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自然派と陰謀論の家庭に生まれて ~川井さんの場合~

陰謀論に関する調査や執筆をしているとよく聞かれる質問がある。「陰謀論にハマった友人や家族を目覚めさせるにはどうしたら良いですか?」というものだ。これに答えるのは非常に難しい。筆者は陰謀論の成立過程や背景については調べているものの、心理やカルト脱会の専門家ではないからだ。このためそうした質問を頂いた際には、一般的な対応策である「傾聴姿勢を崩さず、繋がりを失ってしまわないようにすること」と答えるようにしている。

とはいえ新型コロナと共に陰謀論が広まっている昨今、家族や友人が陰謀論に染まってしまったという話もよく聞くようになり、解決へのより具体的な手がかりが求められているように感じられる。そこで筆者は具体的なケースを集めることでヒントを得られるのではないかと考え、陰謀論を強く信じてしまっていたものの、そこから脱出した方にインタビューを行うことにした。

今回取材した川井さんは両親ともに陰謀論を信じている家庭に育った。筆者はカルト問題に関する学習会に参加しており、カルト信者の家庭に生まれた二世が、一般社会とは大きく異なる価値観で育てられることで社会適応が難しくなったり、さらには進路を強制されるといった「カルト二世問題」についても学ばせて頂いている。今回のケースは具体的なカルト団体が原因となっているものではないが、カルト二世問題との共通点が多くあると考えている。

両親ともに陰謀論に染まっており、現代医学を否定

今回取材させて頂いたのは、陰謀論や自然派からの脱出についてTwitterで発信されていた川井 真澄さん(仮名)である。川井さんは20代の女性であり、両親ともに自然派・陰謀論に染まっている家庭で育った(以下、「」内は川井さんの証言)。

「両親共に陰謀論を信じていましたが、母親と父親で傾向が違っていました。母親は自然派で、添加物やワクチンを嫌うタイプ。父親は政治家やマスコミが何かに操られているというタイプで、医師や現代医学を信用していないのは母親とも共通するものの、どちらかというと『政治家や医者の知らない真実を知っている自分は偉い』と思いたいようでした。父親の偉ぶる性質には全く共感できず正直嫌いだったのですが、母親の自然派志向は安全志向にも近いものがあって受け入れやすく、尊敬していました。具体的には添加物を極端に嫌う、反ワクチン、反牛乳といったものです。

ワクチンには反対でしたが全てが駄目というわけではなく、打っているワクチンもあります。ただ子宮頚がんワクチン(HPVワクチン)にはやはり反対でしたね。また、電磁波有害説を信じていたため、家には電子レンジがありませんでした。さらに母親は反原発派で、子供の頃から一緒にデモに参加してもいました。こうした傾向は母親がインターネットに触れるようになってから強くなったように思います。家にネットが導入されたのは私が中学生になった頃でしたが、小学生の頃はまだコンビニの食品を食べていた記憶があります。」

マルチ商法にハマった母親

電子レンジがないほどの自然派の家庭で、周囲との違いに疑問を持つことはなかったのだろうか。

「周囲に馴染めず小学2年生から不登校になり、ほとんど学校には行かなかったので、同級生との付き合いで疑問を持つような機会はありませんでした。周囲とのずれを意識するようになったのは就職してからですね。通信制の高校を卒業した後にパン屋でバイトもしていたのですが、周りと世間話をすることがほとんどなかったので、自然派な話をするようなこともなかったです。バイトしている時はむしろ、『周りの人は添加物まみれの食べ物を食べたり牛乳を飲んでいる、何も分かっていない』なんて考えていました。」

川井さんはバイト生活の後に就職し、何度か転職した後現在の職場に移って働いている。現在の生活は安定しているそうだ。そんな時、尊敬していた母親を疑わざるを得ないような事件が発生した。

「厳しい労働環境の職場を渡り歩き、今の仕事に移ったことでようやく落ち着いた生活を手に入れました。そんな時、母親がマルチ商法にハマっていることが分かったんです。母親の友人が、マクロビレストランの経営者から誘われたのが発端でした。

当時はまだ極端な自然派・陰謀論から抜けられていなかった私も、マルチ商法はまずいのではないかと思って話を聞いたところ、明らかに違法と思われるような勧誘も行っていて。マルチ商法の商材は美容品や健康食品です。不安で色々検索していたら、たまたま自然派に関するtogetterを見つけました。色々辿っているうちに、母のような考え方が世間では『自然派』と呼ばれているのを初めて知りました。母親が言っていたことは全て『自然派』が指すものに入っていて、Facebookで発信された情報が彼女を経由し、自分に届いていたことを悟りました。

その後、母親にマルチ商法について問い質したところ、違法勧誘についても違法と分かってやっていると言っていて衝撃を受けました。その頃の母親はスピリチュアルにもハマっていた上に山本太郎を英雄視するようになっていて、私が泣きながら話し合おうとしているのにも関わらず腕組みの拒絶姿勢で、全く話を聞いてくれない。言い訳も支離滅裂で、これまで持っていた『正義感が強くて、しっかり者のお母さん』というイメージが音を立てて崩れました。

よく考えてみれば、母親は昔から正義感は強かったものの、ここではないどこかに意識を向けているようなところがありました。子供を置いてボランティアに行ってしまうような母親。実はあまり私に興味がないことも、薄々感じてはいたんです。子供の頃、サンタクロースの話をしたら『世界には貧困に苦しむ子どもたちもいるのに何を言っている。おまえのお小遣いをユニセフに寄付するから金を出せ!』と叱られたこともあります。

両親は私が高校を卒業すると同時に離婚しており、私は数年間母親と二人暮らしをしていたのですが、母親との話し合いが決裂してから2ヶ月ほどで実家を出ました。今は一人暮らしをしています。」

極端な自然派や陰謀論から抜け出せたきっかけ

母親から離れて暮らすようになった川井さんは、ようやく安心できる生活を手に入れたという。そんな彼女が極端な自然派や陰謀論から抜け出せたきっかけはどこにあったのだろうか。

「添加物の危険性を過剰に嫌ったり、ワクチンに強固に反対するような考え方に対して、順を追って検証したtogetterがあり、それが直接のきっかけです。また、安定した生活を得ていたことも大きいですね。

ファクトチェックには意味がないと言われることがありますが、私のように、ちゃんと論理的に説明されていれば理解できる人もいるので意義はあると思います。ただ、東日本大震災の後に起きたような、『アベガー』とか、『放射脳』といったきつめの言い方は、当時そう言われる側だったのですが反発が先に来てしまい響かなかったですね。今からすると、根拠がないようなレベルで過剰に危険性を騒ぎ立てるような人々に腹が立つのも分かるのですが。

それから、趣味があれば陰謀論にはハマらないような話も聞きますが、少なくとも私の両親の場合は充実した趣味を持っていました。母親は地理や歴史が好きでフィールドワークをしていますし、父親は趣味に関する内容で本を出しています。陰謀論を信じていたから分かりますが、あの高揚感や、脳内麻薬が大量放出される感じは他ではなかなか味わえません。陰謀論は麻薬のようなもので、私もそこから抜け出した後、心に大きな穴が空いたように感じました。今はその穴を、周囲の人が褒めてくれるような職場に出会ったことや自活できていること、親と離れて暮らせていること、といった現実的な充実感で埋めているところです。」

自然派・マルチ商法・陰謀論・スピリチュアルの連鎖が親子を翻弄する

陰謀論を強く支持する家庭に生まれ、そこから脱出するまでの貴重な証言を聞くことができた。川井さんの場合は不登校だったものの、そうでない場合でも両親の極端な思想をそのまま受け入れて育ち、周囲との関わり方や社会適応に悩むということは起こりうる。また、川井さんの母親は過激な「正義」に目覚めてしまったため、目の前の子供には冷たく接してしまったようだった。

私は反ワクチン・ノーマスクデモも取材しているが、必ずと言って良い程見かけるのが親子連れである。主張内容や反対意見を詳しく知らないと思われる子供が、両親とシュプレヒコールを上げていることもある。こうした家庭は陰謀論が広まる中で増えているのではないだろうか。

先日、集英社が運営するウェブメディアである「読みタイ」に連載されていた、様々な宗教の二世が抱える悩みや苦悶を漫画化した「『神様』のいる家で育ちました 〜宗教二世な私たち〜」の第五話が謝罪文とともに削除され、さらにはそれ以外の回についても公開停止になるという出来事があった。謝罪文からは具体的にどのような経緯で削除に至ったのかは分からないが、筆者としては苦しむ二世の問題が知られる貴重な連載だったと考えているし、このような対応が行われては当事者が声を上げ辛くなってしまう。集英社には是非とも再度の公開を検討して頂きたい。

また、川井さんの母親はマルチ商法の会員でもあり、さらにはスピリチュアルも信仰していた。ここでもやはり、陰謀論、マルチ商法、スピリチュアルが隣り合わせという例が見られる。先日の「塩の人」記事でもマクロビを信奉する人物の周囲にスピリチュアルやマルチ商法の影がちらついていたが、特にマクロビについてはその名前から受けるイメージとは異なり、日本人が提唱したもので、ベースは食材の陰と陽の調和を重視する東洋的な思想である(従って現代栄養学とは根本から考え方が異なる)

マクロビは、日本では「海外セレブが取り入れる健康法」くらいの扱いをされているが、元々はむしろ日本人が海外で普及活動を行なっていたものであり、ヒッピー達が愛読した入門書は「ゼン(禅)・マクロビオティック」であった。ヒッピー達はマクロビを、「憧れの東洋からやってきた、神秘的な栄養学」として受け入れたのである。このためスピリチュアルとも相性が良く、筆者としては単なる健康法のような扱いで再輸入・普及が行われたことについて違和感を持っている。

二世問題にも触れつつ、今後も陰謀論から抜け出した人への取材を続けていきたい。

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