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恐怖のアリ

山に暮らして、毎年5月~7月に悩むこと。
それは、所構わず出没するアリ。
アリなんて街にもいると思うでしょうが、山のアリはその数としつこさが半端じゃないんです。
出現の仕方も、行列だったりわらわらと群れていたり数匹単位の連隊を組んでいたり、それはもう様々なパターンで屋内に登場し、いずれも人間にストレスを与えます。
どうやって仲間同士で連携しているのだろうと思っていたのですが、先日聞いたラジオでアリが喋っていると知り、「だろうね!」と納得したところです。

とにかく、陽気が良くなってきた頃から梅雨明けまでこの時期、森に暮らす者にとってアリは悩みの種。というか、この時期だけは敵。
「アリ出た?」「出た出た」「大きさどれぐらいのやつ?」なんてご近所さん同士の季節の挨拶になっています。

これまで数々のアリの襲撃を受けた中でも、わたしが経験した史上最悪のアリ事件は、10年前の初夏に起こりました。
実は、今になって思うと予兆はあったのです。
普段は見かけない寝室に数匹のアリがいたこと。
もうずっと前から、寝室の上のロフトで謎の白い粉屑を散見していたこと。
そして事件の数日前、家の外壁を上に向かってアリの行列が茶色の米粒大のものを大量に運んでいたこと……。

そして、とうとうその朝はやってきました。
たまたま前夜別宅に泊まり、早朝帰宅したわたしが寝室に入ると、前夕までまったく異常のなかったはずのベッドの縦3分の1面とその脇の床一面に、おびただしい数のアリと白い粉屑が! みっちりと!
よく見ると、羽のある羽アリが多数(下の図の斜線部はすべてアリ)。

上から見た図

不思議なことにベッド上のアリと粉屑は、有る部分と無い部分できっちりと分かれ、ラインができています。
おぞましい光景に息をのみながら、視線を上に移すわたし。
するとそこには、ロフトが。
アリによってベッドに作られたラインは、寝室の上にあるロフトの床が途切れるラインと一致。

横から見た図

逃げ出したい気持ちを抑え、自らを奮い立たせてわたしはロフトに上がりました。
すると、ロフトにも羽アリと白い粉屑がてんこ盛り。さらに奥を調べると、ロフトの壁と床でできた角に、白い砂山のようなものがある……。
なんだこれは。

ロフトの隅にあった砂山状の粉屑


とりあえず、涙声で別宅で寝ている夫に電話したわたし。

「寝室に、アリが、すごいいっぱいいるのぉぉぉ!」

すると夫、「ハア? アリくらいいるさ~」と寝ぼけた声。
自分の目の前に広がる悪夢の光景と、あまりにもかけ離れたのんきな反応に、涙がスッと引いて目が三角になったわたしは、「いや、尋常じゃない量だから! とにかく、見に来てっ!」と指示。

その後眠そうにやってきた夫も、大量のアリを見てさすがに驚いた様子。
なぜか誇らしげに「ホラ! ホラ!」と惨状を案内するわたし。

結局、知人の紹介で専門の業者さんに来て頂いて見てもらいました。
幸い、シロアリではなくクロアリだったのですが、壁の中に巣を作っていたようです。
砂山のようになっていた白い粉屑は、アリ達が巣作りのために壁の中からせっせと運び出した断熱材かなにかの屑。
数日前に目撃した行列が運んでいた茶色の米粒大のものはおそらく繭で、それが一斉に羽化したのです。盛大に。

あの夜、あのベッドで寝ていなくてよかった。もしそこで寝ていたらと思っただけでゾッとします。

後で調べてみたのですが、クロアリで羽を持つのは、繁殖活動をする女王アリと雄アリのみ。多くの働きアリはもともと羽がないそうです。
築かれてから何年か経った成熟したアリの巣から、将来の女王アリと雄アリが誕生し、一斉に羽化して空中で交尾(結婚飛行)。
その1回の交尾で得た雄アリの精子を女王アリは一生貯蔵して卵を産み続けるらしい。
交尾を終えて地上に降り立った女王アリは、羽を落とし産卵行動に入り、雄アリは力尽きて死ぬ。
やっと成虫になった夜にたった一度の交尾を終えて息絶える雄アリ、哀れ……。
昆虫の世界って、だいたい雄が哀れですが、でもシングルマザーとして生き残り、一生をかけて帝国を築いていく女王アリも大変です。
雄も雌も、みんな大変。

さて、ということは。
この夜、わが家の寝室はアリ達の結婚飛行の会場になっていたということです。
何年もかけて築いた成熟した別荘(わが家の寝室)にて開催された一世一代の結婚飛行。
「結婚飛行」なんて名前はステキな響きですが、こちらにとっては大惨事です。

もともとアリ達が住んでいた森に、後から乗り込んだのはこっちの方なのですが、どうか二度と会場になりませんようにと、毎年祈り続けるこの季節です。

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