ひとり旅の夜
そんなに遠くへ行かないひとり旅をして、そこで訪れるお店での時間が好きです。
それに、店を営んでいる身としてはどんな飲食店も勉強になるし、刺激を貰うことができます。
少し前に、ある地方都市のワインバーをお目当てに旅を計画しました。
古い建物をリノベした、ナチュラルワインとビストロ料理のお店。
オシャレ!
字面だけでオシャレ。
ネットで調べた評判もとてもいい感じで、間違いないと意気込んだわたしは定休日をチェックして、訪れる日が営業日であることを確認したうえで近くの宿を早々に予約しました。
そして当日。
意気揚々と向かいながら念のためお店のサイトを確認したところ、なんと臨時休業……。
しばらく呆然としましたが、仕方が無いので近くの別のお店に入ることに。
目に入ったのは落ち着いた佇まいの和風のお店で、宿でもらった周辺マップにも載っていなかったけれど、すぐさまワインから日本酒へと切り替えて、思い切って暖簾をくぐりました。
こじんまりとした清潔感あふれる店内に入り、「1人なのですが……」とおずおずと申し出ると、男性の店員さんが「カウンター席でもよろしいでしょうか?」と優しい笑顔で案内してくださいます。
まずは、生ビールとお通し。
カウンター端に座るわたしから3席離れて、向こうの端に座るのは、20代女性2名。
このような落ち着いた個人店のカウンターで、20代女性が日本酒の杯を傾ける様子に、なんとなく頼もしい気持ちになってしまいます。
わたしのすぐ後ろのテーブル席には、30代と思われるイケてる系ビジネスマン4名が、ワインボトルを何本も並べて、何やら地元産ワインについての蘊蓄を語っています。
適当に注文した「冷やしトマト」が大変美味で、この時点でここへ来たのは大当たりと確信。
さらに、日本酒は半合から注文できるという嬉しさに、まずは幻舞をオーダー。
真鯛のお造りを堪能していると、背後のテーブルの話題がワインではなくなっていることに気づきます。
盗み聞きするつもりはなかったのですが、すぐ後ろからかなりのボリュームで聞こえてくるため、耳に入ってしまうのです。
わたしは本を読みながら飲んでいましたが、一向にトーンダウンする気配なく盛り上がる男性陣の会話に、つい耳を持っていかれてしまいました。
どうやら、4人のうちの年長と思われる男性1人にはお子さんがいらっしゃるようで、盛んに若手から質問攻めにあっています。
「〇〇さんにとって子供ができたタイミングは、それでベストだったんですか?」などと、やや立ち入った質問とその声の大きさに、読んでいた本の内容に集中できなくなったわたし。
けれども次のお酒が目の前にやってきたので、聞き耳を立てるのはいったん休止。
1杯目の幻舞とはまた違うスッキリとした味わい。
お料理の味を邪魔しない、キリッと感があります。
ウニと湯葉の磯部巻きも注文しました。
しばしお酒とお料理に夢中になっている間に、背後のテーブルでは年長男性の個人的話題が深まっていたようで、相変わらずの声量のまま年長男性の声が聞こえてきました。
「子供のために別れてほしいって、奥さんに言われたんだよね……」
何があったのかわかりませんが、それは大変でしたね……と思いつつ杯を傾けていると、すぐさま若手からの質問が飛びました。
「僕が聞きたいのはあ、〇〇さんがあ、女性ではなくて男性へ、その、対象が男性へ変わったきっかけっていうのは、何なのかってことなんすよ」
……ん?
ちょっと聞いていない間に、なんだか話がまったく別の方向へ進んだようですが、いろんな人生があるなあと思いながら、傍に置いたままになっていた本を再び開くわたし。
そして3杯目のお酒もやってきました。
げその天ぷらがまたプリプリで最高に美味しくて、舌鼓を打ちながらお酒と読書を楽しみました。
ちなみにこの夜読んでいたのはこちら。
美味しいお酒とお料理をゆっくり味わって、約2時間のひととき。
わたしがお会計をする頃には、背後のテーブルからは「ビジョン」「ステップアップ」「キャリア」などという言葉が飛び交っていたので、てっきり転職の話かと思ったら、テーマは結婚でした。
断片的情報のみで勝手に妄想をふくらませて、様々な人生に思いを馳せつつ、店を後にした夜。
そして、飲んで歩いて帰るという幸せ。
途中コンビニでアイスクリームを買うことも忘れません。
飲み歩きも、締めのコンビニアイスも、どちらも山暮らしでは普段叶わない行動なのです。
以上、ひとり旅のある夜のひとときのご報告でした。