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北国の小さな城下町にある特別な場所、ジャズ喫茶ベイシー

岩手県一関市。江戸時代、仙台(伊達)藩の事実上の支藩だった一関(田村)藩が置かれていた城下町。元の旧制一関中学、現在の一関一高の近く、スナックやバー、映画館が点在する地主町の一角に、全国からジャズファンを引き寄せている店がある。それが「ベイシー」だ。

私はジャズに関して素人。でも名前ぐらいは知っていた。ずっと前のこと、東京かどこかに暮らしていた時、岩手県とはまったく無関係の知人が、「こんど一関のベイシーに行くんだ」と行っているの聞いて、「ああ、そんなジャズ喫茶があるんだな」と思った程度だった。

それから時を経て、岩手県に暮らすようになり、たまに「ベイシー」に足を運ぶようになった。黒い合皮のチェアーに座り、ビスケットも一緒についてくる紅茶を飲みながら、店主の菅原正二さんが選んだジャズのアルバムを聞く。初めて聞いたとき、音のすばらしさに驚いた。目をつぶれば、まるで目の前でだれかが演奏しているかのような、リアルな再現力だ。これが、菅原さんが長年造りあげてきた音響設備なのか、と敬服した記憶がある。

そのベイシーが、ドキュメンタリー映画になるのだという。「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」。9月18日から東京の映画館「アップリンク渋谷」や「アップリンク吉祥寺」で公開が始まり、順次全国公開されるという。

映画では、ベイシーを愛し、菅原正二さんと親交のあるさまざまな人たちが登場し、音楽、ジャズ、ジャズ喫茶を語る。

ざっとあげるだけで、島地勝彦、村上ポンタ龍一、坂田明、小沢征爾、安藤忠雄、鈴木京香、渡辺貞夫の各氏などなど。

もちろん、菅原正二さんの語りも随所に。

「大学受験で東京に行ってジャズ喫茶に飛び込んで…東京はなんていいところだと思った…受験には落ちた」

といったエピソードから、ベイシーのサウンドの「大音量」について、

「滝の中のツバメは、突っ切っていくと静寂が聞こえるんですね」と意味シンなことを語ったりもする。

なぜ、ジャズ喫茶なのか、という問いに関連して、「オレ、自分を消したいの…(初期で出会った著名演奏家や録音職人など)色々な人に尽くしたい訳です」という菅原さん。店を50年の長きにわたり続けてきた理由が、ジャズ素人の私でも感覚的に理解できたような気がした。

ジャズ好きの方はもちろん、この映画をおすすめしたい。そうでもないでも、まず、ベイシーに行ってみたらどうだろうか。そうすれば、もっとこの店を、菅原さんを知りたいと思うはずだ。

店に行けば、サングラスをかけ、髪をばっちりと決めて、葉巻をくゆらせる菅原さんが、レコードをかけてくれる。たまにドリンクの注文も取りにきてくれる。壁に書かれた、ここを訪れたさまざまな人たちが書き残した感動コメントを読んだりしながら、ベイシーに蓄積された歴史に入り込むのは、ここに座ることでしか、できないことなのだ。

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