砒素でした。
一命を取り留めた伯父も後遺症による麻痺が残り、全くの無傷だったのは姉妹ふたりだけ。
特にコンスタンスは警察から殺人容疑で厳しい取り調べを受け、証拠不十分で釈放された後も、周囲は疑惑を捨て切れません。
それ以来、もとより村人から疎まれていた姉妹と伯父は、庭に沿って金網のフェンスを巡らせた屋敷の内に閉じこもり、周囲とほとんど断絶した生活を送ります。
「大好きよ」
「私たちしあわせね」
互いにこんな言葉を交わしながら。
これは決して皮肉や強情ではなく、語り手のメリキャットは、姉以外の誰も愛していません。
「ジョナス(猫)とあたしとで、姉さんにクモが近寄らないように気をつけていてあげる」
こんな言葉の通り、彼女のクモ(=他所者)への徹底した排除の意志は、更なる悲劇的な事件を引き起こします。
魔術を信じる彼女は、結界を張り巡らせ、銀貨を土に埋めて身を護りと様々な儀式を行いますが、現実的な行動に移ることも躊躇しません。
平穏な暮らしへの侵入者である従兄のチャールズに対し、警告を与え、ひいては彼女なりの裁きを下すのです。
そのため屋敷まで半ば失いながら、再び姉との差し向かいの日々を取り戻したメリキャットは「いつになく生き生きしている」と評されるほどの幸福に包まれます。
こう書くといかにもメリキャットは異常なようですが、いささか狂気めいているのは、彼女だけではありません。
伯父も変わった人物であり、身内と自らの身体的自由を奪った「運命の日」への執着から、文字によってその日を再現することに取り憑かれます。
コンスタンスに毎日同じ質問を投げかけ続け、奇妙なことに、メリキャットは亡くなったものと信じています。
(だから、共に暮らす彼女の名を決して呼ばないのです)
村人たちも同様で、一家に対し明らかに度を超えた憎悪を抱え、彼女らに危機が訪れた時、隠し持った獣性を爆発させます。
共謀して一家を襲い、何もかもを破壊しようとする、このおぞましさはメリキャットたちが醸し出すものとはまた違う種類の狂気です。
そして、このどす黒い暴力性に晒されたコンスタンスは、それまで以上に心を閉ざし、外界との一切の繋がりを拒否します。
けれど私が思うに、彼女は決してただの犠牲者ではなく、唯一の常識人のようでいながら、ある意味最もわかり辛い異常性秘めています。
大量殺人の起きた家で、理解し難いほどに偏執的な伯父、世俗的で浅薄な従兄、自分以外のあらゆる人間を殺したがる妹の全員を、笑顔で世話し、殺人の隠蔽まで行うのですから。
見た目通りに純粋で善良なのか、何を感受し、どこまでを知り、どんな思考がその頭に浮かんでいるのか。
「私がすべて悪い」という言葉が、どのような意味を持っているのか。
妹のメリキャットにどんな感情を抱いているのか、愛しているのか、恐怖心を抑えているのか、実は興味すら持ち合わせていないのか。
他人が感情を露わにする修羅場でも、声もなく微笑んでいるだけのコンスタンスは全くその内面を覗かせず、実は誰よりも恐ろしい人間ではないかという、謎に満ちた不気味さ漂わせます。
この物語は、ホラー、サスペンス、推理小説と、いくつものジャンル名をつけられそうですが、主人公やその語り口が嫌い、気持ちが悪い、共感できないという方もおられるかもしれません。
あまりに主観的なメリキャットの独白や暴言、とりわけ、もしこれが全て妄言だとしたら、という部分を楽しめるかどうかが、作品に対する好き嫌いや評価につながりそうです。
私に関して言うならば、初めて中学生の頃にページを開き、本の中に自分がいる、と驚きました。
明らかに「フェンスの内」寄りの私は、お邸のフェンスの外で「正常な暮らし」を営む村人たちより、そこから排除され、自分たちだけの「異常な暮らし」を愉しむ姉妹に憧れ、お城に住みたい、とまで願ったのです。
そのくらい、このひたひたと毒に侵されたいびつな世界は肌に合い、恐ろしいよりもむしろ、残酷ささえ美しい夢のようでした。
後味の悪さすら癖になる、どこか腐敗したお菓子のごときこの物語は、栄養にはならないながら、中学生時代の私のように、ある人々にとっては奇妙に甘い慰めとなるかもしれません。
それでは、また次のお話でお会いいたしましょう。
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